第12話


 閑静な住宅地外から少し外れた裏道に、今日は珍しく複数の影があった。普段は、人通りのほとんどないその場所に、アラン達は襲撃者を移動させ、尋問を開始した。


 エマがカゲで縛った6人を壁際に並べる。まだ全員気を失っていた。


 アランは男達の中から一人を選ぶと、相手の頭に手をかざし魔力を込め始める。すると数秒後に魔力を注入された男が、顔中から汗を吹き出し目覚めた。


「はっ、はっ、はっ」


 息遣いの粗い男に視線を合わせるために、アランはしゃがみ込む。


「自分がどういう状況か理解しているか」


 男は何も答えずに、体を動かし拘束を解こうとしている。


「無駄だ。お前の実力では、このカゲは断ち切れない」


 それでもなお、男は抵抗を続ける。


「仕方がないな」

 

 アランは相手にも分かるように大きく嘆息してから、右の拳を男めがけて放つ。その一撃は寸前のところで顔面を逸れ、後ろの壁にめり込んだ。


 アランから見てもはっきりと分かるほどに、男の顔が青白くなった。


「話さなければ、お前を処分して、次のやつに聞くだけだ」


 その言葉に観念したのか、男は自分の素性をポツポツと話出すのであった。


 



 敵への尋問を経て、アラン達はとある建物も前に立っていた。


「ここが敵のアジトですか、酒場にしか見えませんが」


「酒場はカモフラージュだ。地下に奴らのアジトがある」


 アラン達三人は、尋問の末にニーナを襲ってきた相手から敵の本拠地を聞き出した。


 エマは反対したが、アランはニーナも一緒に敵の制圧へと連れてきていた。


 これから周囲で起こることが、どのようなことなのかをしっかりと認識して欲しかったからだ。


 アランはおもむろに酒場の扉を開く、すると中にいた客の視線が一斉にこちらに向いた。普通の店とは異なり、空気が異様に張り詰めている。


 そんな雰囲気を無視してカウンターまで歩いた。


「マスター、ボスのところへ案内してくれないか?」


 カウンターにいた男の眉がぴくりと動くも、それ以上、動揺ととれる動作ははかった。


「お客さん、言っていることの意味が分かりません。注文は?」


 アランにはここが敵の根城である確証があった。ニーナを襲った男の証言もそうであるが、以前にアランとエマを尾行していた男も、尾行の結果、この建物に入っていったのだ。


「注文ね・・・」


 アランの背後で、殺気が膨れ上がる。そして、アランが次の言葉を口にする前に、事態は動いた。


 酒を飲んでいた客の一人が立ち上がり、懐に忍ばせていたナイフでアランに切り掛かかる。


 その刃を足を振り上げ蹴り飛ばし、勢いそのまま反対の足で男の側頭部を蹴り付ける。男は吹き飛ばされ、後ろにあった机や椅子、その上にのっていた料理を撒き散らした。


 まるでそれが合図であったかのように、店内にいた者達が一斉に懐から凶器を取り出してアラン、エマ、ニーナの三人へ襲いかかった。




 その場の全員を制圧することに、一分もかからなかった。


 アランは唯一意識を保っている、カウンターの男へ問いかける。


「さぁ、案内をお願いしようか」


「勘弁してくれ、俺が殺されてしまう」


 顔から冷や汗を流し、明らかに青くなりつつあるマスターに、アランは軽い口調で答える。


「安心しろ。この組織が存在できるのも今日までだ。」


「ゴクリ」と確かに唾を飲み込むような音が聞こえた。マスターはカウンターの向こうからこちらをじっと見つめて、やがて「ついて来い」と言い、歩き出した。




ーーー


 組織の長であるブラットは、貴族からの依頼に頭を悩ませていた。


「こいつの暗殺ねぇ」


 暗殺対象はニーナ•ウォーカー。ウォーカー家の娘だ。いや、当主が既に亡くなっているため、今はこいつが家の長か。


 ブラットはタバコの煙を豪快に口から吐き、改めて依頼内容を見つめ直す。


 殺すことに忌避感はない。普段からやっていることだ。しかし、期日が問題であった。明日までに殺せというのだ。


 仕事をする際に、人員の選定と安全な計画の立案、そのために最低でも1週間は時間が欲しかった。


 実行するだけなら簡単であるが、証拠を残さずに、やり切ることが意外に難しいのだ。


 しかし、断ることはできない。なぜなら依頼主は貴族で、さらに依頼主の背後に控えている大物に、この街に住んでいる者なら、逆らうことはできない。


 幸いにして、ニーナに関しては、以前から仕事で色々調べていたので、情報は十分に持っていた。


 

