第19話 秘密の確認 前編

 水曜日、いつも通りの日常がやってきたことを告げる日。

 図書室に招かれたタケルは彼女と一緒に話をしていた。俺が図書室に訪れると、ぱっと顔を明るくさせて笑う生方がそこにいる。


「……生方、この前の見舞いありがとな」

「い、いえ。気にしないでっ、好きで行っただけだから!」

「おう、だからお礼に今度何かさせてくれ」

「お礼……?」

「おう、ダメか?」


 生方はうーんと言って、顎に手を当てる。

 真剣に悩みながら、頬を赤らめたり青ざめたり、笑顔になったり。

 本当にコイツの百面相は面白い。

 だが、お礼を考えてくれているのだから笑ったりはしないタケルだった。


「え、えっと後日考えるねっ! タケル君。今日も一緒にお昼を、」

「……その、悪い。今日は用事がある。弁当はありがたくもらうな」

「そ、そっか」


 残念そうに笑う生方に、軽く頭に手を置いて撫でてやる。


「……大丈夫だ。お前と駄弁だべったり一緒に食べるのが嫌になったわけじゃねえから」

「ほ、ホント!?」

「……お前のこと、ダチだっつったろうが。言わせんなバカ」

「……っ、うん!」

「それじゃあ、また明日からは普通に食べっから、弁当箱も明日返すな」

「わ、わかったっ! またっ」


 扉を閉めてその場を後にするタケルは目的の場所へと足を進める。

 階段を上がり、屋上の扉へと進んできた。

 扉を開ければ春空にしてはやけに明るい青空だ。

 昼休みの屋上は今日も閑散としていた。


「お! 塚内やっほー! 風邪大丈夫かー?」

「……おう」

「どした? 生方がいる図書室で食ってたんじゃねえのか?」

「……たまには気分転換も大事だろ」


 牛乳パックを片手にゆらゆらと持つ純田のそれは簡単に俺の頭上に落としてきそうだった。

 つーか、コイツは上位カーストのはずなのになんでいつも昼は屋上で一人で食ってんだが……変な奴だ。つーか、上位カースト様は、そういう自由人が多いのか?

