出会い───と、種明かし。


 魅空と蓮司が初めて出会ったのは、夏休みを直前に控えた猛暑日だった。


「ぐぁっ!?」

「うぉぉっ!?」


 レジ袋を片手に歩く蓮司の前に、路地裏から男が飛び出してきた。

 自分の意志で飛び出したのではなく、誰かに押された―――或いは、投げ飛ばされたか。そんな不自然な登場を果たした男に、流石の蓮司も驚きの声を漏らした。


「だ、大丈夫ですか?」


 通行人の視線を浴びつつも、臆する事無く男の安否を確認する。しかし返事は無い。代わりに力ない呻き声を漏らし、そのまま気絶した。

 突然の出来事に絶句する彼の下へ、さらに男が三人、飛来する。


 慌てて回避した蓮司は、そこで初めて路地裏の方へと視線を向け―――。


「はんっ!四人がかりで奇襲しておいて負けるとは情っけねぇな!」


 指の骨をパキパキと鳴らし、獰猛な笑みを浮かべて路地裏から出てくる、一人の少女。

 磯垣魅空―――名前と噂だけ知っていた蓮司は、一目で「コイツが」と気づいた。


 まさか本当に大人を投げ飛ばせる程強いとは、と内心冷汗を流しつつも、完璧なイケメンとしての仮面を崩すことなく、爽やかに微笑みかける。


「もしかして、貴方がこの人達を?」

「あ?なんだよ、文句あんのか?」


 磯垣魅空が自分よりも年上だという事は知っていたし、何より彼は初対面の相手には必ず敬語を使う。例外は相手が明らかに幼い場合のみだ。


 故に物腰柔らかに、落ち着きある声掛けをしたのだが、喧嘩直後で気の立っていた彼女は獰猛に口角を上げ、彼を睨んだ。


 普通なら、ここで委縮して視線を逸らし、前言を撤回するところだ。それは男も女も、老いも若きも関係ない。磯垣魅空を知る者なら、或いは己の身の程を、相対する者の実力を測れる者であれば、それが賢明な判断であると迷いなく行動できる。


 ―――が、蓮司は違った。


 磯垣魅空を知った上で、その圧を真正面に受けた上で、態度も意見も変えなかった。


「文句、とまでは言いませんよ。奇襲された、みたいな事を言ってましたし、仕方なかった部分もあるんじゃないかなって思ってます。けど、それにしたって投げ飛ばして気絶させるってのはやりすぎなんじゃないですか?その様子だと、もっと優しく制圧する事も出来たように見えますけど」

「へぇ、言うじゃねぇか。―――ま、確かに出来たけどな。だがそいつ等はアタシに喧嘩を売った。大人四人がかりで、それも奇襲なんて卑怯な手を使った上でな。それに優しく対応しろってのは、無理な話だと思わねぇか?」

「………まぁ、それもそうですね」


 救急車呼ばなきゃ不味そうなレベルの怪我をさせるのはやめた方が、って意味で言ったんだけど………と微かに遠い目をしつつも、言葉選びを間違えた自分に非がある事を理解していたため、彼は何も言わなかった。


「とにかく、あまり派手に喧嘩してると、良くないですよ。見ず知らずの俺が言うような事じゃないですけど」

「あー?おいおい、なに話は終わりみたいな言い方してんだ」


 取り敢えず救急車でも呼ぶか、と男達の状態確認に移ろうとした蓮司だったが、すぐ目の前まで近づいていた魅空に肩を掴まれ、動きを止める。


「………なんでしょうか」

「アタシに突っかかっておいて、このまま終われると思ってんのか?」

「別に喧嘩売ったわけじゃないでしょ―――うぉっ」


 言いつつ、首を動かす。言葉と同時に振るわれた魅空の拳が、容赦なく彼の顔があった位置を突き抜ける。その風圧の強さに、蓮司の頬は自然と引き攣る。


(なんでこんな鋭い拳をノーモーションで出せるんだよ……!?)


「今のを避けるとはな………。やっぱり面白ぇヤツだな、テメェは!」


 犬歯を剥き出しにして、攻撃を続ける魅空。

 拳、蹴り、拳、拳、蹴り―――と、絶え間なく繰り出される暴力に、しかし蓮司はあくまで冷静に、回避に徹して対処する。


(警察が来て、事情聴取だのお説教だのになると面倒だし時間かかるし―――ここは、躱しつつ路地裏の方に移動して、人目を避けるのを優先………できる、かなぁ?)


