第51話 四匹の妖怪を従える鬼神フーゴ


 剣を抜くワイナを見たトゥパックは、


「その聖剣さえあればゴルゴルだろうがゴリゴリだろうが敵じゃないな」

「いや、この剣は黒竜のように霊的な存在に対してだけ特別な力を発揮するようだ。人間に対しては普通の剣で、身に着けているとそれが分かるんだ。あの黒竜を前にこの剣が覚醒したのを感じてな」


 女神ダヌから授けられた聖剣ヌアザであるが、ワイナ自身がこの剣で襲われた時は、受け止めた長剣を一刀両断にされ、瞬間アイダの呪文でかろうじて被害を免れたのだ。


「じゃあ、今は……」

「周囲に居る連中は鬼神などではない、只の蛮族どもだ」


 既にアイダ以下全員が起きて、キイロアナコンダやバーブガンも剣を抜き身構えている。


「ワイナ、ちょっと待って、話をしてみましょう」


 アイダが周囲の影に話しかけようとしたその時、


「キャーー」


 一本の斧が回転しながらアイダの身体をかすると、

地面に突き刺さる――


「アイダ、此奴ら話しが通用する連中じゃなさそうだぜ」


 トゥパックが話し終わる間もなくゴルゴルの襲撃が始まった。剣や斧を振り回し攻撃してくる。ただし乱暴ではあるが、ワイナやトゥパック達の剣技には歯が立たない。それでも数で勝るゴルゴル族である。死を恐れているようには見えず、次々と新手を繰り出し攻撃の手を緩めない。

 振り掛かる火の粉とはこの事だが、


「ん、なんだ?」


 執拗に続くゴルゴル族の攻撃がピタッと止んだ。


「どういう事だ、逃げて行くぞ」

「ガゥッ」


 その声に振り向いたトゥパックやアイダ、目に入ったのは犬のノラである。


「ノラだわ」


 反撃しようと野獣になった犬の精霊であるノラ、その変身する姿に霊魂を感じたのか、それとも鬼神を感じたのか、驚愕したようなゴルゴル族が一斉に逃げ出したのだった。


「やっぱりあいつらは霊的なものに弱いんだな」






 ねっとりとした廃油の様な暗褐色の空から、血の雨が降り続いて、その下に異様な光景が展開している。大きな岩の上に生贄のおなごが手足を縛られ、腰を落としてうなだれ、鬼神の前に供えられているのである。観念したように身動き一つしない。ゴルゴル族にとっては因習の情景である。


「そのおなごは、まず足を切り落とせ」

「ヒッ!」


 半神であり、ゴルゴル族から恐れられる鬼神が血塗られた真っ赤な剣を手に呟く。


「血の記憶を呼び覚ますのだ」


 既に幾人もの生贄の血を吸ってきたのか、岩にべっとりと流れる赤黒い血が、地面まで滴り落ちている。

 素早く身をゆすって動く蛮族、

 振り上げた剣は、

 何度も岩に当たったようで刃こぼれしている。

 そして音もなく振り下ろされ――


「ギグッ」


 その後に続く叫び声は、もはや悲鳴ではない。鬼神にとってそれは香しい媚薬ともなる調べである。だがやがてその音色も、鬼神の咀嚼音に取って代わる。美しい娘を誘拐して自分に仕えさせた後は、生きたまま切り刻んで食する宴が始まっているのだ。それを見ていた一羽のカラスが、枝の上から飛び立った。






 隣村を偵察して村人の惨状を確認してきたカラスの話には、誰もが声を詰まらせている。アイダが素早く反応した。


「みんな行くわよ」


 夜中である、


「ヒョーヒョー」


 一行が村に近づくと、

 人が泣いているような、

 不気味な声が聞こえて来る。


「ビシッ」

「なに!」


 アイダの前を飛んでいたカラスが突然はたき落とされた――


「これは」


 カラスが何かにくちばしを直撃され、脳震とうを起こし地に落ちたではないか。アイダたちの前に突如不審な黒い雲が現れ、地中から鬼のような手が伸びて来る。腐りかけた死体をわしづかみにして食らうモグラの妖怪が、ヌメリと出現したのである。


「これから起こる事はお前たちの葬儀だ、招待しよう」

「何だと!」

「どうやら鬼神は私たちが来ることを知っているようね」

「…………」


 トゥパックが息巻いた。


「俺たちの葬儀だと、面白いじゃねえか」

「お前たちが墓に入った後は、この儂が始末をしてやる」


 その声が消えぬ間に、


「なにっ!」


 突然妖怪から石礫が放たれてトゥパックの顔面を直撃、血がにじんでいる。


「この野郎ふざけた事を――」


 トゥパックが素早く剣を抜いて斬り付ける。


「ギャ―」


 小さく悲鳴を上げた妖怪は、再びヌルリと身をひるがえして消えて行った。だが、見ると逃げた後に血が滴り山裾に続いている


「野郎、逃がすか!」

「トゥパック、駄目、待ちなさい」


 だがトゥパックは一人駆け出している。


「っくそ、何処に行きやがった」

「あの、もし……」

「んっ?」


 突然闇の中からうら若いおなごが声を掛けてきた。


「夜道は不用心なので家まで送っては頂けないでしょうか」

「……ん、……うん……」


 この状況、トゥパックの思考からは斜め上をゆく展開である。おなごはスッと近寄り、トゥパックの隣を歩き始めた――


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