第19話 騎士団長トゥムクス=ルムダ③
乗合馬車の中で、櫛奈がフェイレスから購入した能力はいずれも買い切りのもので全部で三つ。
一つは瞬発力。どうやら彼から購入するのは何も固有の能力だけでなく、基礎スペックも上げられるらしかった。これを限界値分まで購入。
二つ目はスタミナ。幾ら瞬発力があったところで、すぐにバテてしまっては使い物にならない。
三つ目は攻撃力。そういった概念があるのかは不明だが、フェイレスから提案されたので購入した。これは筋力が上昇するわけではなく、攻撃という行動にのみ適用される見えない力、みたいなものらしい。半信半疑だったが、トゥムクスに対して放った一撃でその力の加護を確信した。
これら三つの力によって、先ほどの一連の動きが実現した。
結局防がれてしまったが、確かな手ごたえを櫛奈は感じていた。
『初撃はまずまずといったところでしょうか』
『身体が追い付かへんわ。ちょっとずつ慣らしていかな』
『それもよろしいかと』
改めてトゥムクスを観察する。
櫛奈もスポーツをやっていたので分かるのだが、相対した瞬間に普通なら絶対に勝てないことを理解できてしまう。それほどの力の差、技量の練度が桁外れ。隙があるとか無いとかを抜きにしても純粋な経験値の違いによって、例え何年かかっても彼には一撃与えられなかっただろう。
しかし今の櫛奈にはフェイレスから買った力がある。他人からのモノを振りかざすのはあまり好きではないが、甘いことばかり言っていられない。一介の女子高生からすればこれぐらいしてようやくフェアな勝負になるのだと、自分自身に言い聞かせる。
彼との距離はおよそ十メートルもない。試合開始時とは打って変わって、最早隙もなく、警戒もされている。
一筋縄ではいかないだろう。それでも櫛奈は剣を振るう。
まずは間合いを詰めて、初撃と同様の横薙ぎによる一撃。トゥムクスも慣れたのかしっかりと剣で防がれてしまう。
今回は力もセーブした。彼の身体が弾かれることもなく、その場での鍔迫り合いとなるがすぐに櫛奈は身を引いて、しかしすぐに右足を踏み込み前進。そのままトゥムクスの足元を狙う。
が、寸前でジャンプして躱されてしまった。
『空中なら逃げられへんやろ!』
剣を振った勢いを無理やり殺し、その場で踏み込んで宙に浮くトゥムクスの胴に目掛けて剣を薙ぐ。
しかしそれも剣で防がれてしまうが、それも櫛奈の計算通り。
空中ではまともに踏ん張れない。大きく吹き飛ばさないように力を加減しつつ、相手の剣を弾く。
宙で彼の体勢が少し崩れる。弾かれた剣に引っ張られる形で、ガードが緩んだ。
『――そこや!』
追い打ちを掛けるように返す刃でトゥムクスの胴体に剣を振るう。
通常ならば防ぎようも躱しようもない攻撃。勝ちを確信した櫛奈だったが、しかし彼女の刃が彼の狙い通りに届くことはなかった。
振るわれた彼女の剣が届く直前、彼の身体が身じろいだ、と。そう思った瞬間、トゥムクスが上段蹴りを見舞っていた。
それは櫛奈を狙ったものではなかった。迫りくる剣の腹。そこを正確に叩くように打ち上げられ、結果、一撃が逸らされた。
「いや必死か、自分」
「必死にもなります。言ったでしょう、私は本気です」
お互いにバランスを崩しながら、言葉を交わす。櫛奈はバックステップで再度距離を取り、トゥムクスは軽やかに着地して見せた。
まさか防がれるとは思わなかった。さすがはこの国で一番強いと言われるだけのことはある。
『使い心地はどうです? 特段身体に負荷もないでしょう』
『今んとこはな。この後、筋肉痛が怖いんやけど』
『それもこの試合が終わってから心配しましょう。今は目の前の強敵をどう攻略するかに注力するべきかと』
『せやな……』
体勢が崩れてもそれに対応してくる。小手先の技術では、こちらの攻撃が当たることはない。何百、何千という戦闘経験がトゥムクスにはある。