 ブラットは組織でも、急な仕事にも対応できる人選をする。彼らならば、この依頼でもきっと問題なくこなしてくれるだろう。




 


 ブラッドはその後、いつも通り、執務室で仕事をこなした。ニーナのことが頭をちらついたが、信頼できる部下に任せた以上、どうすることもできない。彼ならば必ず吉報を届けてくれるだろう。


 半日ほど経っただろうか、部屋をノックする音がする。ノックの音から、訪れた人物が、いつもの者ではないことが分かった。


 ブラッドの部屋を普段から訪れる人物は、限られていた。彼はノックの音で、誰が来たかを判断することができるのだった。



 聞き慣れない音に違和感を覚える。きっと緊急の要件で、普段報告に来ない者がやってきたのかもしれない。もしかしたら、ニーナの暗殺が完了したのかもしれない。いや、きっとそうだ。


 ブラッドは期待に胸を膨らませ。入室の許可を出した。


 扉がゆっくりと開く。


 すると、扉の向こうには見知らぬ男が立っていた。


「こんばんは」


 その男は不敵に笑いながらそう口にした。





「誰だ」


 ブラッドは大組織のトップらしい、荘厳な声で不審者に尋ねる。


「ウォーカー家の者と言えば分かるか?」


 ブラッドは即時に、懐に隠していたナイフを投擲する。


 しかし、ナイフは男よって弾かれ、甲高い音を立てて床に落ちた。


 ブラッドと男の目が合う。


「何の用だ!」


「言わないと分からないか?ニーナの件だよ。お前らの行動も、背後にグスターヴがいることも、分かってんだよ」


 男の言葉に、鼓動がどんどんと早くなる。俺達がニーナを狙っていたことは、聞き出せば分かるだろう。だが、どこからグスターヴに辿り着いたのだ。彼との関係は、幹部連中しか知らない、秘密であるはずなのに。


「何を言っているのか分からないな、お前こそ、こんなところに勝手に入ってきて、どうなるか分かっているのか?」


「なるほど、とぼけるか。そうか、まぁいい」


 男はゆっくりと、こちらに近づいてくる。


「いくぞ!」


 その言葉と同時に、男の姿が消えた。直後に背後に違和感を感じて、振り向きざまに防御体制をとる。ここまで機敏に動けた自分を、ほめてやりたい。


 腕に鈍い衝撃がはしる。痛がるひまを惜しんで、横に逃げるように転がる。


 こんなどこの馬とも知らない男に、やられるわけにはいかない。ブラッドには、この裏社会を取り仕切る者の一端としての、矜持があった。


 体内で魔力を練り上げる。懐から取り出した、己の血液が保存されている容器を握りつぶした。


「ここに踏み込んだことを後悔しろ!」


 溢れ出した血は、滴り落ちるわけではなく、一直線に男に向かった。


 ブラッドは固有能力を持っていた。そして、その能力ゆえに、血を自由に扱うことができたのだった。


 鋭い斬撃のような血の一撃が、男を襲う。しかし相手は焦る様子なく、短剣を取り出し、その攻撃をいなした。


「ちっ!」


 なんて硬い短剣だ。ブラッドはさらに三つの血液パックを取り出し、破壊する。そして、その血を男に向かって放った。


 まるで三匹の赤蛇が、獲物を狩ろうとするがごとく、目の前の敵へ向かう。


 しかし、男はその全てを、短剣で薙ぎ払った。


 まだだ。一瞬だが、怯みそうになった心を、意思の力で抑えつけ、即座に次の攻撃にうつる。


 相手の周りは、大量の血であふれている。それを使わない手はない。


「喰らえ!」


 地面から何本もの鋭い刃となった血が、男を串刺しにしようとする。


「なっ!」


 気がつけば敵のは消えていた。そして、背中を焼けるような痛みが襲う。


 早い。全く見えなかった。意識が飛びそうになったが、奥歯を食いしばり堪える。


 くっそが!必死になって魔力を練り上げる。血は全てブラッドの武器となりうる。


 切り付けられた背中から飛び出す血液に、集中する。


 勝った。心の中でそう思う自分がいた。


 しかし、その結果は意外な形で判明する。


 首筋をひんやりとした感覚が襲い、続けて宙へ飛ばられているような浮遊感を感じた。


 いや、実際には飛んでいない。なぜなら視線の先には、己の体が地面に足をつき、立っている様子が見えたからだ。自分の体が見えた?加えて、その体がどうもおかしい。


 なぜから、頭がなく、首から大量の赤い鮮血が飛び出しているのだ。


 強い衝撃が頭部を襲う。そして、ブラッドの意識は闇に飲み込まれてしまったのだった。

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