臆病な軍人



 魔法で倒した屍鬼は、聖なる魔法で倒されているとはいえ、おびただしい数が地面に倒れている。死霊系は適切な処置をしなければ復活をする危険性をはらんでいるのだが。


 俺の見る限りトレモの軍隊は何の処理もしない様だった。忠告するかどうしようか悩んだが、その国の方針に口を挟むのも面倒だったので止めておいた。

 忠告したところで俺に魔法を使って焼けと言われるだけだろうし。


 俺がアダプトと一緒に馬車に戻ると、ゲインが降りて待っていた。

「無事だったのですね」

「心配しなくても、俺は大丈夫だから」

「でもあんな、強そうな魔法を何回も」

 そう言われて、自分の魔法力を探ってみる。

 ドラゴン数百万匹の魔力。うん、魔法切れの心配は無いな。


「どうってことないよ」

「そうですか、羨ましいです」

 そう言われて、俺は苦笑するしかない。

 この力は譲渡だけは出来ないから、俺だけが強いのは、何時も何処かで痛みに変わる。俺とゲインが話している横に来て、アダプトが俺を見てくる。

「エルム殿。よろしくお願いする」

「…行く先は何とかするけど、トレモ帝国全部を綺麗にするとか思ってないから」

 アダプトに面食らったという顔をされた。


「俺はガロニ島に行って、根本を叩きたいんだ。この国の為だけに魔法を使う訳じゃない」

 それには苦しそうな顔をされた。

「どうか、この国を助けて貰えないか」

「引き摺り回されるのは迷惑。ある程度はやるけど、過剰な期待は止めてくれ」

「しかしそこまで強いなら」

 強いなら何だって言うんだ。思わず溜め息が出る。


「俺はギルド連盟からの依頼で来ている。今やっているのは俺の気持ち。分かるか?懇願すれば俺が何かするとか思わないでほしい」

「我が国を見捨てるのか?」

 後ろにいる人たちも武器を構えそうだ。

 どうして国のお偉いさんっていうのは無償で何かして貰えるって思うのか。


「俺は冒険者だ。依頼があるなら受けるか考えるけど」

「それならすぐに依頼を出す」

「俺の国は今回の依頼に、国庫の半分を渡すと言ってきた。あんたの国はどれぐらい出してくれるんだ?」

 ピタリと動きが止まった。


「国庫の半分?」

「そう。そこまで言うならって依頼を受けて来てるけど。トレモ帝国はどれぐらい金を出してくれるんだ?」

「それは、王と話をしなければ分からない」

 言葉に勢いがなくなった。

 まあ、俺の国の王様、ちょっと変わってるから。


 俺を見ているゲインと目が合う。

「エルムさんは、凄いのですね」

「金持ちって事?確かに持っているけど、だから慈善事業をしろとか言われてもしない。国で話をした貴族にも言われたけど、無償でやれとか自分は出来るのかって話。自領の税金を全部出して、この事態に尽くせるかって言ったら出来ないらしいし」

