第9話

 そう、完璧なはずだった。

 あの子の矛先を変えてから数日後。授業が終わり、委員会の時間に。報告と全体の会議が終了し、私は筆箱とプリントをまとめる。

「あ、堤、久しぶり、かな」

 書記の生本中いもなかだ。

「前回から一週間経っての今日だしね。確かに久しぶりかも」

 仄かに笑いがこぼれた。かしこまり具合も可笑しい。相変わらず今日もピーマンみたいな色の襟付きシャツを上に羽織っている。センスは中の下だが、整った容姿ゆえに、ぎりぎり知的な印象に仕上がっている。

 彼も顔を綻ばせる。私から見るとその様子はまるで犬。

 ただ、彼は鼻もよく効くらしかった。

「あのさ、違ったら別にいいんだけど」

 この空気の勢いで尋ねようとしてくる。目が異様に乾く。ドライアイでもなんでもないのに。

「なんか、さ、友だちに、嫌なこととかされたりしてない?」

「えっ、別にない、けど…なんで?」

「いや、ならよかった。なんとなく、一緒にいるとき雰囲気違うし、ちょっと悪口?あの人が言ってそうな感じだったから。何かあったのかなって」

 早口で慌てている。成る程ね。

 たまに誰かの視線で肌がひりつくことがある。以前からあったし、確かに最近でも時々気になる。

 これもある種の監視か。

 私の沈黙をどう捉えたのか、目線を泳がし始める。瞬きの度に、長いまつ毛が心持ち震える。

 彼のような者の存在自体は計算外だが、現在の状況に関して云うと、打破可能。

 活用するのは私への感情。馬鹿でも分かる、と断言しても差し支えないだろう。

 恋愛感情に支配されている人間ほど、コントロールしやすいものは無い。この事態を、より良くするために。

 君の最低になってあげる。そう微笑みかけた。

 正義感、優しくておもいやりのある心によれば、このような行為は制裁の対象に該当するっぽい。なんだか景色がくすんで見えた。

「そうだ、今日いっしょに帰る?」

 清廉潔白な君の笑顔のために、敢えて私は誘った。私は真っ黒な悪魔みたいだ。たのしい時間のはじまりはじまり。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る