 ……よくわからん。ただ、雨が降っていた時は純田に違和感なく生方の秘密を聞き出せる方法がなかったため、結果的に初日に聞けなかった、というわけだ。

 俺にもバイトがあるし、都合というのもある。うっかり手から落ちて俺にかかるのも嫌なのでタケルは純田に忠告する。


「……ちゃんとしっかり持て。俺にかけんなよ」

「お、ありがとなー……で? 何を言いに来たんだ?」

「お前に教室で話しかけられるわけねぇだろうが……昼休みならいるとんだだけだ」

「えぇ~? 塚内探偵の真似事か~? さては名探偵志望かぁ~?」


 冗談を言う純田を軽くスルーし屋上の床に座って食事を始める。純田がバラしている様子がないのは、月曜日の朝に教室に入った時からわかってはいる。

 再度確認はしたいというのが、秘密を偶然的にバレる形をやってしまった責任もある。 

 確認を取るなら今日が都合がいいと判断しただけだ。

 ……ん、爺さんのみそ汁うめぇ。


「俺、人の秘密はバラさない主義だぜ? 約束を守ってくたしな! 次、カラオケ行けそうか?」

「……バイトしてーからあんまり休みたくねえ」

「なら、約束を違うルールに変えちまうか……よっとっ」


 純田は軽くジャンプして降りて来ると、歯を見せて笑う。

 牛乳パックを持った手で人差し指を俺に向けて来る。


「塚内! お前のこと名前で呼ばせろ! これが最大で譲歩じょうほできる条件だぜっ! これを守ってくんねーなら、生方の秘密は他の奴にバラす!!」

「……わかった」


 ビシッ!! なんて効果音が尽きそうなほど人差し指を俺に突き付けて来る純田。

 そんなものでいいのか、とタケルは卵焼きを飲み込んでから了承した。


「あれ……? あれ!? お前俺に名前呼ばれんの嫌じゃなかったのか!?」

「……ダチでもねえ奴に呼ばれたくねえってだけだ」

「……? ダチ? 俺、お前のダチ!?」

「カラオケって奴に一緒に行ったし、秘密をばらさないでくれんのが俺の名前を呼ぶことっつーなら拒否する理由ねえ……本当のダチになるのはお前次第だけどな」

「……タ~ケ~ルゥ!!」

「ぐはっ!! って、おい! 抱き着くなバカ!! 生方の飯落としちまうだろ!?」


 強引に純田は弁当箱を持ってる俺に抱き着いてきた。なんとか生方が作ってくれた弁当の中身をぶちまけなくて少しホッとしつつ、純田に怒鳴る。


「またカラオケ行こうな! タケルぅ!」

「……るっせーよ。バカっ。つーか暑苦しいわっ!! は・な・れ・ろっ!」

「えぇっ、いいじゃん! 夏じゃねえし! ダチの抱擁だぜ? アイラブユーだぜぇ? いいじゃんよぉー!」

「なんでそこにアイラブユーだよ。意味わかんねぇ。つーかキメェ!! よくねぇーわ! アホ!!」


 片方の手で純田の顔面を押し返そうとするが押しが強い純田に苛立ちを覚える。


「えぇ!? なんでだよぉ!」

「生方の作ってくれた昼飯は昼時に完食してーんだよ! っそら、とっとと離れろボケ!」

「お前、ホント目立つ見た目なのに義理堅ーのなぁ……で? 生方とは上手くいってんの?」


 まだ抱き着いて来ようとする純田の顔面を手で抑えながら聞いてくる度胸のある純田に溜息を吐いた。

 

「……今日はちげーが、一緒に昼飯はいつも取ってる。放課後は別々なこともあるけどな」

「あー……なら、今日の話は生方いたら言えねぇわな」


 りたのか、純田は俺から距離を取る純田に小さく肯定した。


「……ん。下手に生方の前でこの話はできねぇから、今日来たんだよ。お前わかってて言ってねぇか?」

「え? 俺に直接聞けばよくね? 今聞いてるけどさ、朝の時にでも聞けたじゃん」

「……お前に他の奴らがいる状況で聞きに行けば、他の奴から変な噂が立つだろうが。だから昼飯食べる都合でさらっと聞く程度がよかったんだよ」

「お、タケル気遣い上手~!」

「からかうなアホ」


 会話をしながらタケルもひまりの弁当を少しづつ中身を片付けていき、食べ終える。ごちそうさん、と言ってタケルは手を合わせて食事を終える。


「……つーわけだから、お前が秘密守ってくれてんならそれでいい。安心したわ」

「えー!? もうちょっと話さねぇ?」

「断る、じゃあな」


 背を向けながらタケルは軽く手を振って屋上を後にした。


「タケルって、一昔前の人間って雰囲気あるよなぁ。な? ヒメ」

「……んー? なにぃ? リョーちゃん」


 屋上の上で、眠っていた姫宮は体を起こす。

 涼太はくすっと笑って自分のズボンに両手を突っ込む。


「あんまり寝てると日焼けすんぞー?」

「大丈ブイっ、日焼け止め塗ってるからぁ……昼の時はオレンジジュース飲まないようにしてるしねー」

「……お手軽日焼けサロン的な?」

「ぽかぽかな所で寝てたいだけぇ」

「子猫たんですかー?」

「そうでにゃーす」

「っはは、似てな」


 姫宮は屋上の上からジャンプして降りて来る。

 ノリのいい友人の反応に素直に嬉しさを覚えながら涼太は、下位カーストの位置にいる塚内タケルの興味が尽きないままでいた。


「やっぱ、アイツ面白いなぁ」

「? ……何の話?」

「こっちの話っ」


 義理堅いタケルに涼太は自然と興味を抱くようになった。

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