「はあ」

「俺は冒険者なんだから、金で動く。そういう職業だからな」

 ゲインからアダプトに目線を移す。

「だから、国を助けてほしいなら、国を買えるほどの金でも用意してくれればするよ」

「…悪かった。俺は勝手な話をしたな」


 毎回こんな話をしなければならない俺の気持ちも考えてくれ。したくないんだよ、こんな話は。

 ちょっとでかいため息が出た。

「大変ですね」

 溜め息の聞こえたゲインに笑われる。

「毎回、説明するのは疲れるんだよ。俺だって言いたかないけど、自制しないで言ってくる人が多すぎる」

 俺の恨み言を聞いたアダプトが頭を下げた。

「すまない。今の鮮やかな手際に欲をかいてしまった」

 そうやって謝れる人は、まだ考えてあげるけど。謝れない人の方が多いからな。


「力が有っても大変な事もあるのですね」

 ゲインが俺に言う。

「大変って言うか、面倒な事の方が多いよ」


 アダプトが馬車に乗り、俺達を見る。少し悩んだが話された都市はもう少し先の様で、仕方なくゲインと馬車に乗った。

「この先が中規模の商業都市だ。軍の中継所もあるが、今は機能しているか分からない」

「連絡は取れないのか?」

「軍の通信機は動いていないようだ。ギルドのものは分からない」

 連絡が取れていないのか。ギルド経由で話して貰っても良いが、国をまたいで遠方から連絡を取るのも出来るものかどうか。

 最終的にはこの目で見なくては分からない。

「自分で見なければ分からないから、行こうと思う」

「そうか」

 さっきの大群で少し覚悟を決めているのだろう。アダプトの表情は暗い。


「その都市の先に帝都があるのか?」

「方向的にはそうだが、間に幾つか都市がある」

「へえ、大きな国ってすごいな」

 俺が感心して言うと、アダプトがまた暗い顔で笑う。

「しかし、低級な屍鬼とすら戦えない軍隊だ」

「それなんだけどさ」

 アダプトの呟きに問いかけてみた。

「軍隊で聖水とか持っていなかったのか?」

 俺の問いかけにアダプトが悲しげな顔で見てくる。


「我が国は軍事国だ。魔物など人数と武力で解決できるとずっと思っていた。事実ドラゴンでも対抗できていた」

 俺が首を傾げるとアダプトが少し笑う。

「魔導具を持つのは弱いとそんな風潮だった。魔法使いを見下してくだらない仕事だと、教育もあまり進んでいなかった。だからもともとギルドにも魔法使いや僧侶は極端に少なかったのだ。ポーションを作る薬師すら希少だった」

