第42話 京子先生の決着の時

「け、結婚って……本気なの、あんた?」


「え? あー、はは……そんな話もちょっとしているんだけど、まだもうちょっと先って言うか……そうですよね?」


「ふふ、ええ。でも、出来るだけ早くしようって話をしているんです」


 お袋が唖然としながら、そう聞いてきたので、慌てて言い訳すると、京子先生も少しだけ空気を呼んでくれたのか、笑顔で二人に言う。


 京子先生本人はすっかりその気になっているけど、あまりに突然過ぎて、親父もお袋も理解が追いつかない様だ。


「あ、はは……でも良いんですかね、ウチの息子で?」


「英輔さん、とってもお優しい方ですよ。私みたいな未熟な女には釣り合わないでしょうか?」


「いえ、そんなことは全く……お医者さんやってるなんて、ご立派じゃないですか」


 いつもの様に淡々と笑顔で話す京子先生に、両親もたじたじというか、かなり動揺しているみたいで、場の空気が微妙にぎこちなくなってきた。


 はあ……やっぱり、息子が女医さんを彼女として連れて来たなんて緊張しちゃうよなあ。


『なんでウチの息子なんかと?』って顔しているし、俺も気まずい空気にそろそろ耐えきれなくなり、


「そういうことだしさ。俺も京子先生にはお世話になっているし、いつか恩返し出来る様になるから」


「ええ……付き合うのは構わないけど、京子さんに迷惑をかけないようにね。あんたももっとしっかりしないと駄目よ」


「わかっているよ」


 俺がしっかりしないと駄目ね……そんなのはわかっているんだっての。


 トホホ……そうならないようにと、頑張ろうとは思っているんだけど、なかなか出来そうにないから悩んでいるってのにな。


「まあ、結婚は良いと思うが、二人で将来の事はよく考えるように。特に英輔は、早く仕事を見つけないと。彼女に示しが付かないだろう」


「わかっているよ……」


 親父も穏やかな口調ながらも、しっかりと俺に釘を刺していき、俺も渋々頷く。


 まあ、定職にも就いてない状態で、結婚なんて普通は絶対に有り得ないのはわかっているが、相手は女医さんだ。


 経済的な事を彼女に依存している状態が情けないからどうにかしろって事だろう。


 息子がヒモ状態なんて、普通に考えても嫌だろうしな。



「今日は本当におじゃましました」


「いいえ。また来てください」


 結局、それから少し雑談した後、京子先生も明日、仕事があると言う理由で、夕飯を待たずに帰宅する事にした。


「今日はすみません。急に実家に押しかけてしまって」


「いえ、先生は別に悪くないですよ。俺の方から事前に言っておいたのに、何も準備してなかった親が悪いんですって」


「そうではなくて、私、ご両親に歓迎されてなかったみたいですね。やっぱり、変な女だと思われているんでしょうか」


「と、とんでもない! 先生は何も悪くないですよ」


 京子先生が悪いのではなく、俺が明らかに先生と釣り合っていないから、親父もお袋も本当に良いのかと思って、気が引けてしまったと言うか、拒否反応みたいなのが出ちゃったんだろう。


「すみません、俺が不甲斐ないばかりに」


「別に英輔さんは悪くないんですよ。でも、どうしたら、認めてくれるんでしょう? 私がもっと出世すれば結婚を認めれくれるんでしょうか?」


「そういう問題じゃないですよ。別に俺と京子先生の交際に反対している訳ではないですって」


「じゃあ、何であんな嫌そうな顔をしていたんでしょうか? 私に至らぬところがあったからではないのですか?」


 至らぬところがあったのは、俺の方だから、あんな顔をしていたんだが、京子先生は逆に捉えちゃっているのかな?



