第二十四話 インドアって大変ですよ

 持っていくものはさほど多くはなかったと思う。

 試験管やシャーレ、蓋があるコップ、布に数十個と枚以上。それが一つのリュックに入れられて、さらに空のリュックを持たされた。保存したものをいれる為らしい。

 入れるものはリーヴに指示されて、一回テーブルの上に置いて順番に入れ、壊れたりしないよう細心の注意を払った。

「こんなに持って行くの?」

 弟の発言にリーヴは、こちらを見もせずに、

「移住民の場所ですからね。今まで荒らされてないのなら金銀財宝が眠っているかもしれませんよ」

「わーすっごい冒険ちっく!」

 ラズリルが手を叩いて喜ぶと、

「一応、冒険ですよ、これは」

 と返した。

 意外に重労働で、研究者は日々進化追っているのか、と空を見上げている。

「でも、こんなにいるの?」

 ラズリルがレゼンの疑問を言ってくれて、レゼンはリーヴを見た。

「今まで発見されたことのない洞窟。独自の生態系、岩や壁も気になりますね。植物があるなら、そちらも。目的は石版なので、ついでの研究ですが」

 リーヴは止まり、少しだけ考え、

「石版は、門番がいる以上倒して、ゆっくり見る。どんな歴史があるのか、心が躍ります」

 そう言いつつリーヴの顔は無表情だ。そういう人なので気にしないが、一応、楽しみにしているのだろう。

「これ、持つの……」

 膨らんで巨大になった荷物を見てラズリルが声を出す。

「兄ちゃんにそんな力はないと思う」

「失礼ですね。自分で運ぶわけないでしょう。うちで一番力持ちなターニアにやらせます」

 ターニアというのはリーヴの私兵の一人だ。リーヴの私兵は研究半分武闘でギルドに行くのが少しとあとは下街にいる。

 バランスよく見えるが各々が好きに生きているので「私兵とは?」と言われることがある。

 リーヴの研究に付き合うのは、それぞれ古物の修復なり魔法の研究なり多種多様だ。

 だからこそ、

「二人とも、これを手首につけるように」

 と、丸い魔核がついた装飾品を渡される。

「能力としては五大元素すべてを攻撃として撃てるというところです。実験済みなので保証はできますよ」

「すっごい!」

 早速、七色に光る玉がついた腕輪をつけて、ふっとラズリルが構える。

「回数制限がありますからね」

 そう突っ込まれて、ラズリルはおずおず手を下ろした。

「普通の魔核のように黒くなるのですか」

 レゼンが聞くとリーヴを首を縦に振る。

「使い手にもよると思いますが、雷を落とすほどの攻撃だと半分は黒くなりました」

 はえーとラズリルは見つつ、魔核をいじっていた。

「これで遠くでも会話ができる魔核があればいいのですが、あの魔核を製作したセリュバン博士も現実にできなかった品物です。開発は遠いでしょうね」

「兄ちゃんは作らないの?」

「作ってますよ。過程で出来たのが五大元素のコレです」

「へえ」

 自分の兄の成果にラズリルは嬉しそうで、にこにこしながら「使うの楽しみだなあ」と口にしたが、途中リーヴが「使わないのが一番いいんですよ」と釘を刺す。

 確かに使わない方がいい。こういうのは人の心を暗闇に落とすこともある。

「リーヴ兄上、もうこのくらいでしょうか?」

 膨れ上がった荷物に手を添えながらリーヴに聞くと「そんなものでしょう」と言う。

 本当はもっとサンプルが欲しかったに違いないが、そこは洞窟を潰してしまうと聞いて最小限にとどめているのだ。

 バウンドは生態系を崩さないと言っていた。そこにリーヴは賛成している。

 何事にもあるべき姿があるのだ。

「ねえ、レゼン、どんなのがあるかなあ」

「動物が大きくなったり、知らない岩があると言っていたから、あとは噂の大きい魔物か」

 聞くだけなら楽しいのだが、実力は相当のものだというし、真面目にしないとレゼンは思う。

