第4話

 寺に来た女、臼井は、橋本から、お祓いは終わったと告げられた。

 臼井は礼を言ってその場を後にした。

 橋本はこれ以上このことに首を突っ込むのはやめた。

 死体がない以上どうすることもできない。

 仮に死体が出てきたとて、13歳の少年少女が刑に服することもなければ、臼井の父親が事件をもみ消す可能性が高い。

 人一人を殺してのうのうと生きている。

 実は数日前、一度臼井はこの寺を訪れていた。

 住職と橋本は外出していた。

 その時に一度臼井は仏様に向かって懺悔をしていた。

 懺悔をしたとて、罪が消えることはない。

 だが、橋本は臼井を責め立てようとは思わないのであった。


 橋本は次なる土地へ向かって歩いた。

 気の遠くなるほどの距離であった。

 しかし、行脚とはそういうものである。

 

 橋本は歩きながら、様々事を考えていた。

 自分が仏の道を目指した経緯。

 柔道の試合で相手を絞め殺そうとした時の感情。

 そして、あの時奥村に言われた

「あんた、人間じゃないな」

「お前、人間じゃねえ」

「怪物やな...」

 様々な言葉で繰り返された。

 そしてなぞの黒人からも

「隠さなくてもいいのです。あなたも先ほどの者と同じ”怪人”なんですから。しかし、あなたは理性で現在の姿を保っていますが、いずれ怪人になります。」

 そう言ったことを言われるようになったのは、何もこの間の事だけではない。

 柔道をやっている時からそうだった。

 もともと柔道は、住職の息子であるのに、暴力沙汰が絶えないことから、父親が始めさせたものだった。

 暴力沙汰と言っても、喧嘩の仲裁やいじめなどを止めれば、逆上されたのであった。

 体はデカかったので、軽くあしらおうと思えばできた。

 しかし、力が抑えられなかった。

 自分の中から違う人格が出現するようであった。


 次なる土地では、駅の近くに国立病院があったり、図書館や福祉施設が近く、健康に力を入れている都市と言った感じであった。

 町内放送では、健康習慣についての注意喚起がされており、すれ違う高齢者はどこか生き生きとしていた。

 道もバリアフリー化されており、健康寿命ランキング1位にされるのも納得である。

 しかし、橋本には慣れているが、山道がやたら多い。

 道を開発するとは言っても、坂道や山道をどうにかするのは、難しいものなのだろうか...

 そうこうしていると人通りも少なくなってき、その外れにある寺へと着いた。

 橋本は、寺での雑務を終えると、あとは、客の対応だけであった。

 すると、そこへやってきたのは、一人の青年であった。

 名前を西川和志にしかわかずしと名乗ったその青年は、どこかやせぎすで、頬がこけており、半袖のシャツの袖が余っていた。

 髪の毛は、耳が隠れており、目もうつろで、どこか元気がなさそうだった。

 寺までの道が険しいことを割り引いても、ひいき目に見て元気のいい青年とは言えなかった。

「それで、今日はどんなご相談でしょう?」

 橋本は仏のような態度で西川に尋ねた。

「相談というのは、私が務めている、青少年文化館での話なのですが...そこに尋ねてくる女の子で、沙希と言う女の子がいるんです。」

 西川が語るには、名前を初美沙希はつみさきという、現在中学一年生の女の子が、なにやら、虐待を受けているらしかった。

 父親がいない日に、母親は酒を飲み、そして、日ごろのうっ憤を娘である先にぶつけるのであった。

 父親は基本的に夜勤で、日中は家で寝ており、まともに家族の相手をしないのであった。

 しかし、公務員として勤める西川には、児童相談所に相談させるしか方法は思いつかなかった。

 彼女は先天的な知能障害を持っており、痣は日に日に増えているものの、本人がその被害の詳細を語ることができないのであった。

「酒を飲むとママが暴れる。」

 といった、抽象的な事しか言わず、どこどこを殴られた、どこどこを蹴られた、いつ、どこで、どんな状況で、などが、語れないのであった。

 それに加え、彼女は、一般的な常識を持ち合わせておらず、非行少女として、警察からマークされていたのであった。

 彼女を取り巻く環境が、より、彼女から覇気を奪い取っているとのことである。

 しかし、彼女はそれでも、楽しそうなのであった。

 自分以外の職員はそれを真剣に解決しようとなどはみじんも思っていないのであった。

 思い詰めている様子ではないから、そっとしておこうと言った、事なかれ主義がそこでは起きていた。

 眼に見えないことこそが、本来は大事なものであるはずなのに...

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