第8話

 一時間目も二時間目も、悲しいかな、何も問題が発生しなかった。適度に手を挙げ、稀に指されれば的確に答える。満足気な教師のいつもの如き自然な笑み。心もち媚びているかのように感じた。きっと私の気の持ちようのせいだろう。何かあったとすれば、二時間目の社会の歴史の授業で、担任が出来事の流れを説明する合間に挟んだエピソードで教室を一回沸かせたくらいのものだ。私が以前読んだ本には、敵方視点での話も載っていて、私からすれば授業で扱ったものよりもそちらの方が余程興味深かった。

 今日も、変わり映えのない微妙な青空。どことなく虚無感がたゆたっている。窓から目を背けた。目線の先には教室しかない。

 文学やら哲学やらが発展するのは暇人が多い時、なのかもしれないと思った。

 二十分休みが正念場。私は、珍しく頭を使わないで授業を受けた。さっきみんなが笑う間にもう教科書読んだしいいや。

 一周回って、部屋にある、私以外の存在全てが眩しく感じた。私の埃みたいな色の上着は、ここには合わない。

 あと十分。あと五分。あと二分。あと一分。あと、あと十秒。

 電子的な鐘が鳴る。目を閉じ、息を吸い、吐いた。静かに瞼を上げる。自信満載さの演出も忘れない。

 三秒後、あの子は席を立った。私は座ったまま、その背中をこっそり見送る。

 雪乃だろう。彼女なら、きっと上手く出来る。彼女のことだから、きっとあの子にも丁寧に接してくれるだろう。

 クラスの変化に、外の誰も分かりやしない。私は唯の中央委員。雪乃のときだって、兆候すら皆見逃した。気づいたってどうせ…。

 そして、未だあの子は戻らない。出来過ぎなくらいに事が運ぶ。左の引き出しに手を掛ける。予備のティッシュペーパーの隣に仕舞った、読みかけの科学の話の表紙が待ってましたとばかりに目に飛び込む。

 帰りに雪乃と話さなければ。身近に潜む科学を知りつつ、休み時間をやり過ごす。ここにこんな素材が使われているとは。目的併せて参考にしたい。どうやって参考にするか検討もつかないけれど。

 みんなの足音が私を本の世界から現実に引き戻す。予鈴の余韻。どうやら聞こえない程に没頭していたらしい。三限の用意を済ませ、右の引き出しを仕舞う。窓から廊下を眺めると、丁度、あの子が雪乃を連れ帰還しているところだった。すべて完璧に進む。

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