第二十八話 前途多難です

 隊の人数は九人。

 洞窟がどのようになっているか分からないが、バウンドが指示した人数であれば、これが最適なのだろう。

 しばし行った先に、二人の兵と縄で塞がれた入り口があった。

「おう、ご苦労さん」

「殿下、やはり萎縮しているみたいで、一度も出ようとはしてません」

「そうかァ」

 どこか残念でありながらも哀愁を得たバウンドの声にラズリルが、

「魔物?」

 と言う。

「ああ、初めて入った時にはよ、少しは抵抗っていうか混乱だな。急に異質なモンが入ってきたんだ。何匹か斬っちまったが……」

 洞窟の大きさは大人の人間幅五人に縦に二人分ぐらいだろうか、聞いていたより、大きい。

「随分、大きいですね、これが奥まで?」

 リーヴの言葉にリッツが「はい」と答えて洞窟の奥を見る。

「はっきり言うと、こっちが刺激しない限り攻撃してこねえんだ。アイツらにとって俺らが侵入者でありがらも、多分、攻撃をするっていう選択肢がないんだろうな」

「なるほど」

 出入り口の兵たちが縄をめくる間、リーヴが口にする。

「相当の年数が経っているか分かりませんが、他人を攻撃するという行為を忘れ、隠るというのは今まで命の循環が、この洞窟のみで行われていたからでしょう」

 命の循環、とレゼンは呟いて露わになる洞窟を見た。

 大きな口を開けている、そこは不気味であるのに聞いた話だと恐ろしい場所には思えない。だが、何かあるといけない。すらりと剣を抜く。

「わたしたちが前を行きます」

 リッツが声を出して、松明を持って先頭を行き、バウンド、リーヴとターニア。

 その後ろにレゼンとラズリルが続いて殿のラクルスたちが森で進軍した時のように並んで歩く。

 すぐに入って、

「これは」

 と声を出したのはリーヴだった。

「すごーい」

 それに続いてラズリルが声を上げる。

 洞窟は広々として天井と床に円錐形の岩が、ぽつ、ぽつと液体を流していた。

「採取します」

 リーヴが止まり、ターニアが背を向けると簡単に試験管を出すと、上手い具合に、垂れている水を受け止める。

「おそらく、雨水などが土を通り、各成分を持って円錐形の岩になっているんですよ」

 教師のように喋るのはラズリルが、今にもはしゃいで無邪気に触りそうになっているからだろう。それでもレゼンが止めるからいいのだが、ラズリルは嬉しそうに「そうなんだあ」と口にした。