 蓮司はその自信過剰な生き方故に、因縁をつけられる機会が多々あった。暴力沙汰に発展したことも一度や二度ではなく、そうした事態への対処は人並み以上に得意としている自負があった―――が。


(コイツ、考え無しの喧嘩バカに見えて、かなりクレバーだ。間合い管理、視線誘導、動きの制限―――今まで俺に喧嘩を吹っかけてきた誰よりも、強い)


 単に攻撃を躱し、相手が疲弊するまで耐え忍ぶだけなら不可能ではない。

 蓮司はそうした戦い方を得意としているし、不意打ちじみた一撃さえ躱せた時点でそれは明らかだった。


 だが、人目につかない場所へ移動しながら、となると話は変わる。流石は最強の女というべきか、思うように動かせてもらえない。


 野次馬の中に警察か救急車を呼び出す者が出始めていることに気づき、焦りだけが溜まっていく。


「くそっ、ちょこまかしやがって!!そっちからは攻撃しねぇで、手加減でもしてるつもりか!!」

「女の子に暴力を振るう程落ちぶれた覚えはないんですよッ!特に、貴方みたいに可愛らしい人にはね!!」

「かっ―――!?ばっ、馬鹿な事言ってんじゃねぇ!!」


 顔を真っ赤にして、照れ隠しついでに上段蹴りを放つ。

 ついでというにはあまりに鋭い攻撃だったが、蓮司は危なげなく躱し、状況を打開する術を考える。


(褒められ慣れてないみたいだし、イケメンの甘い言葉でデレデレにさせる作戦で―――いや、コイツは照れはしても攻撃を緩めるような真似はしないだろうな。まぁ、動揺させるには効果的だろうけど…………。動揺、させるか?)


 そんな理由で口説くのは初めてだな………なんて、溜息を吐きつつ。

 しかし現状打破の手段がこれくらいしか思いつかず、蓮司は渋々ながら口を開いた。


「馬鹿な事?俺は大真面目ですよ!その金髪も、青い瞳も、全てが美しく、可愛らしい!」

「んなっ……ナニ小っ恥ずかしいこと叫んでんだテメェは!!」

「恥ずかしい?いやいや、事実を言ったまでですよ。磯垣魅空さん―――ですよね?いや、敢えてと呼びましょうか」


 顔面を正確に狙った拳が、返事代わりに突き出される。

 蓮司はそれを躱さず、敢えて片手で受け止めた。

 重く、痺れるような一撃に、しかし表情一つ変えず耐え、拳を掴む。


「なっ、アタシの拳を止めた―――!?」

「鋭く、重い、良い一撃だ。場数を踏んでいるのもあるとは思いますが、それ以上に鍛えているでしょう?」

「そりゃ、トレーニングは毎日欠かさずやって………って、んな事ぁどうでも―――」

「良い、かもしれませんね。貴方にとっては。けど、俺にとっては違いますよ。貴方の事を知りたいし、会話をしたい。できれば喧嘩はやめて、カフェで二人きりでお話したいところです」

「は、はぁ!?」


 攻撃の手が止まる。拳を受け止められたことと、蓮司の言葉に動揺させられたこと。それらが魅空の動きを止め、話を聞く姿勢をとらせてしまう。


「なんっ………なんなんだよ、お前。いきなり、ナンパなんて」

「素敵な人とお近づきになりたい、話がしたい、仲良くなりたい―――俺は、当然のことだと思いますけどね」


 言葉はない。だが、動きもない。


 完全に自分のペースだ。

 蓮司はそう確信し、掴んでいた魅空の拳を両手で優しく包み込み、目を合わせた。


「良ければ、場所を変えませんか?立ち話もなんですし、何より人目が多い」

「あっ、う………ッ!!だ、騙されねぇぞ!!そう言って、逃げようって魂胆だろ!!」

「逃げませんよ」


 怒鳴る魅空へ、真剣な声音で応じる。

 野次馬も、逃走ルートも、何もかもを一度思考の外に追い出して、ただ彼女を見つめる。


 自称百戦錬磨の男は、伊達ではなかった。


 魅空はしばらくの間茹蛸のようになりながら呻いていたが、羞恥心が限界に達したせいか蓮司の手を振り払い、拳を構えた。


「もういいッ、付き合ってられっか!アタシを相手にその態度でいられるのは褒めてやるが、それとこれとは別だ!!ぶん殴って、終わらせてやる!!」

「―――別に、気が済むまで付き合うつもりではいますけど」


 素早く周囲を確認すると、野次馬たちの中に異様な雰囲気の女性たちが混じっている事に気づく。

 四方から聞こえる「姉御」という言葉に、蓮司は彼女の部下か舎弟であると悟った。


(なるほど、逃げ場はない―――ように見えて、俺の狙いは未だにフリーだな)