「それで、後手に回ったと」

「後手どころではない。成す術もなかったのだ。海沿いの都市が屍鬼に埋め尽くされた時すら、武力で対峙したのだ。それが通じない相手だとは思わずに」

 話を聞きながら腕を組んで考える。そこまで不利とは思わなかった。それならば国が半分やられたという報告は間違っていないのかも知れない。


「おかげで帝国軍は内陸部まで後退しなければならなかった。今や国半分の向こうは屍鬼しかいないだろう」

「生きた人がいても、助けられないと」

「そうだ。それをかき分けて進める者がいない。その役目を公国の聖人に期待していたのだが。彼らとて進んでそんな場所に行きたいとは言わない」

「まあ、それはそうか」

 アダプトが俺を見て苦笑する。


「だから君に期待してしまった。国の半分に入り取り返してくれるのかもと」

「まあ、多少は消すけど。期待はしないでもらいたいが」

「分かっている。しかし、本当に行くのか?」

「帝都トレモロに行くのかって?まだ生き残ってる人がいるんだろう?なら話を聞かないと」

 アダプトが渋く頷く。


「生きているのを確認したのは、数日前だ。それ以降は連絡を取っていない」

「そうか。まあそれも見てみるよ」

「エルム殿。もし生き残りがいたら」

 さすがにそれに首は振らない。


「行ってみて、生きている人がいたら助けるよ。そこまで人非人じゃないよ」

「ああ、そうだな。すまない」

 アダプトの返事に苦笑しか浮かばない。


 良い話的に言っているけど、自分たちは動かないのだ。



 走っていた馬車がゆっくりと止まる。

 元商業都市が見えるほど傍に来た。思った通り何処にも生者はいないように見えた。

 大きな都市に歩いているのは、身体を引き摺り意識なく歩くだけの屍鬼。


 乗っていた馬車から降りて、傍に来たゲインと離れて立っているアダプトを見る。

「俺は行く。この地図は貰っていいのか?」

「ああ。帝都トレモロは海の近くにある。方角さえ間違わなければ行けると思う」

「分かった」

 俺はゲインを見る。ついて来る気満々な彼を。

「…気を付けてくれよ?」

「はい。エルムさんの足を引っ張らないように頑張ります」


 もう一度軍隊の馬車の群れを見てから、元商業都市に向かって歩く。俺が片手を前に出すと後ろで身構える気配がした。


 軍人たちはついて来ないようだ。

 聖水とか、魔よけの呪符とか。そういう物がほとんど無いらしい。分けてあげても良かったが、ため込んで使わない気がしたから渡すのは止めた。

 それにしたって武勇で名をあげた国と思っていたから、生き残る事を真っ先に軍人が考える国とは思っていなかった。


 確かに命は大事だが、言葉を濁してアダプトが辞退した時はゲインですら驚いて何も言わなかったぐらいだ。

「〈聖清〉」

 魔法が広がる。範囲内の屍鬼がバタバタと倒れた。


 俺達は屍鬼が寄ってくる前に走り出す。

 歩いて寄ってくる屍鬼は、範囲魔法で倒すと近くには居ない状態になる。だから走って隙を縫ってこの町を抜ける。そんな作戦だ。


 ゲインは思ったよりも体力があるようで、普通に走ってついて来る。

 もちろん魔法を掛けてその間に走るから、俺の走る速さも一般人の速さだけれど。魔法を打ち続けて都市を抜けた。


 半分も倒していないだろう。

 それでも目に見えるほどには減っていた。


 息を切らしているゲインを見ると通り過ぎてきた都市を見つめていた。都市の外はまた荒地で道はうっすらと次の町へ続いている。

「何か気になるか?」

「エルムさんがあれだけ魔法を放ったのに、いなくなるわけでは無いのだと思って」

「でも、生者はいないから増えることはない」

 俺の方を向いて、ゲインが悲しげに笑う。


「そうですね。あの、屍鬼というのは自然消滅をするのですか?」

「共食いをして、いつかは居なくなるかもしれないが」

 俺も都市を見る。

「多分、その前に獲物を求めて移動をする。それで他の町に行って増えるだろう」

「移動中に駆逐できれば」

「そうだな。或は、街を完全に守る手立てがあれば、少しずつ退治をして駆逐も出来るかも知れない」

「そうですか」

 ゲインが頷きつつ微笑む。


「それでは、いつかはこの国も復興できるかもしれないですね」

 その言葉に俺としては頷けない。

 此処はいまだに武力だけでどうにかしたいという姿勢を崩していない。そのやり方ではどうにもならないと、分かっているのに。己の信じてきた物を手放せない。

 誰かが助けてくれると思っている限り、復興は遅いと思った。


「とにかく移動する。暫くは歩くけど大丈夫か?」

「はい。ついて行きます」


 ゲインと歩いていくが、本当にしっかりとついて来てくる。

 そこまで体格が良い訳ではないのに、体力あるなあ。

 見渡す限り荒地の此処には、休むための日陰もあまり存在しない。ただ日が照り続ける乾いた大地を歩くのは少し退屈だ。


「エルムさんは、島に行くんですよね?」

「そうだ。そこが原因だと言われているからな」

「僕も行っていいですか?」

 俺はチラッとゲインを見る。


「多分そこには救うための人は一人もいない。ゲインの目的には合わないと思う」

「ひとりも」

「いないと思う。発生源の島は屍鬼だけがうろついていると思っている」

「そうですか」

 何か考える様な顔をして、ゲインはついて来る。


 歩いたその先で熱い風が吹いてくる。

 気配が変わった。


 一日歩いた俺達の前に、壊された都市が現れる。

 そこはまだ燃えている、黒い煙が上がっている場所だった。誰も生き残っているはずもない場所。けれど進行方向の先に有る場所だ。

 今回、全部を助けて回る気はない。けれど行く先に有る場所はある程度、蹴散らして行くつもりだった。


 一日歩いて休んでもいないが、ゲインに聞いてみる。

「走れるか?」

「…行けると思います」

 肯く顔色は悪くない。疲れた気配も見えない。もう一度聞いたがやはり大丈夫だと言ってきた。それを信じるしかないが。


「じゃあ、行くから着いて来てくれ」

「はい」

 走り出す俺について来る。

 魔法を掛けて、屍鬼を倒して走り抜ける。

 遅れずについて来るゲインに、驚きを隠せない。


 二つ目の燃える都市を抜けた後に、魔石に防御の魔法を掛けて陣地を作り、休む事にした。日も暮れているし、目標が見えないほどの暗闇が移動を妨げる。

 火を焚いて食事を作ってゲインと食べる。

 無限に食材が出て来るマジックバッグを羨ましそうに眺めている。まあ便利だけど高いんだよな、これ。



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