白兵戦

 共に荷車を降りたのは、改造槍を持つギゼと、手に刃を括ったラオンガビ、いずれもティグルと同郷の者である。

 みな緊張した面持ちだが、怯みはない。

 獣が横一線に並ぶ三人に迫る。

 まん中にティグル。

 敵の突進にあわせ、射程と急所が合一する瞬間を計り、必殺の斬撃をはなつ。

 だがその攻撃は空転する。

 槍の作成が間に合わなかった左側のラオンガビに、獣が寸前で狙いを変えたのだ。

 獣は前肢を振りあげ、その鋭き爪をラオンガビの顔面にたたきつける。

 ラオンガビが反射的に出したのは、手首の斬り飛ばしだ。

 人間であれば成功したろうが、獣は人のごとき脆い生き物ではない。

 刃ごと頭部を薙ぎ、ラオンガビを惨殺する。

 爪が頭蓋骨をえぐり、髄液と血が飛び散り、鼻梁と眼球が頭部から脱落する。

「谷をこだまする聖霊よ! 我に力を!」

 気合とともに、ティグルとギゼが獣の背に斬撃を叩き込むが、獣はそれを易々躱す。

 一人が牽制し、もう一人が弱点狙うも、獣は四足獣の機動力でそれを許さない。

「乗れ!」

 三台目が通過するのに合わせ、どうにか二人は撤退する。

「ラオンガビの魂を、故郷の聖霊の御許に寄り添わせ賜え。戦士は最期まで勇敢であった」

 ティグルが祈る。

 ギゼも憮然とそれにならう。


 ゴウ


 背後で獣が吼える。

 逃がさぬ。かならず貴様らの命、魂ごと喰らい尽くしてやるという、それは恫喝である。


 闇の中、獣は十度襲ってきた。


 夜明けまでにラントングと、ノラールという元漁師の男が死んだ。

 ラントングもまた、その弓の腕前を発揮する前に殺された。

 獣は一度の負傷で、矢の脅威を学んだようだった。

 ノラールは、槍の名手であったが、それでもあっさり殺された。

 どちらも得がたき戦士であった。

 北に向かっていたつもりだったが、薄雲に星を詠みちがえ、いつの間にか東に進んでいた。

 それに気がついたのは、暁光の位置が真正面にだったからだ。

「左に回頭するぞ! みな北を目指せ!」

 この期に及んであの案内人の示した方角に進まねばならない状況に腹立ちをおぼえつつ、エラゴステスはラバを走らせる。

 獣は右後ろにびったりくっついていて、刻刻心が削られるのが、ひりつく肌で判った。

 夜が明けて気がつく。

 薄雲ではなく、この地域全体の空が砂塵にけぶっていた事に。

 故に星を詠めぬ。

 それは全き砂漠の悪意。

 迷い込んだ者を、必ず喰い殺す地。

 それがこの“狩り場”なのだ。

 たった一晩で、商隊は満身創痍に追いやられ、全員がひどく憔悴していた。

 戦士たちの目は爛々とギラついていたが、苛立っていて動きは鈍く、疲労は隠しようもない。

 戦力半減し、頼みだったテュルカの矢も尽き、手元には使い慣れぬ槍が一本。

 ラバの行き足も鈍り、全滅までの砂時計はもう尽きつつある。

 みな絶望していた。死ぬ覚悟を終えていた。だからといって獣になぶり殺される最期に、心が軽くなるものでもなかったが。

「あれは……なんだ」

 エラゴステスが呆然とつぶやく。

 前方に、陽炎にゆらめく木立。

 砂漠とはいえ、この巨岩地帯にはそれなりに植物が茂り、木など珍しくもない。

 いや違う。あれは木立ではない。

「人間……?」


「ようやく空が白み始め、ですが我らにはもはや万策尽きておりました。その時でございます。太陽の中から、砂漠の戦士たちの一団が、こちらにやって来るのでございます」

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