【彩雲の彼方】
鋭い日差しに向かって、僕は手を翳した。
額に薄く浮かんだ汗は風に吹かれて、慰めのように微かに冷えた。
初夏の空気は熱と潤いに満ちていた。
一歩、一歩。確かめるように、砂利の敷き詰められた階段を踏む。
碁石が跳ねるような軽快な音をたてて、弾んでゆく自分の足は確かに前を。そして同時に上方を目指していた。
振り返れば町を遠くまで見通すことができた。何処までも行けるような高揚感と共にその景色を眺めれば、まるで背でも伸びたかのように、世界は狭く見えた。
出来ることがある。やれることがある。
そしてやりたいことがあって、やらなければいけないことがあった。
ただ満足に前を目指すことのできるという、当たり前の充足が
涼しい流れとなって末端にまで満ちてゆく。
しかし急ぐ必要なんて、一滴ほどもありはしないのだ。
考えることがたくさんあった。そして同時に考えたいことがたくさんある。
僕たちの生活をこれからどうしてゆくのかだとか、鳴海先生やお世話になった人たちに改めて、二人でお礼に行かなければならないだとか、夏夜の勉強を見なければいけないだとか、嗚呼。
頭から足先まで人生が詰まっている。忙しい──
握りしめた拳に宿る炎は、夏の熱気では説明が付かないほど、熱かった。
石の塔は何も語らずそこにある。ただ、『千秋』の名が刻まれていることだけが、桜の下で父さんが眠っている証拠だった。
「久しぶり」
汲んできた水を掛けると、冷たいしずくが頬に掛かった。氷のようだと思って
すぐに熱くなる。火の粉が滴る。
そして温かい雨のように降り注ぐ。大粒の雨が夏の大気に溶けて、いつか白い雲に至る。
手の甲で強く拭い、止める。
前髪を上げた。見据える先は青だった。しかし心臓は、生き残るように紅い。
憂いは全て立ち消えた。悔いは全て断ち切った。身体に刺さるすべての針は抜け落ちた。
目指す場所は明確だった。ただ僕にできることを為す。そして、僕にできることを増やしてゆく。僕はまだ、自分の価値をゆっくりと探ることが許される。
世界は狭い。やれることは少ない。
しかしやりたいことばかりが増えてゆく。ああ厄介だ。素晴らしい。
肩を回す。伸びをする。
身体に夏が滲みてゆく。
超小規模地獄的閉和世開W,そしてIの為の効用値考察 固定標識 @Oyafuco
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