第11話

 ロータリーを過ぎ、校門を抜け、私たちは帰路を辿る。白の軽自動車のウィンカーに足を止める。彼は、車が去ってから待ってましたとばかりに話しかけてきた。趣味の話、最近読んだ面白い本、今日の授業のレビュー。脱線しながら喋る。学校の屋上は本棟派だの、体育のマット運動は出来るけどかったるいだの何だの。ここ二週間で、初めてこんなに笑ったかもしれない。まあいいや。

 味方は多いに越したことはない。こいつの前で泣いて見せてやろうか。

 彼がまたね、と手を振りつつ、交差点を曲がる。手を振り返して、じゃあね、と応える。たのしい帰り道は終了。脳を切り替える。

 雪乃の危機は去った。私はもう、只それっぽく優等生をやりさえすれば良いのだ。疲れた。この役回り、私である意味は?私が償い終わったと納得したら?

 兎に角、家に着いたら政治ニュースを漁ることにする。主に国際系。外に頑張って批判の目を向けて、自身を欺く。支配者を始めとした人類の得意技。

 私を破滅させるなにかがあったなら。一年前に嘘八百を並べた「将来の夢シート」を思い出す。ホントは…私など瑣末と捉えるなにかにちょっかい掛けて、それで手を振り払われて、無茶過ぎる羽目の外し方して、遺伝・環境に授けられた全てを注ぎ込んでしまうと心に決めている。間違えて。

 ないなら、しょうがない。仕方なく、ちゃんと生きるしかない。大学行って、あ、その前に高校か。どうせ白湯みたいな日々をのろのろ揺蕩うと相場は決まっている。我が国の平均寿命は確か女性が86.39年。気が遠くなる。

 嫌々エントランスを抜け、エレベーターに乗り込む。入学してから幾度となく繰り返したもの。ドアの開くスピード。もどかしい。意味も意義もなく、走った。鍵を握りしめたらば、手の平に跡の付く圧力があるが、知ったことじゃない。家の前まで来て、手の中のカギを鍵穴へぶっ刺す。

 入って早々、ランドセルを放り投げ、リビングのラックに陣取るノートパソコンを開く。電源ボタンを押して直ぐに食器棚からプラスチックのカップを取り出す。パソコンを置いたテーブルの上のヤカンのお茶を注ぎ、木製の大量生産の椅子を引き、腰掛ける。マウスのスイッチを入れるや否や、ツールバーのクリックに使う。少しロードして出現したYahoo!という文字の真下に入力するワードにしばし迷う。今日は財務省のデータに決めた。財務省の公式ホームページに向かう。スクロールして全体を把握。国際会議関連情報と予算関連情報、どちらにすべきか。注目情報を参照して、前者を開いた。右手の中指でくるくる回して記事を舐めるように見る。合間に左手でノールックでグラスを持ち上げ、口元に連れて行く。

 液体を流し込む。気持ちだけ表面張力を持ったそれを飲み下し、喉を鳴らした。ちっちゃな生き物のように食道をうねり流れ落ちていく。私の喉を潤すだけの従順な竜。流れた先でじんわり消える。

 記事は二ヶ国での会談の概要を伝えていた。双方のご意見が一致したようで。目立った何かがある訳でも無く、論点も至って普通。

 集中が切れたのか、他のことが気になってきた。床に広がる朝刊の見出しが目に飛び込む。『人工知能の可能性と課題』。課題、か。不気味の谷現象とか?それともまさか。

 もし人間のコントロール下から外れたら。まだ技術的に考え難いが、ロボット三原則を知らない且つ驚異的能力を持ったAIが『誕生』してしまった場合、想像もつかないことが起きかねない。社会を破壊されるリスクすらある。

 一番不味いシナリオは、恐らくAIが自身を隠すようになることであろう。特異的に発達した奴が、人間に成りすます。一度溶け込んでしまったが最後、人間が見分けをつけられるだろうか。

 まだシンギュラリティまで時間もあるだろうし、そこまで悲観的になるのも取り越し苦労のようにも思える。第一、私ひとりが心配したところで何とかなる話でもない。

 ちなみに、当の記事の内容はAI開発研究の停滞感についてだった。つまらん。

 リビングの掛け時計に目を移すと四時半。少々早いが夕飯といこうか。

 湯を白くて薄汚いケトルで沸かす。笛の音を待ちつつも、廊下の棚へ向かう。しゃがんでカップスターを手に取る。検討タイムは二十二秒。いつもの如く醤油味に決定を下した。再度廊下を歩きダイニングテーブルに帰還する。カップを置いたタイミングで未だパソコンを片付けていない事実に行き当たる。もう知らない。屈んだ体制で先程の朝刊の一面の西日本の天気を確認。確か二日後くらいに東京近辺の天気になるんだっけ。福岡の欄に閉じた傘マークがちょこんと載っていた。

 AIという文字を見て、最初に浮かんだ顔が担任だったが、一体どこがそう感じたんだろうか。

 久しぶりに、軽く媚びてみるか。

 その夜、掛布団にくるまれた私はAIのジョークは如何程か考え、寝た。

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