それを覆うほどの何か。それに気が付かないと勝てないだろう。
そんなものがあれば、の話だが。
「――反応速いな……っ」
櫛奈は瞬発力を活かし彼の背後に周るものの、すぐに振り向かれて対応されてしまう。それをできるだけ繰り返す。
相手の死角を狙うように回り込み、剣を振り、防がれる。
当たるまで、とは言わない。速さに対応できるのであれば、次は――
「ふっ――!」
思い切り攻撃力を最大にして剣を振ってみる。具体的に攻撃力を増す、という方法を櫛奈は知らなかったが、単純に力を込めただけで振るう一撃が強力になった。通常なら受けきれない。それほどの攻撃だった。
しかし、櫛奈の期待は虚空に消える。
彼は剣で櫛奈の渾身の一撃を受け止めた、かと思えた。しかしそれに触れただけで力は受け流され、彼女の剣が地面に向かう。
轟音。
それと共に砂埃が巻き上がる。
いなされた櫛奈の攻撃は庭に小さいクレーターを作り上げ、その一撃の破壊力を物語る。
「なんで受けてくれへんかな~」
「今の受けていたら私が粉々になっていましたよ」
ふっ、と。そう言って笑うトゥムクス。
軽口を叩く余裕まであるとは恐れ入る。正攻法で彼を崩すことは今の櫛奈には難しいだろう。
だが――。
「そう言ってられるのも今のウチやで。次こそ決めたるからな」
言いながら、深呼吸をし心を落ち着かせる。勝つにはもうこれしかない。いかに自分自身が上手く剣を振れるか、柄を握る手に汗が滲む。
見据えるはトゥムクスと、彼が持つ剣。
櫛奈はもう一度、死角を狙った一撃を繰り出す。どれもこれも防がれ、弾かれる。
しかし諦めずに繰り返す。
何度も何度も。
あたかもトゥムクスを狙っているように見せる。
「……なにを――」
彼が言いかけた時、櫛奈は放っていた連撃を止めて、またも力を込めた一撃の所作に移る。
先ほどと同じ動き。さっきは受け流されたが、二度目もきっと同じように受け流されることだろう。
だから櫛奈は狙いを変える。
「――今度は防いでみてや」
勢い良く剣を振る。
これも先ほどと同じ動作。狙う場所も、狙う角度もできるだけ近くなるように再現したつもりだ。
込めた力も全力だった。
だから彼はその剣を使って攻撃を受け流そうとした。
「なっ――!?」
彼が誤算だったのは。
彼女、櫛奈の攻略速度と、それについていけるだけのフィジカルがあったこと。
受け流そうとした彼の剣のある一点。幾度も攻撃を受けた証である、僅かな傷。初めは先ほどの全力の一撃を受け流した時に、欠けたのだろう。
だから櫛奈は次の連撃でその部分を執拗に攻めた。できるだけ狙いがバレないように、本命はトゥムクスであると思わせながら。
そして二撃目の全力。
躱されてしまっては意味がなかった。そうならない為に、彼の剣に動きを合わせる。
正確に、的確に。照準を合わせた彼女の一撃は。
彼の剣の傷に切り込み、それを勢いよく叩き折ったのだった。
「――な? 言ったやろ? 次こそ決めるって」
バテないようにフェイレスからスタミナを買ったのに、精密さの要求度が高すぎて汗をかき肩で息をする櫛奈。
この晴天と同じくらいにどこか晴れやかな彼女は、続けて相手に確認する。
「で、どうするん? まだ続けるんか?」
唖然としていた彼は、しかしすぐに現実に向き合う。
今まで櫛奈の攻撃を防いでいた剣は、今はもうその役目を果たせそうにない。一撃を食らうまで逃げ続ける選択肢もあるだろうが、それはきっと彼の理念に反するだろう。
トゥムクスは今まで貼り付けていた固い表情を崩して観念したような、けれどもどこかやり切ったような笑顔を見せて、首を横に振った。
「……いえ。これ以上はもういいでしょう。貴女なら、安心して任せられます。――母と子供達をよろしくお願いします」
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