魔法の源




 朝から身体を洗った。教会に行くのに汚い身体は嫌だった。

 村にも教会は有ったけれど、あまり真剣に行った事はなかった。


 気合いを入れて街中を歩いてみたが、行った事のない教会の場所など知らなくて町の人に聞いて教会に向かう。それは町の中心から少し外れた場所にあった。大きな聖堂には見慣れない女性の像が飾られていて。それが世界で最も信仰されている女神アブローネだと知った。

 その前で皆が祈っていた。沢山のベンチがある中で端に座り、”ル”に祈る。目を閉じた途端に声が響いた。


《来てくれたのね?エルムくん》

 うん。御免、今日は希望に沿ってないと思う。

《うーん。初回だから我慢する。出来れば誰かイケメンと一緒に来てほしい》

 …分かった。

 それで相談なんだけど。

《うん。あのね、現在の魔法力では不可能です。ごめんね》

 やはり。

 小さく息を吐き出すと、もう一度、謝りの言葉が聞こえる。

《他にも使えないのが結構あると思う。使うには大きな力と魔法力を持つ何かの体液が必要です》

 たとえば?

《人型なら魔王様とか》

 え、無理。

《だよねえ?それ以外だとドラゴンかなあ》

 え。それはどうやって。

《人外×エルムくん》


 パッと目を開けた。

 外の気配でわたわたしているのが分かったが、あえて無視して教会の外に出た。

 ”ル”の気配は限りなく薄くなり、俺は胸を押さえる。


 いや、身体的にドラゴンは無理じゃねえ?

 気持ち的にも嫌だけど実質的に無理な気がする。大体大きさが。


 想像すらしたく無かったが、仕方なく考えてみた。

 俺の両手広げるより長いやつって、どうやっても無理じゃね?

 ああ、気持ち悪い。

 そんな交尾のことなど考えたくもない。

 無いが考えなければ半年後には、先が見えなくなる。

 …まずは手近な所から始めようか。

 あいつらなら殲滅できるし。狩りながら考えてみよう。


 俺の八つ当たり対象になれ。魔獣ども。


 町の外、山の手前の森の中で、オークとホブゴブリンを見つけた。嫌悪と怒りですぐに殲滅してしまう。何回会っても駄目だった。交尾など想像すらできない。

 殴って殴って。死骸の山の上で困った気持ちになる。


 これらと交尾は無理、絶対に。

 集めるのは体液。それは何処にある?

 死体を触る。……これだろうか?

 手で触るのは嫌なので、ナイフの先で持ち上げる。切ると何かの塊が出て来た。いくらか丸い形をしている。

 …これか?


 物は試しで、握って胸に当ててみた。

 ふっと消えて中に入っていく感触。

 これか。


 俺はそいつらの死骸を眺める。

 雄のこれならいいのか。しかし、死んだ後のそれは僅かな力しかなかった。

 あの時との違いは、生きているか死んでいるか。

 それなら、生きたまま、取ればいいのでは。

 なるほど。

 俺は口の端が上がるのが分かった。

 あれを生きたまま、もぎ取ればいいだけか。


 よし!