「そういえばリーヴ兄ちゃん、あのホスタル教さ、何を信仰してるの? 色々聞きそびれちゃった」

「……その前に聞いてもいいですか?」

 リーヴが改まった口調で二人に問いかける。

「話し合いましたか? 今日は朝食に顔を出したのに二人ともいませんでしたから交尾でもしました? ラズリルの声も擦れているように聞こえますし」

 ごふっとレゼンが吹き出した。

「こ、交尾!? リーヴ兄ちゃん、もっと言い方があるでしょ! 例えば繁殖交尾とか! 愛し合ったとか!」

 ふむ、とリーヴは考えて、

「粘液接触とかはどうですか?」

 レゼンは、

「言い方を変えるということではありません!」

 と、リーヴに言うが、リーヴ本人が「何が間違っていますか?」みたいな顔をして二人を見ている。

 レゼンとラズリルは顔を合わせて、知られているだろうと口に出した。

「確かに、そのしましたが」

「うん、もうね、粘液接触しました」

 まだ照れが残ってるレゼンを置いてラズリルはキッパリと言い兄を見る。

「そうでしたか。まあ、そういう答えじゃなければ二人一緒にこちらに来ることはないでしょうし」

 前にけしかけた、と言ったが、ラズリルに対して色々と言ったようだし、少しは何か思うところがあったのかもしれない。

「兄ちゃん、ありがとう」

 しみじみとラズリルはリーヴに礼を言う。

「別に何もしてないですよ」

 バックの紐を結びつつ、こちらを見なかった。

「あっ、そんなことよりホスタル教!」

「そうでしたね。かの宗教は主に「死」を祀っているはずです。曖昧なのは、この宗教の規模です。数で言えば一万はいっていたはずですが、記述がバラバラで「死」以外によくわからない」

 リーヴは、自分の机に腰掛けて数枚の紙を出し言う。

「国の全体的な宗教を聞きましたか?」

「ええ、季節や天候を神として祀っていたと」

「その中で死は特別でした。あちらでは死を「召される」といい、自然信仰の最たるものでした」

「当たり前ってこと?」

「産まれることを祝福とし、死は終わりではなく次の生の準備」

ラズリルはそこら辺に座ってリーヴを見ながら疑問を浮かべつつ聞いている。レゼンも自然と座りながら、教師の言葉を聞いているように座っていた。

「だがホスタル教は、死を終わりなき輪廻とした。そして生まれを精霊の加護としました」

「じゃあ、死んだ人は死んだままで、生まれは精霊が持ってくるってこと?」

「……なんとも言えないのですよ。残る史料はあまりにも少ない。もし、この洞窟の調査でホスタル教の祭祀場所であれば、研究者として、歴史として発展するでしょうに」

「リーヴ兄上?」

 細長い目が、すっとそらされた。

 少しの沈黙がありつつ、リーヴは、ふぅ、ため息をつく。

「なんでもありません。大丈夫ですよ」

「リーヴ兄ちゃんが、それならいいよ。でも困ったら言ってね。僕、兄ちゃんの弟だもん」

 ふっ、リーヴが笑った。

 昨日のことを思い出すと、逆なことで笑ってしまう。

「今日の二人はお休みではないのですか?」

「えー! どうして分かるの!」

「こんな時間に来るなんて休み以外ないでしょう」

「だって父上と母上が休みなさいって」

「でしょうね」

 肩をすくめてリーヴはイタズラっぽい顔をする。

「一日中、触れ合えるのに、わざわざありがとうございます」

 ラズリルとレゼンは顔に血が上り、かぁと赤くなる。触れ合うがそういうことを指摘されているのが分かって熱を帯びた。

「兄ちゃん!」

「はいはい、お邪魔虫のお部屋から出なさい」

 しっしっ、と手で払われて、ラズリルはぐぬぬと顔に出しながらレゼンと共に追い払われた。

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