第5話:大人がやらないなら

魔法技術の発展はこの世界に大きな利益をもたらした。

人々の生活は豊かになり、人類にさらなる繁栄をもたらした。


しかしその代償である負の面も同様に栄えてしまった。


「“隷属の首輪”ねぇ……」


「クソ…なんでこんなもん持ち歩いてんだよ」


読んで字の如く、付けた人を奴隷にすることができる首輪だ。

付けられた人間は付けた人間に服従する魔法が刻まれており、逆らおうとすれば耐え難い苦痛を強いられる非人道的な魔道具だ。


「根絶には程遠いと王宮の騎士団の知り合いが言っていたが、こんな身近にあるとはね」


「言うまでもない王国法違反、騎士団に引き渡すのは確定として………」


「何処から入手したのか、だね」


雑草は根っこまで抜かなければまた生えてくる、同じように目先の犯罪をどれだけ検挙したところで、その根幹を潰さなければ犯罪は減らないのだ。

この男達を捕まえたところで陰に潜んでいる製造元は消えたりしない。


「多分どっかに奴隷売買してるとこがあるってことですよね、こいつらがどこの手先かを調べないと」


「ああ、それはもうわかったから問題ないさ」


「いやはっや」


僕はまだこの男達がどこの手先かわからない、しかしマナさんはこの短時間で見抜いたというのだ。


「推測するといい、デモンズユナイテッドに入団する以上推理力も必要な能力さ、さあよく見てごらん」


後ろから肩を掴まれて気を失っている男達に再び目を向けさせられる。

美しい顔が真横にあって正直そちらに目が向きそうなのをグッと我慢して男達に目を向ける。


服装はいたって普通の探求者といった風貌、装備品は剣に槍にこれまたいたって普通だ。

普通の装いなのだが、一つだけ違和感を見つけた。


「………これエンブレムですよね、それもギルドっぽくない」


「私もこんなエンブレムのギルドを見たことがないね」


「剣がないから貴族の家紋でもないし…だとすれば………商会ですか?」


「その通りだ」


「でもこの商会って探究者向けの展開してなかった気がしますけど」


「商会の私兵といったところだろう、私兵を使ってこんなことをするなんて、商会の信用はガタ落ちするだろうに」


マナさんがため息をついて商会を憐れんだ時だった。

自分の中で何ども煩わされた破壊衝動が憤怒と共に燃え上がるのを感じた。

巨悪が罪のない人々を虐げ、辱め、苦しめていることが許せなかった。

家族を失って故郷を滅ぼされたあの日と同じかそれ以上の破壊衝動が襲ってくる。

強く握りしめた拳に血が滲んだ。

無論、僕が怒りに支配されそうなのすらもマナさんにはお見通しだったようだ。


「シェイル君、落ち着くんだ」


「落ち着いていられますか!?こいつらは罪のない人を傷つけているんですよ!?」


「無論キミの怒りには死ぬほど共感しているさ、だが怒りに身を任せてはならない、冷静に怒るんだ、ほら深呼吸だ」


吸って、吐いて、とマナさんに深呼吸を促される。

心は怒りで満ち溢れていたはずにも関わらず、マナさんの言葉は僕の心にゆっくりと浸食してきて言葉通りの行動をさせてくる。


「これほどの大ごととなれば王族特務になるだろう、そうなれば間違いなく我々デモンズユナイテッドは王家から秘密裏に依頼を受けることになる、この件を報告して後日下される命令を待つんだ」


「後日………?」


眉がぴくりと反応を示す。

マナさんの口から放たれた後日という単語は、僕の触れてはいけない部分に侵食してしまった。


「後日って………今こうしてる間にも商会に苦しめられている人がいるんですよ!?見過ごしていいんですか!?」


「見過ごすわけではないさ、王家からの依頼という名の大義名分を得て確実に叩くんだ」


「正しいんでしょうけど…でも…でも…!!」


そして僕は何より、お門違いだとはわかっているのだがマナさんが許せなかった。


「マナさん、あなた強いんでしょう!?無茶も許されるぐらいの地位も!」


「ああ、私は強いさ」


「被害者を救うことができるほどの力があるっていうのに……何をそんなに恐れてるんですか!!」


被害者を絶望から解放する事のできるだけの力を、人脈を、デモンズユナイテッドの“白銀の戦乙女”は持ち合わせている。

なのにも関わらず今すぐ救おうとしない彼女のことが気に食わなかった。

僕の手が届かないほどの高みにいて、僕では助けられないが彼女ならできるほど強いのにそれをしようとしない彼女のことが憎たらしかった。


「僕のことは救っておいて、目の前の助けられる人は助けないわけないでしょう!?」


「全員を助ける手立てを考えているんだ」


「くっそ……いつからクソみたいのもんに縛られてんだよ…!」


虚しかった、かつて苦しんでいた僕を1人でで救ったマナさんがそう成ってしまったことが何よりも虚しかった。

こんなに成ってしまうのならば、僕は大人になんて一生成りたくなかった。


「もういいです!大人たちが動かないなら僕が勝手にやります!」


気づけば迷宮の外に出ようとしていた。


「何処に行くんだい?」


マナさんが僕の手首を掴んで引き留めた。

真紅のフランベルジュを地面に突き立てて僕と真っ直ぐに向き合おうとする。


「商会の会長宅ですよ、僕ならバレたくないものは1番警備が厚い場所に隠します」


もしそこに奴隷にされた人たちがいなかったとしても必ず商会の重鎮がいる、1人ぐらい手にかければ商会は混乱に陥って奴隷どころではなくなるだろう。


「本当に、キミ1人で行くのかい?」


やめておけと、透き通る碧眼が訴えてきた。

マナさんの一挙手一投足が僕を引き留めようと心に染み渡ってくるが、もう僕は決意をしていた。


「これ以上、罪のない人が傷つくのは見てられません」


例えデモンズユナイテッドに入団できなかったとしても、命の恩人に見限られたとしても、その程度の代償で苦しむ人を助けることができるのなら僕は喜ぶだろう。


それが例え僕のエゴだったとしても。


「大人からすれば子供が1人問題を起こしただけです、さして迷惑はかからないでしょう?」


微かに残る彼女への未練を断ち切るように、僕はマナさんの細くしなやかな手を振り払った。

彼女に背を向けて、僕は外へと走り出した。

マナさんはそれ以上、引き留めてくることはなかった。





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