 ならば今の俺に勝てる最強を探しに行こう。




 次の日、ギルドに行って魔物の生態が書いてある資料を見る。

 ドラゴンが最強だが、今の俺の魔法では少し心もとない。それならその下ぐらいの、俺が勝てそうな。資料には最近壊滅した村の名前も書いてあった。

 自分の村の名前もあるがそこは目を通さずに紙を捲る。


 あった。一頭の魔獣に破壊され廃村になった村。

 被害は甚大。そしてまだ魔獣は倒されていない。

 ケルベロス。三つ首の魔犬。


 俺は依頼書を見に行く。そこには誰も剥がしていないケルベロス関連の依頼書があった。それを剥がす。そしてフレイさんにお願いしに行った。


「あの、フレイさん」

 俺の動きを見ていたフレイさんが首を横に降る。

「依頼を受ける事は、エルムさんにはできません」

「はい、分かってます。そうじゃなくて」

 フレイさんが片眉をあげる。

「俺が帰って来るまで、これを貼り出さないでくれますか?」

「……つまり、無料で行くと」

「はい。帰ってくるのが遅かったらまた貼ってもらっていいです」

「どれほどの期間でしょうか」

 俺は元々の依頼書を見る。そこに書かれていた期間は。

「二週間で」

「分かりました。妥当ですね」


 我が儘なのに肯いてくれたフレイさんに感謝をする。

「有難うございます」

「誰も受けずに困っていたので、良いのです」

 なるほど。

「エルムさん」

「はい」

「装備と準備はしっかりとしていってください」

 真剣な顔でそう言われた。

 確かに俺はいたって普通の格好だ。市民の服、それ以外は何もない。靴が冒険者用ってだけだったから、言われても仕方ない。

「これは、ギルドに正式に入った時にお渡しする物ですが」

 フレイさんから小冊子を渡される。

「心得や持って行くものなどが書いてあります。ご参考にどうぞ」

「ありがとうございます」


 手を振ってギルドを出る。

 歩きながら、ぱらりと本の中を見てみる。


 なになに?最初は薬草の採取や、マッドラットやユニコラビットなどの討伐で気持ちを慣らせと。それからゴブリンやオークなどの人型の魔獣退治に移行するが、それらの魔獣は集団性が恐ろしいので、決して単独ではなくパーティで挑む事。


 持ち物は、ナイフやショートソード。弓も有効。魔法使いなら補助する杖も視野に入る。その他に、鎧もあればなお良い。

 雑多なものなら携帯食、バッグ、初心者ツール。水筒や傷薬。


 なるほど。

 何一つ持ってないな。ああ、ナイフは持っているが盗賊から奪っただけの、研いでいない切れない奴で。

 これは心配されるよな。


 俺が苦笑を浮かべていると、俺の手に持っている本をじっと見ている少年がいた。視線を合わすと戸惑った顔をしたが、何かを決意したように近づいてきた。

「それは冒険者ギルドのガイドブックか?」

「多分そう」

 俺の返事に、肯かれた。

 何だろう?

「君はギルドに入っているのかい?」

「仮だよ。まだ年齢が低いから」

 俺は言いながら少年を観察する。

 俺よりも身長の高い、十二、三歳ぐらいの少年。少し古い革鎧は着慣れていない感じがする。腰に中型の剣を佩いているが、それもまだ慣れてないというか。

 いわゆる、剣士に成り立て。そんな感じがした。


「俺もギルドに入りたてなのだが、君はどこかパーティに入っているかい?」

 あ、なるほど。

「ごめんね、お兄さん。俺はそういうの出来ないんだ、仮なんで」

「仮とは?」

「買取りとかはして貰えるけど、依頼とかは受けられない」

「…そうか」

 幾分がっかりした姿に、何だか罪悪感が湧きあがった。


「お兄さんの名前は?」

「俺はグレイブという。君は?」

「あ、エルムだよ。…何か有ったら手伝うよ」

「そうか」

 そう言って微笑む姿は、すごくイケメンに育ちそうな美形。

 ……イケメン、だと?


