第52話 天使の厄災⑥

 ――いったい何が起きたのでしょうか?

 確かにワタクシが圧倒的に優勢だったはず。正直負ける気もしなかった。

 しかし、今はどうなっている?

 何か鋭い剣に右肩を貫かれたような、そんな感覚に襲われたと思った時には。

 体勢が崩れてしまっていた。

 早く、早く――。

 もがいて足掻いて、立て直そうとするものの。

 しかし身体は地面へと落ちていく。

 そこでようやく理解する。

 自らの右肩から先が無いことに。

 天使の右翼が、焼き切れていたことに。

 少し離れた場所に、自らの右腕が吹き飛んでいるのが確認できる。


「な――、ぜ……」


 戸惑いと混乱の中、後ろに倒れながらその姿を認める。

 青年のような顔立ちで、金色の長髪が風になびいている。

 それは、その姿は――


「シェイドォォォォォォ!!」


 この国の神は哀しそうな顔をしてワタクシを見下している。封印していたはずの彼が何故ここにいるのか。そんなことはどうだっていい。

 このままだと――。


「やっと隙、見せてくれたな」


 彼女、クシナが迫っていた。

 彼女が手に持つ獲物はどうやら特殊な能力を備えているらしい。二度、有効な攻撃を受けてしまうと力が全てゼロになる、というものだそうだ。

 それは彼女自身が言っていたこと。

 そしてこうも言っていた。

 同じ部位への有効な攻撃でその能力は発動する、と。

 ――できることは、限られています。

 精神的にも肉体的にも不安定になっている今、全身を防御する為の出力は瞬時に出せない。精々が一カ所を集中して守ることぐらいで、他に回せる余力はない。

 ――守るなら、頭部。

 瞬く間に光の槍を数本、盾のように頭部へ構える。

 そこへ武器を大きく振りかぶりながら、彼女は突っ込んでくる。

 彼女は驚いた様子で目を見開き。

 そして、破顔した。


「――ウチの、勝ちやな」


 振り降ろされたそれは。

 鳩尾へと。

 切り裂くように、打ち抜かれた。

 吹き飛ばされるような衝撃と同時。

 ガラスが割れたように、騎士団長の身体から弾き出されそうになる。

 ――何故だ!? 一撃は頭部に触れてさえいないのに……! マズイ、このままでは……!

 せっかくの力が。

 ようやく神になれる程のチャンスが。

 何故、何が、どうして、有り得ない、分からない、不明、あってはならない、理由、根拠、原因は――


「お、まえさえ――、いな、ければ――」


 せめて殺す。

 自分だけが一方的に不利益な状況になるなんて、あってはならない。人間如きに敗北などあり得ない。

 彼女は落ちていく。

 気を失っているようだった。抵抗もせず、無気力のまま落下していく。

 そんな彼女を。

 残った左手を伸ばし掴もうとするも、それは叶わない。


『天使ごときが。汚らわしい手で触れないで下さい』

「お前は……!」


 その手を振り払ったのは、頭部のないヒトガタ。落ち行く彼女を庇う様にして佇む彼の姿を、ワタクシは知っている。


「な、ぜ……。お前、は……」

『どうせ消える貴方には、関係の無い話でしょう』


 ――消える? ワタクシが? このまま? 何も成し遂げられていないのに?

 そんなこと、あっていいはずがない!


「――がああああああああああああ!」


 完全に分離されるよりも前に!

 力を失ってしまう前に!

 この天使体を爆発させる。ありったけの神聖を不完全に収縮させ、勢いよく解放させる。空中での自爆だ。街への被害は無いが、あの生意気なガキを殺せればそれでいい。

 唱えるだけ。

 自身のエネルギー体に爆散しろとそう命じるだけで起動する。


「は――、がぁっ――!?」


 はじけろ、と。

 そう言葉を紡ぐつもりだった。しかし、言葉は吐き出されない。

 邪魔をするのは自らの左手。自身の意思とは無関係に、左手が喉を力強く締め上げる。


「――かの、じょは……、ころさせ、ない……」


 その声は、天使の意思でもなかった。それは本来の身体の持ち主。

 つまり。


「トゥム――」


 そこまで言ったところで、さらに力が込められた。言葉は途中で遮られる。


「しゃべ、らせません……」


 憑依が薄くなり自我が戻ったのだろう。

 まずい。

 このままでは身体の所有権が。

 ちからが――


「堕ちろ――」


 それが最早誰が発した声なのか、分からなかった。

 曇天だった空模様に、晴れ間が覗く。まるで祝福しているかのように、陽光が降り注ぐ。

 ――あァ、神はワタクシを見放したのですね。

 身体は浮遊感に包まれて、次第に空気に溶けて――。

 やがて意識も、そこで途切れる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る