 人目を避けるための路地裏。袋小路の可能性がないわけではないが、魅空が成人男性四人と喧嘩をするだけのスペースがあることは確か。

 逃げ場としては、文句なしだろう。


「それはそうと、やっぱり二人っきりの方が嬉しいんでね!」

「なっ―――待ちやがれッ、逃げる気か!?」


 冷静さは十分削いだ。


 そう判断した蓮司は、魅空を紙一重で避けるようにしつつ、路地裏へと駆け込んだ。慌てて魅空が追いかけ、続けて魅空の舎弟たちがなだれ込む。



 何とか第一目標の『人目を避ける』を達成した蓮司は、その後魅空の体力が尽きるまで彼女を翻弄し、名乗ることなく去っていった。

 だが、魅空の舎弟の中に蓮司を知る者が少なからずいたこともあり、彼の名前は確かに彼女の記憶に刻み込まれた。


 或いはこの出会いこそが、魅空の恋心のきっかけとなったのかもしれない。

 それは彼女自身にさえ、わからなかった。





♡―――♡







「二人とも、どこ行ったんだろうな」

「あのバケモンに殺されたんじゃ………」

「それは断じてない」


 舞の悲鳴を聞き、急いで先へ進んだ俺達だったが、どれだけ歩いても一向に二人の姿が見当たらない。

 ミッションの方が見つかる始末だ。なんなら、ゴールも目前だったりする。

 今挑戦中のミッション、『出口へ向かえ』だし。


「多分、リタイアしたんじゃないか?さっきから死体とかジャンプスケアとか、山ほど来てるし」

「………バケモンと遭遇しても、リタイアしなかった二人だぞ?」

「あんまりビビッてない俺達と一緒にいたから耐えれた、とかじゃないか?」


 話しながら歩いていると、背後からチェーンソーの音が聞こえてくる。

 振り向くと、そこにはやはりというか、チェーンソーを構えた巨漢の姿が。


「―――ッ!!逃げるぞ!!」

「あ、おい!足元気をつけろよ!?」


 焦燥感を演出するためか、大量の椅子と机が散乱している。

 足を引っかけて転ぶ、というよりは、腰あたりをぶつけて痛める危険性がある。


 アミューズメント施設として大丈夫なんだろうか、と場違いな心配をしつつも、磯垣の後を走る。

 巨漢は俺達と一メートルほどの間隔をキープしつつ、追いかけてきている。


「ッ、あれが出口か!!」


 机の山を走り続け、廊下を曲がったその瞬間、磯垣が叫ぶ。視線の奥には、明るい光が漏れ出ている扉があった。

 ………こうもわかりやすく『希望』を見せられると、嫌な予感がする。


 一本道でありながら、障害物のせいでさらに複雑になった道を走るも、その途中で何かが崩れるような轟音が響いた。


 見れば、巨漢が机や椅子を巻き込んで、派手に転倒していた。なんだかシュールな笑いを誘う場面にも見えるが、磯垣は「助かった!」と表情を明るくしている。

 きっと他の参加者たちも、世界観に没入するあまり、笑いよりも安堵を引き出させられるのだろう。


 大量の机と椅子を抜け、出口のすぐそばに辿り着く。

 巨漢が抜け出せていないのを確認して、磯垣がドアノブに手をかけたその瞬間。


「ワたシヲ、ミごロシに、したな」


 おどろおどろしい声が、俺達の耳元に聞こえる。

 怨念の籠った言葉と共に、背筋が震えるような冷気が辺りに立ち込める。


「そシテ、オいテいこウと、スルなンて」


 硬直した磯垣が、か細い声を漏らす。

 俺も、わかっているとは言え、流石に怖い。


 目の前で惨殺されたハルカさん。

 彼女の声が、異常なほど冷たい吐息と共に、俺達を呪う。


 バツン、と大きな音が響くと同時に、目の前が真っ暗になる。

