お遊戯会 ~その終焉~

 実際に城を動かしたのはその三日後だった。

 城の地下を騒がしく兵や女中たちがかけていく。甲冑をまとった兵の金属同士がぶつかり合う音がする中、私はクルルに姿を変えて牢へとかけていった。

 これだけの騒ぎ――とは言っても私が指示してやらせているのだが――は地下牢のソフィーにもわかったらしく、その表情は焦りの色を浮かべていた。今は見張りの兵も下げさせている。

 彼女は私の姿を認めるとすぐに鉄格子の傍に寄って来た。


「クルル!」

「冒険者さんたちがこの城に攻めてきたみたいなんです!」


 ガチャガチャと持っていた鍵で牢のカギを開ける。


「今、城の中は混乱の真っただ中です。案内をしますから、今の内に外に!」

「で、でも弟たちは?」

「弟さんたちのところには私と同じ考えの仲間が行ってくれました。外で会えるはずです。ですが、流石に中で見つかったらどうしようもありません。急いでください!」


 私はただ「慌てふためいた様子で城を駆けまわるように」と指示した女中や兵たちに見つからないよう少女を先導した。何度か見つかりになりそうながら城の中を移動していくのは子供が好きそうな鬼ごっことかくれんぼを合わせた遊びにどこか似ている。

 階段を上がり、周囲を確認して廊下をかけ、息をひそめ、角を曲がって様子をうかがい、さらに城の中を移動していく。一応の報告は母にしておいたものの、城中を巻き込んだ大規模なお遊戯会。後で小言をもらうかもしれないが、そのくらいなら全然かまいやしない。


「こっちです」


 誰もいなくなった隙を見計らって私はとある部屋にソフィーと飛び込んだ。

 中は使われていない倉庫で、月明りもほとんどないから薄暗い。その中で中央の転移のための魔法陣は青白く光を放っていた。


「この光ってるのは……?」

「外に通じている転移の魔法陣です。弟さんたちはたぶん先に行ったんじゃないかと。ソフィーさんも早く中へ……っと、その前に」


 女中服の袖口から小さな丸薬を取り出した。


「これを飲んでください」

「これを飲むって、何かの薬?」

「ええ。魔法陣での転移の際には副作用があるんです。魔族ならさほど気にするものでもないんですけれど、人間であるソフィーさんには少しキツいかもしれません。なので、それを緩和する薬をこっそり仲間の学者さんに研究してもらっていたんです」

「クルル……」

「さぁ、それを飲んで早く魔法陣の中に」


 彼女は私の言葉を何一つ疑うことなく小さな丸薬を飲みこみ、魔法陣の方に足を向けた。

 が、彼女はその途中で歩みを止めた。

 なんだろうかと思うと、振り返って「クルル」と私を呼ぶ。


「クルルも一緒に逃げよう?」

「私も……?」


 言われている意味がわからずきょとんとする。


「こんなことをして、クルルは後でひどい目に遭うんじゃないの?」

「それは……」

「冒険者たちがあいつも殺してくれたら良いけれど、そうなるとは限らない。この様子だと、魔族も必死に抵抗しているんでしょう?」

「それは、ええ……だと思います」

「だとしたら今回城を落とすまではいかない可能性も十分ある。そうなるとあの陰険なヤツのことだもの。きっと私を逃がしたクルルだって無事じゃすまないわ」

「でも、私は逃げるっていったってどこにも……」

「行く場所がない?」


 言われるままにうなづくと、少女が優しく微笑んだ。


「じゃあ、私と一緒に暮らそう?」

「え?」

「確かにクルルは魔族で人間と違うのかもしれない。けど、クルルと出会ってから、私はそんな違い、全然感じなかったよ」

「ソフィーさん……」

「もちろん簡単な話じゃないとは思う。大変なことだっていっぱいあるはず。けど、今度は私が助ける番。クルル、こんな城なんか捨てて私と一緒に行こう?」


 そう差し伸べられた手を、私は少し悩んだ仕草をしてからしずしずと取った。それにソフィーが笑う。


「大丈夫。きっと、私たちならやれるよ」


 そう言ってソフィーと共に魔法陣の上に乗る。

 と、すぐさま転移の魔法が発動した。


「んっ……」


 ソフィーが目を開け、どこだろうかと周囲を見渡す。

 私はそれを見やりながら、すっと見慣れた部屋の中を歩いた。


「クルル、ここは……?」


 そう問いかけられたところで私は我慢の限界だった。

 くすり、と一度笑い始めるともう止まらない。口を押え、腹を抱えながら私は大笑いする。

 本当なら後から追って転移する手はずだったのだが、それがまさかこの小娘の方から一緒に逃げようなどと手を差し伸べてくるとは思わなかった。これを傑作と呼ばずになんと呼ぶのだろうか?


「く、クルル……?」


 少女の声に不安そうなものが交じる。

 私は笑いをどうにか止めると目じりに浮かんだ涙を指でぬぐった。


「ああ、こんなに面白いことになるなんて思ってもみなかった」

「面白いこと、って? どういうことなの、クルル?」

「クルル? それは誰の事かしら?」


 そう言って変化の魔法を解いた時の彼女の表情はあまりにも滑稽だった。呆気にとられるという言葉では済まないだろう。目の前で起こっていることに理解がついていかず、その表情からは困惑と混乱が駄々洩れだった。この場に写真を撮れるものがないのが本当に残念でならない。


