第50話 天使の厄災④
天使に戦闘経験があるわけではなかった。武神に仕える天使ならばまだしも、アリエルという天使はそちらに関しては専門外。故に光の槍の物量で押す戦法を取っている。
しかしどうやらそれではダメなようだ。
相手に傷を負わせられたものの、逆に一撃貰ってしまった。
それに何やら先の一撃を食らってから、出力が不安定になっている。
飛行に問題はない。今も安定してその場に留まり続け、バランスが崩れることはない。
問題があるのはもう一点。槍の発生がうまくいかないのだ。余程出力を上げなければ光の槍を出現させられなくなった。
それに先ほど彼女が言っていたあと一撃で力が無くなるというワードも気にかかる。
これ以上はあの木製の剣を食らうわけにはいかない。ひとまず彼女とは距離を取る。
「警戒してるんか? まあもう一回食らったら終わりやからな~。そらビビってもしゃあないわ」
「よく分かりませんね。何故天使のワタクシが人間相手に臆さなければならないのでしょうか。まだ天使との格の違いが分かっていないようですね」
「そんなん知らんわ。格とかどうでもええねん。ウチはアンタを倒す、それだけや」
腹や太ももに槍が刺さっていても、彼女の闘志はその瞳から消えていない。
鬱陶しい。
天使に心があるかどうかは不明だったが、彼女に対して苛立ちを覚えていることには間違いない。
だが人間にとって、あの傷は致命的。しばらく相手をしてやればそのうち威勢もなくなるだろう。
全霊を込めて、光の槍を無数に出現させる。
この不安定な状態がいつまで続くかわからない。もしかしたらいずれ回復するのかもしれないし、一生このままかもしれない。
やがて、消失するかもしれない可能性だってある。
故に天使は今持てる力を振り絞って、出せる限りの槍を空一面に顕現させた。
「どんだけ出してもムダやで」
「そうですよね。ですから、方針を変えようと思います」
「……?」
いくら攻めても絶対防御があるのならば意味がない。
傷は負わせた。今もまだ彼女の体からは血が流れ落ちている。
狙うべきは長期戦。こちらは力を抑えながら、相手にだけ体力を消耗させればいい。
天使が手を振ると、数本の槍が射出された。
標的は、破壊されつくされた街。
「――っ! させへん!」
射出先は散らして飛ばしたのだが、彼女はその全てを叩き落とし、あるいはあらぬ方向へと反射させる。
彼女の能力切れは見込めない。ならば、彼女自身を疲れさせればいい。街が破壊されようがどうでもいい天使は、見るからに疲弊している彼女を見て気分が高揚する。
「やはり、人間は愚かですね。無機物を守るなど、意味がわかりません」
「……アンタには、わからへんやろな。ただ神のことにしか目が行ってへんアンタには」
「それの何が悪いのか、わかりませんね。それに、何も見えていないわけではありませんよ。貴女の能力の攻略法、わかってしまいましたから」
槍の生成に集中。少し時間が掛かってしまうものの、彼女からの攻撃はもうほぼ無い。既に展開済みの槍を適当に射出しつつ、彼女の行く先をコントロールする。
ちょうど街が彼女の背中に来るように。
「これは、反射できますか?」
「――っ!?」
彼女の背後に二本の槍を生成。それをそのまま発射する。
なるべく死角を狙っての一撃としたつもりだが、恐らく反応できたはずだ。あるいは、反射することもできるだろう。
今まで通りの何の細工もない、槍での一撃。すぐに反射されて、終わりだった。
「……やはり、貴女は愚かすぎますね」
二本の槍は、彼女の身体に突き刺さっていた。鮮血が飛び散り、見据える彼女の表情は苦悶に歪む。
「貴女は受け入れるしかない。反射すれば、そのまま街に被害が出ますからね」
言いながら、湧き上がる高揚感を抑えきれない。
ああ、ようやく試練に打ち勝った。
思えば取るに足らない相手だ。後はこのまま、同じことを繰り返していけば勝手に野垂れ死ぬだろう。
達成感とつまらなさを抱きながら、天使は再度その手を振るい槍を生成させる。
愚直にも、彼女は街を守ろうと動いた。無数の槍を弾き落とし、しかし背後から迫る槍には対応できずその背で受ける。
口からは血を吐き、身も心もボロボロ。息も絶え絶えになりながら、今にも気を失ってもおかしくはないはずだった。
にも拘らず――
「……その目、非常に不愉快ですね」
彼女の瞳には、生気が宿っている。
あるいは、闘志か。
諦観や絶望といった色は見えない。ドロドロとした負の想いに侵されるはずなのに。
ただじっとこちらを、見つめ続けている。
その気迫に、生じるのは怖気。
――そんなはずは、ありません。
僅かに芽生えた知らない感情を押し殺し、天使は槍の生成に集中する。
――次で、終わらせましょう。
展開した槍を可能な限り、街に向ける。一度に発射できる数にも限度があるが、複数に分けて射出しながら、その都度彼女の背に槍を刺せばその内くたばるだろう。
焦燥に駆られる天使は、その身に纏う光を一層輝かせ、展開する槍を可能な限り打ち出す。
彼女はまだ、倒れない。
ずっと立ち塞がってくる。
幾度、その背に光の槍を受けても、どれだけの血を流そうとも。
死なない。
「……っ! 何なのですか貴女は――っ!!」
優越感、油断、慢心、焦り、不安。
そして、恐怖。
多くの感情が混ざり合い、全身を巡る。
知らない情動に、堪え切れない。
無意識に天使はそう叫んでしまっていた。
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