第10話
廊下の小さなホワイトボード。実際は書いては消してを繰り返したせいでホワイトというよりかは少々グレー味がある。中途半端な色。私が嫌いなムードを漂わせている。
ブラックのランドセルを背負った私は、ボードの向かいの白い壁に体を持たせかけ、緑のシャツに青いランドセルの中央委員をじっと待つ。ぶっちゃけ目線より上の小窓からの空も、水道使う度に目に入り見飽きてしまった。しょうがなく、つらつらと考え事をする。
自分から誘ったときの彼の、まるで人生が薔薇色に染まったかのような表情の移り変わりを回顧し、私はなんだか本能、そして機械的なプログラム性を思い、感慨に耽った。
窓から見える雲が、肉眼ではまだ一応動きに気付けないくらいの時間で、前の扉から緑色の服の少年が顔を出す。私とアイコンタクトをひとたび取れば、また桜色が頬に染まる。
「ごめん、待った?」
実のところは、単にこのセリフが言いたいだけなのだろう。
「ううん、全然。早かったね」
笑顔をくれてやると、彼は長く柔らかな睫毛を二度動かした。
「すっごい急いだんだ。堤といっぱい喋りたいからね」
軽く息が弾んでいる。以前も犬のようだと思ったが、前世は忠犬ハチ公なのではなかろうか。
「ふふ、ありがとう」
そう言いつつ、頭は戦略を練り続ける。少し仕掛けてみるか。
「あ、そうだ。名前で呼んで欲しいんだけど、いい?苗字呼びより、名前の方が嬉しいっていうか…」
最初だけ相手に目を向け、その後は段々と自分の靴の先に視線を移す。全て意識的な行動だが、慣れないことをしているなと思う。普段なら、呼び名くらい流れで切り替えるか向こうに仕向けるかなのに。
私の照れを愚直に受け取ったであろう彼は、うん…僕のことも名前で呼んでいいよ、と云った。
「わかった。それじゃあ、改めてよろしく、
私の定型文のような返事に、いかにも嬉しそうにする彼。
あくまでこれは、雪乃の平穏のため。私が勝手に奪った、彼女の暮らしの平和を取り戻すため。
見失わないように、言い聞かせた。
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