第6話 ボクの進路
「実は私、現在白姫女学院高等学校という女子校に通っておりまして」
「知ってるけど……」
白姫女学院高等学校。
日本国内でも随一のエリートお嬢様学校だ。
「そこで私はそれなりに、一目置かれる存在なのです」
「それも知ってるけど……」
情報源は百合本人からだけど。
聞いてもないのに得意げに自慢話をしてくるのだ。毎日、毎日、飽きもせず恥じらいもせず。
「そこに兄様も一緒に通えばいいと思います」
「いや無理だろ!?」
「無理ではありません。先ほども言ったとおり、兄様は今、女の子なのですから」
「そこじゃなくて……いや、そこもだ。性転換した元男を女子校が受け入れるか!?」
「大丈夫です。稀代の超優良優等生のこの私の兄様――もとい、姉様ですから、絶対に受け入れてくれるでしょう。いえ、どんな手を使ってでも受け入れさせます」
「受け入れさせます!?」
大げさに聞こえるが、百合なら本気でめちゃくちゃなことをやりかねないから怖い。
「そ、そもそもな。仮にそこがクリアしたとして、学力の問題がある。ボクは勉強なんてそこそこで、編入試験なんかとても受かりそうにないし……それにお前は特待生で入ったからいいけれど、ボクまで私立に通うことになったら家計の負担だって増えるし……」
「兄様には私が勉強を教えてあげます。毎日、ついて離れず、ぴっとりと」
「…………」
「それに、家計についてももしかしたらなんとかなるかもしれません」
「というと?」
「父様と母様が、引っ越しすべきかどうか悩んでいるのは、兄様もご存じでしょう?」
「ああ………………うん」
二人がそういう話をしているのは……直接聞いたわけじゃないけれど、家族だからこそ察せられる。
全てはボクのため。ボクが元々男だったと知っているご近所さん方から奇異の目を向けられないように、と。
「しかし、引っ越すとなると、このせっかく買った一軒家を手放すということになります。たとえ売却したとしても、大きな損失であることは間違いないでしょう」
その通りだ。こんな状況なので多少は国から補助金が出るかもだけれど、新しい家を買えるほど太っ腹ではないだろう。
苦労して、ローンを組んで買ったという一軒家……家族の夢が詰まったこの場所を、ボクのせいで失うなんて、絶対嫌だ。
「ですが、引っ越しによる家計への負担増加も、兄様がご近所から奇異の目に晒されるのも避けられる方法があります」
「そうなのか!? ……って、それって……?」
「白女の、学生寮に入るのです」
どやっと胸を張る百合。
白姫女学院高等学校、通称白女には学生寮があり、殆どの生徒がそこに住んでいるというのは、やはり百合から聞いた話。むしろ自宅から通っている百合はかなりレアなんだとか。
というのも、白女の学生寮での生活費は学費こみこみで、暮らした方が圧倒的にお得になる。寮は当然男子禁制。セキュリティも高く、凄腕の管理人さんがお世話してくれて、食堂で出される料理は高級レストラン並みとか。まるでライトノベルみたいだぁ。
通学時間もなくなるし、その分勉強や好きなことに当てられる。多少制限もあるだろうけど……それはどこだって同じだしな。門限とか。
百合は特待生で入学したということもあって、学生寮にもタダで入れる。だから入学と同時に家を出て行くと思ったのだけど……。
――私の帰る家はここだけです。
と、きっぱり宣言して我が家に留まったのだ。
「兄様が学生寮に入れば、当然ご近所さんの視線に晒される機会もぐっと減ります。卒業後のことはまたその時考えればいいでしょうし」
「なるほど、学生寮か……」
そう悪い話じゃない。もちろん、ボクみたいな一般的な頭脳の持ち主が白女に入れるとは思わないけれど、学生寮があるという視点で転入先を探すのも有りかもしれない。
「兄様が学生寮に入るなら、当然私も入ります」
「えっ? でもお前、帰る家はここだけって言ってたろ」
「私が帰る家は、兄様のいる場所です。兄様が私の家なのです」
「えぇ……」
「なぜ引くんですか。そこは目に涙を浮かべて、『ボクも愛してるよ、百合』と囁く場面では?」
「そんな場面存在しないから!」
妹相手に誰が愛なんか囁くもんか! ボクは単純に、百合のブラコンが強すぎて気圧されただけだっての!
「白女の学生寮は二人部屋です。兄様と私が同じ部屋になれば、兄様の女子としての生活をサポートできます。兄様も、いきなり知らない女の子と同じ部屋で過ごすのは大変でしょう?」
「それは……確かに」
「その点私なら安心です。なんたってほくろの位置も全て知っているくらい、お互いを理解している世界一の兄妹なのですから」
「あの、別にお前のほくろの位置なんか知らないんだけど……」
「では隅々まで確かめてください。脱ぐので」
「脱ぐな!」
本当に服を脱ぎかけた百合の手を慌てて止める。いくら妹相手でも裸を見るのはキツい。嫌悪とかではなく……罪悪感が一番近いんだろうか。
「まあでも、確かにお前と同じ部屋なら変な緊張はしないかもな」
「兄様と二人部屋……寝顔チェックも添い寝もし放題……ぐへへ、あっ涎が」
「ごめん、やっぱり緊張するかも。何されるか分からない恐怖で」
「大丈夫です。何でもするので」
「何も大丈夫じゃないんだが!?」
上品にハンカチで口元を拭いつつ、憮然とした表情でボクを見つめる百合。理由は全然お上品じゃないけど。
「そういうわけなので、兄様。ぜひご検討を。このことは私からも父様と母様にも提案しておきますから」
百合はそう言って部屋を出て行った。
早速両親に長文の説明メールを打つつもりだろう。百合は本気の時はスマホでなくパソコンを使うタイプだから。
残されたボクは……百合の冗談は全て放っておくにしても、これからの身の振り方について考えないわけにいかなかった。
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