第10話 アウラさんは甘やかし系?

「うーーーん……」


朝食を食べ終えた俺は、ひどく悩んでいた。

この前は、迷子になったり、侵入者が来たり、アウラさんの笑顔が眩しかったりと、色んなことがありすぎてすっかり忘れ去っていたが、これから何をするのかを、まだ決められていなかった。


「あらあら。やりたいことを考えるのに、そんな顔してちゃダメよ。もっと楽しい顔をしなくちゃ。」


そう言ってアウラさんは、温かい紅茶を淹れてくれた。今日は、特にやることもないらしく、アウラさんも一緒に、食後のお茶を楽しんでいた。


「でも、何にも思いつかないんです…。」

「無理に考えなくていいのよ。そのうち見つかるわ。時間はまだまだあるもの。」


アウラさんは、いつもそう慰めてくれるが、こちらの世界に来てもう一週間以上が経っていた。そろそろ何か考えついてもいい頃なのに、考えても考えても一向に思いつかないのだ。焦るのも無理はないと思う。


うーんうーんと唸る俺を、うるさいとでも言うように睨みつけてくるカイを横目で無視し、必死に考えを巡らせていると、開いた窓から一羽の白い鳥が入ってきた。


それは、そのまま部屋の中を一周すると、アウラさんが座るテーブルの前に降り立った。


「エーベル。今日は遅かったのね。心配したわよ?」

「悪いな。途中でバレーナの群れと出くわしたもんだから、ちょっと話し込んじまった。」

「そうだったの。それなら良かったわ。バレーナの移動って、そろそろだったかしら?」

「今年は暑いからって、早めに移動したらしいぜ。っと、ほら、新聞だ。」

「ありがとう。」


ーー流れるように会話が始まってしまった。が、これは普通じゃない…よな…?


「と、鳥が喋ってる…。」

「ああん!?」


思わずそう呟くと、鳥はドスの利いた声を上げながら、こちらを振り返った。


「誰だおめー。俺様のことを知らねーのか?この綺麗な白い羽、スラリと流い優雅な尻尾、そしてこのつぶらで愛くるしい瞳。どっからどう見ても、この世で一番希少で高貴なシロティルーカ様だろうが!?ちゃんと目ついてんのか?あ?」


ーーちっちゃくて可愛いのに口悪っ!!


そいつは、手のひらサイズに収まるくらいの、白くて愛らしい姿とは相反して、大層口が悪かった。けれども、小さい姿と子供のような声で口悪く叫ばれても、そこまで恐怖は感じず、むしろ残念さが際立った。


「エーベル。彼はソータよ。しばらくここで暮らすことになったの。」

「ああ!?一緒にだ?また変な男捕まえてきたのか!?今すぐ捨ててこい!!」

「そうじゃないわ。それにまたって何よ!失礼でしょう?」

「まただろうが!!いっつもいっつもおんなじことばっかり繰り返しやがって!最近落ち着いたと思ったら、すぐにこれか!」

「だから、違うって言ってるでしょう?ちゃんと聞いてちょうだい。」


鳥は、アウラさんを一方的に捲し立てている。アウラさんは、それを嗜めるものの、聞く耳を持ってはくれないようだ。珍しくアウラさんが困っているように見えたので、俺から声をかけてみる。


「あのー。」


ぴたりと声が止まり、一人と一羽の目線が刺さった。


「とりあえず、落ち着いたほうがいいんじゃないかなー…なんて…。」

「…うふふ、そうね。ありがとう、ソータ。」


鳥も落ちついたようで、口を閉じて、じっとこちらを見つめてくる。お茶を入れ直しにキッチンに入ったアウラさんは、ミルクを入れた小皿を一緒に持ってきて、小鳥の前に置くと、再びテーブルについた。


「紹介するわ。こちらはエーベルハルト。私の古い友達で、今は手紙や荷物を運んでもらったりしているの。週一で机に届けられている新聞も、彼が運んでくれてるのよ。」

「エーベルハルトだ。この高貴な俺様の名を呼ぶ権利を授けよう。エーベルハルト様と呼びな!!」

「は、はい。ありがとうございます。」

「エーベル、こちらはソータ。一週間ほど前に、異世界から来たの。…精霊の愛子よ。」

「精霊の、だと…?」

「あの、精霊の愛子って何ですか?初めて聞いた気が…。」

「お前みたいに、こっちの世界に連れてこられた奴のことをそう言うんだ。昔、ジジババどもから聞いただけだったが、本当にいたのか…。」

「そういうわけだから、これからソータのこともよろしくね。」

「ふん、とりあえず、いつものとは違うってことは分かったぜ。でも、油断大敵だからな!!お前はすぐボロを出すんだ!!」

「…あの、どういうことですか?」

「何でもないわ。気にしないで。」

「何でもなくねーよ!!いいか坊主!あんまりアウラに頼りすぎるんじゃねーぞ!自分でできることは自分でやりな!!」

「エーベル!いきなり失礼でしょう?それにそんなこと言わなくても、大丈夫だから…。」

「大丈夫じゃねーから、俺が言ってるんだ!いいか、こいつはな、人をダメにする悪魔なんだ!!」


ーー悪魔…?


