腹ペコギャルと気まずい空気

「沙羽、梨乃亜ー! たっだいまー!」


 荷物置き場に戻り、笹本が上機嫌に三浦と鈴木に声を掛ける。

 別れる時には温泉でのぼせてダウンしていた鈴木だったが、流石にすっかり調子を取り戻していた。


「おー、三人ともおっかー」


「おかえり。どうだった?」


「収穫ナシ。それと今日のところは、彼氏探しは断念したよ」


「いや、そっちじゃなくて。ウチが聞きたいのは遊んできた感想」


 やれやれと小さく息を吐く三浦。

 笹本の彼氏作りには、微塵の興味も示してなさそうだった。


「あー、そっちね。うん、めちゃ楽しかったよ! 流れるプール、ガチおすすめ!」


「なら良かった。……それはそうと」


 一度言葉を区切り、三浦が俺と雫に視線を傾ける。

 それからじっとこちらを見つめると、胡乱げに笹本に訊ねる。


「……なんか雫と蘇芳の様子変じゃない?」


 やっぱ傍目から見てもそう思われるか。

 内心で呟けば、「まあまあ」と笹本が両手で制した。


「そこはお気になさらず。それより沙羽と梨乃亜もそろそろどこか遊びに行かない? 留守番は雫と蘇芳の二人がしてくれるっていうし」


「え、ちょっと夏希!?」


 雫が狼狽えるのも当然だった。

 元々、戻ったら荷物番を代わろうと話をしていたが、残るのは俺と雫と笹本の三人での予定だったからだ。


 ——笹本のやつ、何考えてんだ……!?


 別に雫と二人で留守番するのが嫌なわけではない。

 この四人の中でなら雫が一番気を遣わずに済むし、ここまで好きにやらせてもらった以上、俺と雫が残るのが当然の流れでもあるしな。


 だけど、今はあまりよろしくはない。

 今の状況で雫と二人きりになるのは、はっきり言ってかなり気まずい。


 雫と笹本の様子の食い違いに対して三浦は、怪訝な表情を浮かべていたが、


「……そういうことなら、お言葉に甘えようかな」


 程なくして何かに合点がいったように小さく頷くと、笹本が直後にパンと手を叩いた。


「はい、決まり! それじゃあ、早速ゴーゴー! ほら、梨乃亜も行くから立った立った!」


「うえ〜……まあいっか。じゃ、雫、蘇芳。そういうことらしいから留守番任せたー」


「悪いけどウチらの荷物見ててね」


「あ、うん。いってらっしゃい……」


 そして、二人は鈴木も引き連れて足早にこの場を後にした。


 三人の姿が見えなくなってから、俺はゆっくりと荷物を乗せたシートの上に腰を降ろす。

 雫は既に体育座りの状態で座っていて、俺とは二人分くらい離れた位置にいる。

 ここからだと少し会話がしにくいが、今は逆にこれくらいが丁度良いまであった。


 ——この状況で雫と何を話せっていうんだよ……。


 さっき笹本に教えた俺の女性のタイプ。

 それはまさしく——雫のことに他ならない。


 一応言うと、全く心当たりがないわけでは無かった。

 雫の食いっぷりは見ていて気持ちが良いし、何故だか温かな気持ちにもなる。


 それに思い返してみれば、以前にも似たようなことを雫に伝えたこともあった。

 だが、それはあくまでそういう人間に好感を抱くと言うだけで他意はなかった。


 (……でも、それがまさかまんま俺のタイプにどんぴしゃだったとは)


 言葉にすることで初めてはっきりと自認できた。

 おかげであれから雫の顔をまともに見られていないし、会話も笹本を介してでしか出来ていない。


 恐らく、雫もこのことを分かっているはずだ。

 だからこそさっきから微妙な空気が流れているのだろう。


 思えば生まれて初めてかもしれない。

 若干ではあるが、会話がないことに息苦しさを感じるのは。


 いつもならどんなに無言であっても何も感じることはないのに。


 とはいえ、だ。

 雫と付き合いたいかというと、それに関しては……正直よく分からない。

 確かに雫のことは好ましく思っているが、果たしてそれが恋愛感情によるものなのかが判断がつかない。


 何せ雫が俺にとって初めての友人と呼べる人間なのだから。

 この感情が、親愛によるものかそうじゃないのか比較しようがない。


 それに雫がまだ誰とも付き合うつもりはないという考えが変わっていなければ、俺から好意を向けられても対応に困らせるだけだ。


 ——本当にいらないこと口走ってしまったな。

 自省と共にそんな取り留めもないことをつらつらと考えていた時だ。


「ねえ、すおーくん」


 雫がおずおずと口を開いた。

 膝に顔を埋め、視線だけがちらりと俺を向いていた。


「……どうした」


「さっき夏希に言ったあれ……ほんと?」


 あれ、というのは、俺の好みについてだろう。

 どう答えるべきか迷ったが、少しだけ逡巡した末に意を決して、


「ああ、本当だ」


 短く返せば、雫は「そっか」と顔を完全に膝に埋めた。

 その際、


「……じゃん」


 何か小さく呟いたようだったが、詳しく訊くことはできなかった。


 それから再び沈黙が訪れる。

 無言でいることが居た堪れなくて雫から視線を逸らしてしまう。

 ——すぐ後のことだった。


 微妙に離れた距離。

 互いに顔を背けている。

 加えて完全なる無言。


 それらが重なってしまったのが原因だろう。


「へいへい、ちょっと俺らと遊ばね?」


 唐突に知らない軽い声が雫にかけられた。




————————————

なんでこの二人まだ付き合ってないんだろうか……?

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