 扉の外に見えていた光が消え、チェーンソーの音も消え、何もない暗闇に取り残され―――。






「ゆルサなイ」





 辛うじてハルカさんだと判別できる、頭部がグチャグチャに潰れた死体が、残った片目から血を流し、殺意の籠った瞳を向けてくる。


 暗闇の中、突如見えるようになったその悍ましい姿と、全方位から聞こえてくる怨嗟の言葉に、俺と磯垣は、耐えきれずに絶叫したのだった。






♡―――♡






「はいっ、クリアおめでとう!!」


 ハルカさんの霊に死ぬほどビビらされた俺達だったが、絶叫と同時に再び暗転し、彼女の姿が消えたこともあって、なんだかんだでゴールすることに成功。


 目が痛いほどに眩しい部屋に入ったと同時に、俺達を出迎えた。


 ―――うん、まぁ、やっぱりね。


「君たちは凄いね!なんだかんだで、四人全員クリアしちゃうんだもん!」

「え、は、ハルカ?なんっ………はぁ?」

「兄ぃ!」

「ぐぇっ」


 混乱している磯垣に、ほらな?とドヤ顔を披露してやろうと思った瞬間、部屋の奥から駆け寄ってきた舞に抱き着かれる。

 予期せぬ衝撃にそのまま押し倒された俺は、若干咳き込みつつ舞を撫でた。


「良かった、無事だったか。まぁ、大丈夫だろうとは思ってたけど」

「うぅ、兄ぃ………!ごわ゛がっだよ゛ぉ゛ー!!」

「あー、うん。よく頑張ったなー………」


 だから無理しない方が良い、って言ったのに。

 呆れつつも、胸板に顔をぐりぐり押し付けてくる舞を優しく宥める。


「怖すぎてっ、いろは君と一緒に全力で走り続けてたらゴール前に着いてっ、そしたら、は、ハルカさんが、ハルカさんがぁっ!!」

「アレは本当に怖かったな。うん。俺もちょっと泣きそうだったし」

「あっはは、そう言ってもらえると演者冥利に尽きるね」


 ハルカさんは軽快に笑うと、頭頂部を掴み、顔を引っ張った。

 するとグロテスクな顔がすぽっと外れ、最初に会った時の顔に戻る。


「と、いうことで。挑戦者の方には説明をしなければならないルールなので、お話しさせていただきます。―――滝野くーん、着替え終わったー?」

「あ、はい。終わりました」


 俺達が通ったドアとはまた違うドアから、筋肉質な青年が現れる。

 彼は俺達に会釈すると、ハルカさんの隣に立って咳払いを一つした。


「既にお察しかとは思いますが、ハルカは挑戦者ではなく、地獄廃校のスタッフです」

「改めまして、どうも。ハルカ役を務めさせていただきました、吉祥寺きっしょうじ直美なおみです。宮之宮学園、演劇サークルの部長をやってます」


 深々と頭を下げ、ハルカさん―――もとい、吉祥寺さんは優しい笑みを向けてくる。舞と磯垣弟は既に説明を受けていたようで、何とも言えない複雑な表情だ。


「同じく宮之宮学園、演劇サークル所属の、滝野たきのみどりです。殺人鬼役と、叫び声を担当しました」


 叫び声というと、あの家庭科室から聞こえてきたヤツか。

 言われてみれば確かに、声色が似ているような気もする。


 目を白黒させていた磯垣が、ようやく状況が飲み込めたらしく、わなわなと体を震わせている。


 今にも爆発しそうな彼女に気づいているのかいないのか、二人は『殺人鬼の体はハリボテで、ハルカさんを持ち上げたのはワイヤーの力だった』や『頭部を破壊する演技の時は、スライムを叩いた』など、真に迫った恐怖演出の種明かしを続け、爽やかに締めくくった。


「本日は、地獄廃校への挑戦、ありがとうございました!SNS等で感想を拡散してくださっても構いませんが、『ハルカ』などの重要事項のネタバレは配慮していただけるとありがたいです!」

