第十九話 一生の半分(下)
『愛してる』って何?
と、兄に聞いたが答えはくれなかった。
食事をしたら、みなが気にするから『愛してる』ので。
愛していると気になる。
ラズリルは、ごろりとベッドの上で身体の向きを変えた。
食事はロプレトが持っていき、時間を見て片付けてくれ、寝間着も持ってきてくれて、今は寝るだけ。
リーヴの言葉を考える。
今まで「好き」を何度も言ってきたのに、それ以上ってなんだろう。
ラズリルの未来は一つしかない。
レゼンはハルタ国に行く。それだけ。
なら、曝け出していいと思った。今まで我慢していた「好き」をレゼンに伝えて、こんなにも好きで、幸せなんだって。
そういえばレゼンは、どういう王様になるか聞いてなかった。
抱きついてもキスしても「好きだよな」て言われるだけで、どう思っているか聞くのが怖くて何も言わないようにしていた。
「逃げてるみたい」
拒否されるのが怖いから押しつけて、たくさん押しつけて聞かないようにしている。
でも受け入れてもらった途端に、不安になり怖くなり、子供のように泣いてしまった。こんなはずではなかった。
最後の日に、身体を繋げられるなら心の整理がついて、レゼンのいない日々でも耐えられると思っていたのに。
今でも、まったく耐えられない。
レゼンがほしい。レゼンに好きと言ってほしい、レゼンに触ってほしい。
いっそのこと殺して帰ってほしかった。
「レゼン……レゼン、レゼン、レゼン」
何度呼んでも、ここにいないレゼンは「なんだ?」と応えてくれない。妄想だけが頭の中で焼き切れる。
『話し合う』ってなんだろう。
今、レゼンと話し合ったら、この恋心を否定されれそうでいやだ。
ラズリルは、またごろりと体勢を変える。
別れてしまうのに、何を話すのだろう。こんなに大事なレゼンに対して――。
「あ」
口から漏れて、目を見開いた。
そういえば、僕はレゼンに大事だ、大切やと伝えたことがあっただろうか。
「好き」以外の別の感情をぶつけたことがあった?
大事はあったような気がする。
ラズリルは、それをすべてひっくるめて「好き」と伝えていた。
これが、そう?
リーヴの顔を思い浮かべながらラズリルは仰向けになった。
『話し合う』って気持ちを伝え合うということなのだろうか。
押しつけず、ゆっくりと自分を語り、相手の言葉を聞く。
「なんだ……こんな……レゼンとならいくらでもできたのに」
涙が溢れて零れていく。
今日は何度泣いただろう。ラズリルは起き上がって、窓から見える、どっぷりとした暗闇を見て、レゼンのところに行くには時間が経ちすぎていると諦め、でも、
「部屋の前ぐらいは、いいかな」
願うように、明日の覚悟をレゼンの部屋の前で祈る。
いつもなら潜り込んでいるのに。
ベッドから降りて、靴を履くと、ラズリルは立ち上がって、まだ水が残る瞳を拭いた。そのまま部屋を出ると、音をたてないように歩く。
冬でもないのに息が白くなりそうで、身体が固まりそうだ。
「え?」
遠くから見た時、声が出た。
レゼンの部屋が空いている。その隙間から光りが一条漏れ出し、部屋の主が起きていることを示していた。
「レゼン?」
小さく呼ぶが光りが揺らぐことはない。
そろりと歩いて行き、光りの隙間から中を見た。
レゼンは机に向かって何かをしているようで、それが自分がまとめたハルタ国の報告書だと気づいて、何か政策を考えているのだろう、別の紙に書いては横線を引いて、消しているようだった。
ラズリルは息を殺して、その様子を見て「真面目だなあ」と思う。
言ってくれれば一緒に考えるのに。
「一緒に、支えて、生きて」
そんな、ボソボソとした声が聞こえたのかレゼンは立ち上がって「ラズリル?」と呼ぶ。ラズリルはびっくりしてドアを閉めると、力を込めなかったせいか、扉は簡単に空いてしまい、トンとレゼンの胸の中にラズリルは入り込んでしまう。
「あ、ごめ」
逃げようとするラズリルをレゼンは逃がさなかった。
すぐに腕が周り「ラズリル」と呟かれる。その優しい言葉に涙が溢れてくる。
「話し合おう。朝までかかってもいい、ちゃんと話し合おう」
「……レゼン、あ」
ぐい、と部屋に引き込まれて、そのままベッドの端に、お互いに座る。
「泣いたのか」
レゼンは頬を撫でて瞳を触ると痛々しいと言わんばかりの顔をして、ラズリルを何度も撫でた。
「……ラズリル、俺は」
「待って、先に言わせて」
さえぎってラズリルは切なそうな顔をする。
「何度も何度も、勝手に好きって言ってごめんなさい。でも、本当に好きです。レゼンのそばにいたい。そう思っています。僕、ずっとレゼンはそばにいてくれると思ってた。でもそうじゃなかった。自分勝手でごめんなさい」
ぐっとラズリルは奥歯を噛む。
「レゼンから逃げて、ごめんなさい。僕、レゼンのことが好きです。まだ」
「ラズリル、さえぎって悪い」
「なに?」
「俺はお前のことを愛している」
レゼンはラズリルの手を取ると、握り締めながら言う。
「ずっと俺はお前のことが大切だ。大切すぎて自分がラズリルの手をとるに足らない人間だと思っていた。綺麗なお前だけを見ていれば満足だと」
また泣きすぎた瞳から甘い水が流れていく。
「でも、違った。考えたよ、ラズリル。俺はどんなに遠くにいても愛している。そばにいられないかもしれないが、俺の心にはラズリルがいる。だから、怖いことも、ラズリルがいると思えば怖くない」
一瞬、抱きしめ合っていた手が離れて、すぐにレゼンの腕の中にラズリルは収まる。
「レゼン、レゼン、僕、やっと分かった。勝手でごめん、でも、これって、その前に大切があったの、大事なレゼンがいたんだ。隣にいないことが不安だったから、その気持ちを大事にしないで、とにかくレゼンをって」
ひくり、とレゼンの耳元でラズリルの泣き声が聞こえた。
「僕、レゼンのことが大切なんだ。昔からそばにいたいと思ってた。大事で何よりも誰よりも先にレゼンの支えになりたかった。僕、レゼンのことを愛してる。僕も、レゼンが隣にいなくても怖くても、この世界にレゼンがいるなら、それでいい」
どちらともなく、身体を少し離すと深く深くキスをする。
――――20話は非公開になります。
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