いつも優しくて、ふわりと笑いかけてくれるアウラさんと、悪魔というイメージが全く結びつかない。むしろ天使や女神と言われた方がしっくりとくる。というか、こっちにも悪魔っているのか、と場違いなことを思った。


「悪魔だなんて人聞きが悪いわ。」

「事実だ!今まで何人の人間を犠牲にしてきたと思ってる!!」

「う…、そ、それは…」

「ほら見ろ!心当たりがあるじゃねーか!」

「あの、どういうことですか?」


アウラさんにも心当たりがあるようだが、全く信じられない。何かの勘違いじゃないだろうか。そう思って質問すると、エーベルハルトは、可愛らしい瞳をキリリとこちらに向けて、翼でアウラさんを指しながら言った。


「こいつはな、人を甘やかして甘やかして、甘やかしまくって、自分で何にもできないダメ人間にしてしまう、悪魔なんだ!!」


ーー甘やかしまくる…?


確かに心当たりはあった。


料理や食器洗い、掃除など、家の全てのことは、全部アウラさんがやってくれていた。一緒に手伝おうとするも、いつもやんわりと断られる。さすがに居候する身として、何か手伝いをさせて欲しいと、一度きちんと申し出たことはあるのだが…。


「家のことをするのは苦じゃないの。むしろリフレッシュになるから好きなのよ。申し訳ないけれど、やらせてもらえないかしら?」


申し出は断られ、むしろ何もしないようお願いされてしまったのだ。そういうわけで、今や俺は、料理や家事をすることなく、仕事もせず、三食美味しいご飯を食べさせてもらい、ただ眠るだけの日々なのである。


確かに、このままこれが続くと、俺はダメ人間になってしまうのではないだろうか。だがそれは、俺が家なきこであるからであって、さすがに普通の人は違うだろう。


「そんなこと、あるわけないじゃないですか!いくら何でも…」


そう言いながらアウラさんに目を向けると、暗い顔で俯いてしまった。


「アウラさん…?」

「…普通に接するのは大丈夫なのよ。誰でも彼でも優しくするほど、私、いい人じゃないもの。でも…。段々と仲良くなって、頼ってくれたりすると、嬉しくなっちゃって…。つい、やりすぎてしまうのよ。」


そうして、アウラさんはこれまでのことを語り出した。


「最初はちょっと家事を代わりにやってあげるだけだったのよ。でも思ったより喜んでくれたから…。私も苦じゃないし、どんどん代わりにやってあげるようになったわ。あれが欲しい、これが欲しいって言われたら買ってあげたくなるし、仕事が大変って言われたら、代わってあげたくなる。そうして喜んで感謝してくれると、ああ、生きててよかったって心から思えたのよ…」


ふんっと息を吐いて、鳥は話し出す。


「こいつはな、一度懐に入れたやつにはとことん甘いんだ。なまじ、家事や料理も得意で、苦じゃないから全部代わりにやっちまうし、仕事もできるし金もある。そうして甘やかされた奴らは、家事も仕事も、何もかも、自分でやらなくなっちまったんだ。全てをアウラに頼み、アウラなしでは生きられなくなっちまった。普通の人間はそこまで他人に尽くせないんだがな。こいつはそこんとこ、壊れてんだよ。」

「だって、だって、喜んでくれるのが嬉しくて止められないんだもの……。」

「だってじゃねーよ。何人もの犠牲者を作り出して!」

「うう…。」

「そういうわけだから、坊主!お前も気をつけるんだな!このままじゃお前に待ってるのは、仕事も家事もせず、家にこもってゴロゴロと飼い殺される未来だけだ!!いずれ元の世界に戻る時には、何も出来なくなっちまってるぜ!」

「…!!!」


正直、否定はできなかった。すでに今、仕事も家事もせず、三食ご飯を作ってもらっており、完全にアウラさんに養われている状態だ。


「だ、大丈夫よ!今までの人たちも、一年で完全に依存する事はなかったわ。だからソータも大丈夫よ!」

「いや、全然大丈夫じゃないです!すでに片鱗を感じてますもん!」

「やっぱりな!すでにボロが出てるじゃねーか。」

「そ、そんな事ないわ。それに、今は趣味もできたし、自分の時間を大切にできるようになったもの。」

「趣味、ですか?」

「ええ。以前は、趣味も何にもなくて、ただこの人のためにって、全ての時間を割いていたんだけど…。それじゃ、自分にも、相手にもよくないなって思って、いろんなことに挑戦して、自分一人でも楽しめる物を見つけたの。」

「甘い!そんな付け焼き刃で、お前の悪癖が治ると思ってるのか!?」

「だ、大丈夫よ!……それに、何かあったら、エーベルが怒ってくれるでしょう?」

「…ったく。俺を頼りすぎなんだよ…。」


満更でもない顔をして、エーベルハルトはそっぽを向いた。


「おい、カイ!!お前もぼーっとしてないで、ちゃんとこいつ見張っとけよ!俺は、週一しか見に来れないんだからな!」


俺たちの隣で、床に頭を預けていたカイは、むくりと起き上がると、エーベルハルトに顔を向ける。そしておもむろにこちらに顔を向けたかと思うと、再度、エーベルハルトの方を向いた。何の言葉も発してはいなかったが、互いに通じ合ったようで、エーベルハルトは満足げに頷いた。


「よし。…じゃあ、俺はもう行くぜ。他になんか用あるか?」

「大丈夫よ。いつもありがとう。あ、これ。エーベルの好きなやつ、用意しておいたわ。」

「…そういうとこだぞ!まったく。…まあ、ありがたく受け取っとくぜ!じゃあな!」


そう言うと、真っ白い尾をたなびかせながら、窓から空に帰って行った。

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