「岩も調査したいですね」

「入ったばっかだけどいいのかァ?」

 バウンドの声にリーヴは止まり、居住まいを正して、試験管の半分あたりに水を溜めたのを見て止める。

 ターニアの鞄に、採取第一号を入れて一行は歩くが、やはり、

「魔物が出てこねェな」

「でも、見てください」

 バウンドの声にリッツが、松明を天井に向けるとコウモリらしい生き物が肩身を寄せ合って、光りをまぶしそうに縮こまっていた。

「おおきいー」

 通常の三倍ぐらいだろうか。

「苔もありますね。少し採っても?」

「おう」

「ねえ、リッツ、他に魔物はいるの?」

 ラズリルの言葉にリッツは、

「このコウモリらしきものと芋虫のようなもの、クモもいましたよ。今は、このコウモリのようにまったく姿を見せません」

「ちぇ」と口にしたのにレゼンが小突く。

 危ないにこしたことはないのだ。

 レゼンは周りを見渡して「ん?」と声を出す。

「リーヴ兄上、ここは人工の洞穴の可能性があると」

 ホスタル教団が作ったのであれば、このような天井から水が垂れて、聞いたことのある鍾乳洞らしきものにはならないのではないだろうか。

「ええ、掘ったあとはありますよ。このように鍾乳洞なのは先ほど言った通り、長い長い年月が経っている証拠と言えます」

 もっと奥に行きましょう、とリーヴの合図で、さらに奥に進むと、つららが少なくなっていき、人間が掘ったあと、と言った方がいい部分が出てきた。

「ここならレゼン、分かりやすいでしょう?」

「もう半分すぎてますよ」

 リーヴとリッツの二人が声をかけてくれてレゼンは周りを見渡した。

 暗い。闇の中。寒いわけではないが、何故か身体の肌を、ぞわりと何かが這る。

「荒いが奥に行く為に掘った跡があります」

 松明を壁に向けると、確かにたくさんの線が奥へ奥へと延びていた。

 そうそうと進んでいくと、ぱっと大きな広場らしきところに出るとリッツが説明する。

「ここに碑石があったらよかったのですが、リーヴ殿下」

「ふむ」

 ぐるりと見回しても壁に映るのは自分たちの影だけだ。

「何かをするにはいい場所ですが、なにもないとは」

 床などを触り、見渡すが、

「あれ、これなに?」

 レゼンと周りを歩いていたラズリルが、ちょんと壁を突く。

 と、がらがらと表面が落ちた。

「ひっ、わっ、ごめんっ」

 すぐさまラズリルを引っ張り、レゼンが間合いをとると、

「これは、骨?」

 バウンドが二人をかばうように距離を取り、リーヴが口を布で覆いながら見ると、

「骨ですね。これは、埋められた? 装飾品もあります」

 すっぽりと、例えば卵の中にいるように、身体を丸めた白骨死体が入っていた。

「まさか」

 ぐるりとリーヴは周りを見渡す。

 この広場の壁は、異様に綺麗だ。まるで何かを埋めたように。

「どうする?」

 聞いたのはバウンドだ。ここで暴くことはできる。しかし、二次的な被害がある可能性で、今、選択権は研究者のリーヴに一任された。

「これってさ、お墓ってこと?」

 暴いてしまったラズリルが同じく周りを見る。

「壁に埋めるねえ」

 ちゃんと松明で照らされれば、墓と思われる壁は下段と上段で別れていた。

 一つひとつに遺体があるのだろうか。

「土に帰るはシスロクの教えになりますが……ん」

 リーヴは気づいたように、仮に墓として、その下に手をやると、

「文字がありますね。シスロクのものです。リッツ、松明を」

 床を触りながら、火を近づけると、確かに文字らしきものがある。

「コ、ウ、コウマルですか、ね。この骨の主は」

 そのまま立ち上がると目の高さあたりにもあった文字を見て、確信が持てたのか、リーヴは、こくりと、

「墓場ですね。ホスタルでいいなら、その方々の教えには少し反しますね。埋めるとは……いや、ここ自体が墓なのか? そしたら奥の碑文は出入り口? ホスタル教は死の循環を目的としていた? 死者を拘束するのではなく」

 ぶつぶつと言い始めたリーヴにバウンドはため息をついて、他を見た。

 隣に移動して、リーヴは書かれた名前を読む。

「こっちは、司祭ベルゼ、司祭ルーリル」

「二人分だね」

 怖いもの知らずのラズリルが隣に並んで「二人寝てるのかなあ」と呟いて、また、ちょんと壁を触る。

「おい、ラズリル」

 バウンドが何かあるといけないと後ろにかばってくれたのに、と思いつつリーヴとラズリルの間から見ていると、今度は蓋のようにぱかりと割れ、音をたてて崩れた。

「ごめんなさい」

「はぁ、もう長い年月が経っている洞窟です。しかも人工で壁を作ったなら脆くなっているでしょう」

 リーヴが名を読み上げた通り、中には二つの遺骨が抱き合うように肩身を寄せ合っていた。

 腕には何かの装飾品があり、それは魔核と似た丸い玉が連なっている。

「おや」

 と声に出したのはリーヴだ。

「この二体は男性同士ですね」

「そうなの?」

「人間の骨は男女で形が違うのですよ」

 骨盤あたりを指しながら講義をしている間、他の皆は休憩としたらしく、手持ちの食料を口にしながら、碑文のあるところはどうするか、と相談していた。

「ラズリル、触るなよ」

 後ろから同じ講義を聴いていたレゼンが重ねて言うけれども、ラズリルの興味は、腕にある魔核らしきもので、これだけ埃や土をつけずに白いままである。

「もう触らないよお」

 墓を二個も破壊したのがショックだったのか、呟きながら、次は名前が書かれたところをなぞった。

「二人とも一緒にお墓にはいるほど仲が良かったのかなあ」

「司祭と書かれていますから、何かの儀式があったのかもしれません」

「でも、いいなあ、一緒で」

 ぽつりと口にしたのはレゼンとリーヴにしかと聞かれていた。

「ベルゼさん、ルーリルさん。ホスタル教なら、まだ一緒にいるんでしょ?」

「そう、ですね」

 リーヴは、少しだけ苦しそうに言うと目を閉じた。

 ラズリルは、また名前部分を、つぅとなぞったところで名前を読んで、導かれるように骸にある手首の装飾品に手を出す。

「ま、なにやってんだ!」

 レゼンが止めるも遅く、

「だって、ベルゼ、ぼくたちが解放してあげなきゃ」

 ラズリルの瞳が金色になり、周りが光りだしたところで、ラズリルとレゼンの手首には、あの飾りがついていた。

「はれ?」

 レゼンとリーヴでラズリルをかばっている形のまま、二体の遺体から手首の飾りは失われ、代わりにラズリルとレゼンの腕に飾られている。

「なっ」

「大丈夫か、お前ら!」

 突然の光りに驚いてバウンドが来るが、呆然としている三人に何が起こったの分からず、疑問符を浮かべながら見比べていると、

「なにをしているのですか! ラズリル!」

 いつもは声を荒げないリーヴがラズリルの手を取ってナイフを使い、糸を切ろうとしたが、なんの素材なのか、まったく切れる様子はなく、

「レゼン! 貴方は――」

 瞳の色が金色になり、

「ああ、解放しないとなルーリル」

 そう言って、ガクンと座り込む。

「あれ、俺、今なんて言いました?」

 レゼンはかぶりを振りながら、自分の手首に例の品があることに驚きリーヴを見て、サーッと顔を青くした。

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