 俺は傍にいって、グレイブの腕をそっと掴む。

「俺の得意なのは魔法だから、手伝えそうなら必ず手伝うよ」

「…ああ、分かった」

 なぜか、顔が赤いグレイブににっこり笑って見せる。

 よし。“ル”が見ているだろうから、今日はこのぐらいで良いな。


 手を振って立ち去る。鳥肌が凄いが、我慢だ。

 あれぐらいなら俺でも出来る。

 実際”ル”の興奮具合が使徒の印から駄々漏れしてくる。


 自分の守護女神の機嫌を取るのに、こんな苦労があるとは。

 当分しないぞと思いながら、せめて水筒やバッグは買おうかと、今日買取りして貰った金額で買えそうな店に入る。


 普通の背負うバッグと水筒。昨日の討伐部位は少額が大量。だから少ない金額なのだが、それでも、装備ぐらいは買えた。

 ナイフは新品を買った。すっぱり切れてくれないと困る。色々と。


 よし、それじゃ行くか。


 遠い村といっても、ここのギルドに貼り出される範囲内の場所だ。

 地図を見るだけで飛べれば良かったのだが、転移は実像が想像できないと、飛ぶ先が不安定になると魔法書に書いてあった。

 仕方なく乗合馬車に乗った。


 数人が乗っている馬車の中、子供は俺一人。

 かばんを抱えて座っているが、やけにチラ見される。

 きっと珍しいのだろう。

「坊やは何処に行くの?」

 ついに我慢が出来なかった婦人が話しかけてくる。

 答えは用意してあった。


「親戚がいるので、そこに行きます」

「あら、そうなの。一人で?」

「はい」

「お父さんやお母さんは?」

 俺が困った顔をして話さないでいると、勝手に想像したのだろう、馬車の中で悲しそうな雰囲気が漂ってくる。

 浮浪児ではなく、市民の格好しているのはこういう時に便利だ。排斥されることはない。

「気を付けていくのよ?」

「はい、ありがとうございます」

 子供らしく笑う。


 数人いた馬車の中は、道中で何人か降りて、残るは俺と年若い青年のみになった。さっきの話にも参加しなかった青年は俺に興味が無いようで、一息つく。


 この先、終点の町で降りて低い山を上る。

 その中腹に、廃村はあるはずだ。

 目的はその先、ケルベロスが何処にいるのか。


 探知の魔法とかがあったはずだ。俺はカバンから表紙を隠した魔法書を出して、探知の魔法を探す。これか。

 目を通せば何時も通り、呪文と魔方陣が目の前に現われてパッと消える。

 たったこれだけで覚えられることが凄い事だとは、俺だって知っている。ああいう事が貢物になるのを除けば、”ル”は強い女神だ。


 俺は幸運だったのだろう。


 終点に付き、街中を通り過ぎる。

 その先の山に入ろうとして、声を掛けられた。

「おい、ぼうず。何処に行くんだ?」

 一緒に乗合馬車に乗っていた青年だった。

「ええと」

 どう言おうか。悩んでいる俺の前に青年が立つ。いくらか怒っているような表情だ。

「何処に行く?その先は何もない山だ」

「あの、何故聞いてくるんですか?」

 俺の質問に青年が黙る。何か目的があるのだろうか。


「親戚はどうした?」

 ああ。良い訳は通じなさそうだ。

 仕方なく、用意していた別の話をする。

「親戚というのは嘘です。俺はギルドに頼まれてここに来ました」

「ギルド?」

「はい。冒険者ギルドにあった依頼を受けて、ここに来ています」

「それは」

 青年が言葉を詰まらせて俺を見る。

「それは、山の中の村を襲ったケルベロスを討伐して欲しいという依頼か」

 俺は青年に向き直る。その事を知っているという事は。

「あなたが依頼主の、セイルさんですか」

 俺に肯く青年、セイルは上から下まで俺を眺めた後に首を横に降った。


「何でお前みたいな子供が来るんだ。誰も来ないよりはいいとでも思ったのか」

「ギルドの判断です。俺に出来ると思ったのでしょう」

「無理だ。他の冒険者も何人かは来たが誰も勝てなかった。死んだ奴もいる」

「大丈夫です」

 俺はそう言って歩き出す。セイルが肩を掴んできた。


「子供では無理だ。死にたいのか?!」

 幾分大きな声だったが、森の手前の町はずれなので、誰の耳にも届かない。

「それは、無いですから」

「え」

「ケルベロスごときで、俺が死ぬなんて有り得ない」

 ドラゴンより弱いのに。


 セイルが俺の肩を離す。

 何か言うのか待っていたが、何も言わずに俺を見ているだけだ。

 俺が再び山に向かって歩き出すと、あとからついて来た。

 振り返ると、強い言葉を放った。


「俺がお前を守る」

 その言葉に俺は笑って答えた。

「自分の身ぐらい自分で守って下さいね」

 ポカンとした顔で俺を見るセイル。

 いや、本気で言っているからな?依頼書にはケルベロスの討伐とは書いてあったけど、依頼人の安全とは書いてなかったから、俺に守る義務は無いよ?