「あんたは……」


 見る見るうちにソフィーの顔に怒りの表情が浮かぶ。


「ここは私の部屋よ。なかなかに立派なものでしょう?」

「騙したのね!」


 私の声を引きちぎろうとするかのように彼女が叫ぶ。


「こんな風に騙して……クルルをどこにやったの!?」

「あら、自分の心配より女中の心配?」

「まさか貴女、クルルを……」


 わなわなと震え出したソフィーに「大丈夫よ」と声をかける。


「別にクルルには何もしていないわ。……いえ、違うわね。そもそもクルルなんて女中は最初からいないんだもの」

「え……?」

「自分でも上手くやったと思っていたけど、貴女のオツムも少し理解が遅いんじゃない? 御前さまの派閥に姫さまの派閥? そんなものあるわけないじゃない。この城じゃみんな私によくしてくれるわ。私が右を向けと言ったら全員右を向くし、左を向けと言ったら全員左を向く。黒のものを白だと言ったら白だと言ってくれる」


 にたりと口元が歪むのを自分でも感じた。


「そして、城に侵入者が出たように騒げと言ったら、そういったように騒ぐのよ。ちょうど今のようにね」

「それじゃあ……」

「ええ、クルルは私。私はクルル。貴女がこの短い間に友情を育んでいた相手は、姫を悪く思う城の女中じゃなくて姫を悪く思う女中に化けた私だった、というわけ」


 と、思い出して情報をつけ加える。


「もちろんクルルが貴女にあげてた情報も全部ウソ。弟くんたちはあの村でさっさと殺したわよ」


 こういった場合彼女がどういうアクションを起こすのか興味があったが、彼女が見せたのは落胆やどうしようもない悲哀ではなく憤怒だった。

 ぐっと唇を噛み、叫びながら拳一つで私に向かってくる。

 私はそれを軽く流すと彼女の掴んで持ち上げ、隣室の布団に放り投げた。

 奪われる側でなく、奪う側に回れるように。

 それでも懲りずに哀れな少女は反抗しようとしてきたが、途中で「うっ……」と動きを止めた。


「な、何これ……? 身体が、熱いっ……!」

「さっきの薬の効果が出てきたみたいね」

「薬……?」

「丸薬を疑いもせずにやすやす飲んでくれたでしょう? あれは副作用を緩和するものでもなんでもないわ。ただの媚薬。とは言っても、人間にはかなりキツイものでしょうけど」

「ああっ――……」


 最後の方は言葉が聞き取れなかったかもしれない。

 ソフィーは身体を丸めるようにしてはぁはぁと荒い呼吸を繰り返していた。そして、おそらくは知らず知らずの内に手が自分の胸と秘所の方に向かっている。肌着の上からではわからないが、きっとそこは急激な発情で膨れ、股は濡れそぼっているに違いない。


「やだ、やだやだやだ……やだぁ……」


 辛うじて保っているらしい理性が言葉を上げるが意味はない。布団に身を預けるような形になって、私の前であることなど忘れたように自分の性感帯に手を伸ばしていじってしまう。

 それに私は小さく微笑んだ。


「今から気がオカしくなるくらいしてあげるわよ。そうね、せっかくだから……」


 私は自分の姿をクルルのものへと変化させる。


「今日はこの姿で犯してあげる。お友達としている気持ちになって新鮮でしょう?」



 翌朝。散々私に犯しつくされた彼女はうつろな目をしていた。

 あちらこちらから液が垂れているが、もうそれをぬぐう気力さえ残っていない。されている間に様々な感情はあまりの快楽の波に氾濫を起こし、回路が完全にショートしてしまった。途中からは私が仇敵であることなど忘れ、「もっと、もっと――あ、だめっ、だめぇぇ!」と自ら乞うて秘所に私の指と舌を求めるようになった。


「流石に魔族用の媚薬は強すぎたみたいね……」


 今の彼女はもはや何も考えることの出来なくなってしまった廃人だ。

 一方の私はこの一連の出来事に思った以上に満足感を覚えていた。

 奪う側に回る。

 それがこれだけ気持ちの良いものだとは思ってもみなかった。

 鏡台の上の鈴を鳴らすと、当番の女中がすぐに顔を出したので咲耶に取り次いでもらった。


「何用でございましょうか、姫さま」

「城の騒ぎは収まった? 指示しといてなんだけど、結構雰囲気に酔ってる連中もいたようだけど」

「もうすっかり平常通りでございますわ」


 そう彼女が微笑む。そして、私の傍らでゼンマイの切れてしまったオモチャのような少女に目をやった。


「それで、これは?」

「ああ、その件で呼んだの」

「いかがされるおつもりですか? 遊んで壊れてしまった玩具などもう何の役にも立たないと思いますが」

「貴女たちの好きにすればいいと思ってプレゼントしようと思ったんだけど、壊れたオモチャなんかいらない?」

「いただけるのですか?」


 意外と言うように目が丸くなった。


「普段貴女たちは私に優しく尽くしてくれるばかりでしょ? 中には手荒に犯してやりたいって子もいるだろうから、それにちょうど良いかと思ったんだけど……。今はこんなでも、もう少し経てばまだちょっと遊ぶくらいの反応は返ってくるようになると思うわ」

「それでしたら有り難くちょうだいいたします。姫さまからの直々の賜り物です。喜ばない者はいないでしょう」

「だといいんだけどね」


 自分の牙で自身の指の一つを傷つけ、少女の唇をなぞる。これでもう少ししたら多少の体力は回復するだろう。犯されることに対して抵抗もなにもなければ、そういう趣味の者たちはあまり楽しくないに違いない。


「貴女たちで好きに遊んで、それでさらに壊れちゃったら適当に処分してくれちゃっていいから」

「はい、誠にありがとうございます」


 咲耶が専用らしき鈴を鳴らすと、すぐに二人の女中がやってきて、ボロ雑巾のようになった少女を二人がかりで部屋から運んで行った。

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