「まあ、ご両親が反対しようが関係はありません。もう、挨拶も済ませたのですし、籍を入れてしまっても問題ありませんわよね」


「え? まあ、そうかもしれないですけど」


 俺も京子先生もとっくに成人済みなので、別に結婚するのに親が賛成する必要なんて全くない。


 親父もお袋も結婚自体に反対している訳じゃなくて、息子が無職のまま結婚しちゃうと世間体が微妙に良くないから、さっさと定職に就けって言ってるんだろう。


「女医の結婚って思っていた以上に難しいんですね。そんなに嫌なんでしょうか」


「ですから、京子先生が悪いんじゃないですよ。俺の両親も結婚すれば祝福してくれますって。ですから、気にする必要はありません」


「そうですね。でも、英輔さんのご両親に嫌われるのは私も本意ではないので、何とか認めてくれるように頑張りますね」


 だ、だから、先生じゃなくて……いや、京子先生の問題もあるか。




 俺みたいな凡人と女医さんが結婚しますなんて言ってきたら、誰だってビックリするだろうし、変な目で見られるだろう。


 そういや、今になって思い出したが、前に近所に居た女医が地元の会社員だかと結婚したって話があって、その時も周囲から、よく結婚したなって話題になっていたっけ。


 ウチのお袋もあからさまに、その先生の趣味が悪いとか、色々言っていたけど、まさか息子がそうなるとはね。


「それより、英輔さん。あなたのお父様が入院した病院は何処ですか?」


「え? ああ、地元の総合病院ですけど……」


「案内してください」


「はい? 何でです?」


「いいから。見てみたいんです」


「は、はあ……でも、歩くと結構あるな。タクシー使います?」


「私が呼びますわ」


 何故、そんな所を見てみたいのかと首を傾げしたが、もしかしたら知り合いでも居るのかと思い、案内する事にした。



「ここです」


「へえ、ここですか。今日は休診なんですね」


「そりゃ、日曜日ですし。でも、休日の患者も受け付けているみたいですよ。入院患者もいますから」


 タクシーで親父が入院していた病院に着くと、京子先生はマジマジと病院の建物を眺める。




「ここに泥棒猫が居るんですね。ふふ、今から話しを点けておきましょうかしら」


「は? ど、泥棒猫って……」


「しらばくれっても無駄ですよ。英輔さんの浮気相手が勤めているのはわかっているんです。ふふ、こうして私と英輔さんが結婚を約束した仲だってことを見せつければ、そいつも諦めるでしょうしね」


「いいっ!? あの……」


 葉山さんの事、まだ根に持っていたのかよ!


 別に彼女とは付き合っている訳ではないんだけど、一緒に食事したくらいで、




「さあ、その女の元に案内してください」


「いえ、あの……今日いるかわからないですし」


「総合病院なら、職員も医師も休日であろうが必ず詰めているはずです。いないのであれば、電話で呼び出してください。今すぐ」


「そんな! 無茶ですって!」


「何が無茶よ。英輔なら、すぐ連絡取れる筈でしょう。さっさとする。命令よ」




 いつの間にか女医さんモードの丁寧語から、タメ口で命令してきたが、ちょっと一方的過ぎるって。


 しかし、今から呼び出した所で、果たして来るかどうか……。


「それじゃ、またね」


「――? いいっ!」


 病院の建物の裏口から一人の女性が出てきて、こっちへやってくる。




 だあああっ! は、葉山さんじゃないか! 何でこんなナイスタイミングで出てくるんだよ!


「あ……」


「う……」


 京子先生を連れて逃げようかと思ったが、そんな事は許さないとばかりに、葉山さんと目が合ってしまった。


「紀藤君。どうしたの、こんな所で?」


「あ、ああ……その、実家に帰省したんで、ついでに……」


 と葉山さんが笑顔で言うと、京子先生は俺の腕にギュッとしがみつく。


 うおおおおっ! 何だよ、この状況は!?


 先生も何てことをするんだと頭を抱えていたが、二人はジーっと目を合わせてしばらく気まずい空気が流れていった。

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