「スライムが服や顔に付着している可能性がありますので、良ければウェットティッシュをどうぞ」


 街中でチラシと一緒に配られていそうなウェットティッシュを受け取り、笑顔の二人に見送られつつ外に出る。

 言葉もなく、ただ震えていた磯垣は、扉が閉まった瞬間に腹の底から叫んだ。


「―――お、お化け屋敷なんざ二度と行くかァッ!!」

「まぁまぁ、なかなか楽しかったじゃん」

「テメェは走って適当に済ませただけだろバカいろは!!」

「………正直私も二度と行きたくない」

「確かに、舞には刺激が強すぎたな」


 俺も最後は泣いたし。


 苦笑しつつ、時計を見る。

 まぁ、時刻を確認するまでもなく夜だ。空はすっかり暗くなっている。


 とはいえ、流石は遊園地。電灯やらイルミネーションやらで、昼間以上に明るく幻想的………あっ、そうだ。


「もう遅いし、俺らは他に寄るところあるから。じゃあな」

「あっ………あぁ、そうかよ」

「二人とも、今日はありがとうございました。特に御堂さんには、色々とご迷惑を………」

「良いよ別に。気を付けて帰れよ」


 よくわかっていない舞の手を引いて、二人から離れる。

 夜だというのに………いや、夜だからこそ混んでいる遊園地内では、すぐに磯垣姉弟の姿が見えなくなった。


「寄るところも何も、お化け屋敷以外に予定は無かったよね?」

「そうだな」

「も、もしかして園内ホテル!?ダメだよ兄ぃ、明日学校だよ……?」

「違うし、それ以外に問題無いのかよ」


 目的地に関しては敢えて語らず、人混みを立ち止まることなく歩く。

 といっても、近づけばすぐにわかるんだけど。なんなら近づかなくても、ずっと見えてるし。


「あっ、もしかして寄るところって」

「やっと気づいたか。―――遊園地といえば、観覧車だろ」


 観覧車の方へ向かっている事に気づいた舞が、途端に目を輝かせる。

 同時に、なぜ急に観覧車に向かい始めたのかわからない、と、首を傾げた。


「結局、磯垣姉弟と一緒に回ることになっちまったからな。埋め合わせの埋め合わせ………ってことで。ほら、夜の観覧車とか、デートっぽいだろ」

「兄ぃ…………!」


 感激した様子の舞を連れて、列に並ぶ。

 幸いにもそこまで混雑しておらず、すぐに順番が回ってくる。


 ゴンドラに入り、隣り合って座る。

 手を繋いだまま、ライトアップされた園内の景色を眺める。


「綺麗………」

「だな」


 ゆっくりと、ゆっくりと高度が上がる。

 園内に流れるBGMが若干遠くなり、ゴンドラの中に僅かな静寂が訪れる。


「―――告白してから、こうして距離感縮めてみたり、デートしたり、色々やってるけどさ。どうかな?」


 窓の外に顔を向けたまま、問いかけてくる。

 色恋沙汰になると強気でグイグイ攻めてくる彼女には珍しく、弱気で、か細い声だ。


「………悪いけど、まだ何とも言えない。そりゃ、ドキドキはさせられてるし、可愛いとかそういうのは、昔っから思わされてたし。―――好き、だとは思う。絶対に嫌いじゃないし、無関心なんてもっと無い。だけど、お前の普段のアプローチを見てると、こんな生半可な状態で応えて良いのかって………」


 慰めるような、彼女が喜びそうな言葉なんて、いくらでも湧いてくる。だがそれは、本当に言うべき言葉ではない。

 舞は自分の本心を、ありのままの自分でぶつけてきてくれている。それに対して耳障りの良い返事を、みたいな、少しでも本心から離れたような応え方は、したくない。


 そんな我儘、とか、いつまでも待っててくれるとは限らない、とか。ちゃんとわかった上で、俺は真っすぐに、誠実に、優柔不断な答えを返した。


 舞は小さく「そっか」とだけ呟くと、俺の肩に頭を預けてきた。

 そして俺の左手を抱き寄せると、両手で弄ぶように握る。


「いつまでも待つよ、私。だから、ちゃんと応えて欲しい。それが良い返事でも、悪い返事でも―――私は、受け入れるから」

「………ごめんな、優柔不断で」

「ほんとそう。兄ぃのそういう所は割と減点対象なんだよねー」

「えっ、あれ!?追撃されてる!?」

「だって待たされてるのは本当だもーん」


 唇を尖らせ、体当たりしてくる。


 ゴンドラが揺れるだけで、特に痛くもないじゃれつきを、俺は甘んじて受け入れるのだった。

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