第4話
一連の騒動の後、アランは街中を見て回わった。先程の女性に話しかけたかったが、見送った。
石畳の道を、周囲を観察しながら歩く。
露店では威勢の良い掛け声とともに、様々な商品が売られている。食べ物から高価な装飾品まで、幅広い種類の店が立ち並んでいた。
一方裏に入ると、人々が生活するための住宅街が広がり、そちらは大通りとは異なり落ち着いた空気が流れいる。
街のつくりは魔人の国も人間の国も、大きな違いはなかった。
アランとエマは大通り沿いにある清潔感のある宿をとった。もちろん二人は別の部屋だ。
お金は完全にエマに頼り切っている。ここまでの路銀やこの街での生活費はエマの財布から出されていた。
情けないがしかたがない、アランは無一文なのだ。
宿に荷物を置くと、効率を考え別々に情報収集すべく動き出した。
エマがこちらに不安そうな目を向けてくる。やめてほしい。これでも元魔王だ、子供じゃない。
アランは宿を出るとこの街をひたすら歩いた。目も背けたくなるような不衛生で、治安も良くない貧民街から、この街の権力者が住まう高級住宅街まで、全てを自身の目で見て回った。
そして改めて実感する。奴隷がこの社会に根付いていることを。どこへ行こうとも、奴隷の姿を見ることはできた。程度の差こそをあれ多くの奴隷達が酷い扱いを受けている。まるで家畜や物のように。
やり場のない思いが込み上げてくる。どうしようもない。これが戦争に負けた結果だった。
どうしようもない?
本当にそうか?本当にそうか?本当に?
すぐにこの状況を変えることは、確かに難しいかもしれない。だが、だけれども・・・時間をかけてゆっくりとなら変えていくことができるのではないか。いや、そうでなくてはならない。
アランは再び気合を入れ直し、この街で一番大きな図書館へと向かった。この街の図書館は無料で書物の閲覧をすることができる。何とも太っ腹な街だ。
このような体制が、魔力では劣っているはずの人間が、魔人に勝てた理由なのかも知れない。
図書館に入ると中をぐるりと歩き、必要そうな本を集めていく。それを閲覧室の机に高く積み上げた。近くに座っていた老人が少しぎょっとした目で、こちらを見てくる。
そんな積み上げた本の山を崩すが如く、読んで頭に叩き込んでいった。恐るべき早さで本が消費されていく。
頭が熱い。脳が悲鳴をあげていることが分かる。それでも動かす手を、目を止めることはない。
そして、限界まで本を読み込むのだった。
最後の一冊を読み終え、本を閉じる。日はすっかりと落ちてしまっていた。いつの間にか窓から差し込んでいた陽光はなくなり、暗闇が窓に張り付いている。
近くに座っていた老人ももういない。それどころか、アラン以外の利用者の姿は既になかった。
「すいません・・・もうよろしいですか?」
司書らしい人物がおずおずと尋ねてくる。
「閉館時間は過ぎてまして・・・」
「そうだったんですね。申し訳ない。すぐに出ます」
アランは司書に手伝ってもらいながら読んだ本を書棚に戻していく。
「ちなみにどれくらい閉館時間を過ぎてましたか?」
「1時間です・・・」
「そんなに!?」
思わず大きな声を出してしまった。
「あまりにも真剣に本を読まれてましたので・・・」
アランの異様な空気に声をかけれなかったようだ。
アランは片付けを手伝ってくれたお礼と、時間を過ぎてしまったことを謝罪して図書館を後にする。
疲れた。情報を詰め込みすぎたせいで、頭が痛い。
ここまで頭を使ったのは久しぶりであった。いや、そもそも五年間眠っていたのだが。
少しふらつく足で宿の部屋に戻ると、そこには何故かベッドの上で足を組んで座っているエマがいた。
「遅い」
しかめつらでアランに文句を言うエマに、遅くなった理由を説明する。
「そう。理解した。でも、予定時間に遅れると、何か不足の事態が発生したのかと思うからやめて」
足を組み替えながら怒っているような、心配しているような、どちらともつかないトーンで告げるエマの言葉に、アランは顎を小さく引いた。
二人はその後、宿の食堂で食事をして、一息つく。鶏胸肉とにんじんの入ったシチューであったが、普段エマがつくる料理の方が何倍も美味い。
「エマって料理が上手だったんだな」
そんな何気ない言葉にエマは少し遠い目をした。
「時間だけは、たくさんあったから」
アランはその言葉に「そうだな」と軽く言葉を返して、目の前の食事を消費した。
食事を終えると、二人は今日の出来事を話すために、アランの部屋に集まった。
「エマは今日何をしていたんだ?」
「私はこの街の重要そうな拠点の調査と、分身の設置をしてきた」
エマの固有能力はカゲを操ることで、その能力を使い分身を作りだすことができる。また分身は独立した動きが可能であり、非常に諜報活動に適した能力ともいれる。
「そうか。お前の能力には期待している」
「ありがとう。後は今朝の女についても調べてきた」
アランは金髪で紫色の、強い意志を持った女性を思い出す。
「名前はニーナ・ウォーカー。この街の貴族であるウォーカー家の暫定当主ね」
「暫定?」
「ええ。前当主が亡くなってから、正式に家督の引継が終わっていないの。遺言ではニーナを次期当主にする旨の記載があったけれども、反対も多いみたい。だから、正式に議会で承認されるまでは暫定」
「そうか・・・」
ニーナの行動を思い出す。奴隷の味方をするという彼女の態度は、多くのものには良い印象を抱かせないだろう。
「でも、どうしてニーナを調べてくれたんだ?」
「アランがあれだけ熱心な視線を送っていれば気がつく。アランの感は良くも悪くも当たるから、ニーナに接触することには賛成」
流石は長く一緒にいただけはある。アランの思考を先回りして準備してくれるその仕事振りには、いつも助けられる。
「ニーナは時間があれば、街の中央大広間で演説をしているみたい。おそらく明日もいると思う。行ってみる?」
「ああ。もちろんだ」
アランは鷹揚に頷き、今度は自らが調べたことについて、エマに伝えた。
そうして夜は更けていき、日付が変わるごろ二人は解散し、就寝したのであった。
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