 山は手がはいっていない自然の森があり、その中を細い山道が続いて行く。二時間も歩けば元村に辿り着いた。

 燃やされた跡、壊れた家屋。魔獣に壊された場所は何処でも一緒だ。


 村の中を歩く。獣の小さな足跡は有るが、大きな足跡は無い。つまりここにケルベロスは戻ってきていない。

 村人をたらふく食った後で、空腹になるまでにどれくらいの時間が掛かるのか。生命なのだからそんなに長く持つはずもないと思った。


 村の真ん中あたりに立ち、少し空を見上げる。

「〈探査〉」

 言葉が波になり辺りを震わせて広がっていく。待って見たが範囲内には魔獣の気配はなかった。

 さてそれではどちらの方向に行くか。


「君は魔法使いなのか」

 セイルが呟く。

「そう」

 今はそういう話をする時じゃない。

 俺は人がいそうな場所に行きたいが、森の奥から小さな気配があって、そこを見る。わずかだった気配がいきなりグンと大きくなった。


 なるほど、この村に来る人間を待っていたと、そういう事か。

 巨体が目の前に飛んでくる。

 ズシンと地響きをさせて、大きな黒い犬が涎を垂らしながら目の前に現れた。

 俺は最重要な場所を確認する。


 よし!雄!

 さあ俺の為に生贄になれ!!


 ケルベロスは三つの首でこちらを見ているがそんな事は俺には関係ない。

 爆裂の魔法を、数十発顔にぶつける。それから腹の下目掛けて走った。息がしづらいのか三つの顔が鼻息荒く血走った眼で俺を見ている。

 また鼻先に爆裂を数十個。少し避けたようだが、それは関係ない。


 おお、犬は分かり易くて良いなあ。

 ナイフに魔法を纏わせて、そこを狙って切った。

 でかいなあ。塊にするならもう一つも欲しい。

 一つ取られて少し腰が引けたのか、切り易い位置に腰が下がってくる。

 馬鹿め。

 余裕で切り落とし二つをまとめて塊にしてから胸に押し当てた。

 気持ちが悪い。でも大きな力だった。

 今までの緑色の奴らとは全然違う。なるほどこれなら、ドラゴンも行けるか?


 丁度腹の下にいるのだから、そこから上まで身体を引き裂いた。

 内臓もボロボロと落ちてくるがそんな事は気にならない。

 俺はホクホク顔で肉塊の中から外に出る。

 血飛沫が霧のようにあたりに漂っているが、ケルベロスは断末の動きをぴくぴくと繰り返しているだけだ。

 顔に着いた血を手で拭って払うと、顔色を真っ青にしたセイルが少し離れて立っていた。


 俺を見たまま何も言わない。

 遠くにいてくれたおかげで、依頼主の命も無事のようだ。

 良かった良かった。

 そう思っていたのだが。


「き、君は一体」

 ガクガクと顎を震わせながら、話しかけてくる。

「怖いなら話さなくていいよ」

 そう言うと余計に体が震えたようだ。

「ば、化け物」

 分かっている。

 ”ル”の与えてくれる力は規格外すぎる。

 化け物と言われても、まあ仕方ない。

 ましてや、いまの俺は血でずぶ濡れの姿だろうし。

 けれど思うのだ。

「化け物を殺すなら、化け物じゃないと無理だと思わない?」

 俺の問いかけにセイルの呼吸が止まる。

 いや息は止めなくていいから。


 俺は千切れて息絶えたケルベロスの討伐証明ってどこだったかなと悩む。確か牙と、うん、何処だったか。

 近づいて三つの顔の牙を引っこ抜く。六本。それからどこだ?

 悩んでいる俺の横にセイルがやって来る。

「討伐証明なら、その牙と耳だ」

「あ、そうなんだ。ありがとう」

 ナイフで耳も切り取る。複雑そうな顔のセイルを見ると、やがて困ったように笑い頭を下げた。

「ありがとう。やっと敵が打てた」

「かたき。セイルはこの村の住人だったのか」

「ああ、前触れもなく全てが奪われた。俺には討伐する力はなかった。出来るのは金を稼いでギルドに依頼する事だけで」

 小さくセイルが溜め息を吐いた。


「さっきは化け物なんて言ってすまなかった。君は俺の救世主だな」

「したくて、したことだから」

 あまり真剣に感謝されると居心地が悪い。俺のは完全な私利私欲だし。


 その場で水を出して身体の血を流す。それでも結構ドロドロだが。

 送るというセイルを断って、転移で帰った。



 エルムが去った後、セイルはケルベロスの遺骸を見て、ただ静かに泣いた。



 ギルドの近くの路地に転移してそのままギルドの中に入る。

 二週間とは言ったが、村に着くまで一日。それからすぐに対峙したので実質二日しか掛かっていない。

 入っていった俺を見て、フレイは大きな溜め息を吐いた。



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