033 魔法耐性

 炎が消えて、ようやく吹雪も止んだ。

 そこに現れたのは……。

「リリー?」

 なんで。

 なんで、そこに立ってるんだ。

「ごめんなさい」

 魔法使いが居たはずの場所に、大剣を構えたリリーが立っている。

 まさか、さっき俺が放った魔法も無効化した?あれだけ魔力をつぎ込んだ炎の魔法ですら女王の娘には何の意味もなさないっていうのか。

「リリーシア様」

 リリーが振り返る。

 リリーが庇った女魔法使いは、頭を地面に付けてひれ伏している。

「誰の命令だ」

 キルナ村でも聞いた女王の娘の口調。

「独断でございます」

 独断だって?

 俺を襲ったのは女王の命令じゃないのか?

「リリーシア様。どうか、お許しください」

 なんで、リリーに許しを請うんだ。

「城に帰れ」

「リリーシア様」

「命令だ。私の前から去れ」

「リリーシア様、どうかお許しを……」

 また、命令?

―命令だ。私の目の前から去れ!

―村の者、全員に命令する。

「聞こえなかったか」

「……仰せのままに」

 女魔法使いは深く頭を下げると、体勢を低くしたまま走り出した。身構えたけど、もう戦う意思はないらしい。

「撤収せよ!」

 その合図で仲間が現れる。ずっと表で見張りをしてた奴だな。それぞれ倒れている魔法使いを回収すると、あっという間に去っていった。

『周囲には誰も居ない』

 これではっきりした。城の魔法使いは、女王の娘の命令に逆らえない。

 剣を鞘に納めたリリーの元へ行く。

「ごめんなさい」

「帰るぞ」

 リリーの腕を引いて歩く。

「あの……」

「なんで来たんだ」

「エルが戦ってるって聞いて……」

「なんでわかったんだ」

『私が教えたんですよ。エルが魔法を使っていると』

「だから、きっと、私のせいだと思って」

「なんで」

「だって……。いつも、私のせいで戦ってるから」

「リリーのせいなんかじゃない」

 今回の目的は手紙の差出人の調査だった。城の連中だってことはすぐに分かったし、それで調査を終えて良かったんだ。でも、情報を引き出そうと欲を出してしまった結果がこれ。

 俺の落ち度だ。

 それに、結局、何も聞き出せてない。

「あいつらって、また襲ってくるのか?」

「ごめんなさい」

 なんで、謝るんだ。

「襲ってくるなら来るで構わない。その方が好都合だ」

 城の内情を知る貴重な情報源だ。

「好都合って、どういう……」

「そのままの意味だよ」

「だって、私のせいで、エルは……、あぶない、めに、あっ……、て……」

「リリー?」

 様子が変だ。

 振り返ると同時に倒れたリリーを慌てて抱きとめる。

「リリー?」

 呼びかけても、目を閉じたまま返事がない。気を失った?なんで、こんなに急に?

『エル、お前のせいだぞ』

「どういう意味だよ」

『リリーだって、魔力がゼロなわけじゃないんだ。お前が馬鹿みたいに膨らませた魔法をくらって、平気なわけないだろ』

 魔法を、くらった?

「じゃあ、リリーは俺の魔法で……?」

『そうだよ』

 魔力がゼロじゃない。

 ……なんで、こんな単純なことに気づかなかったんだ。

『もしかして、エイダが吹雪の魔法を止めないでって言ったのは、リリーの為だったの?』

『そうよ。リリーは、エルの魔法をまともに受ける位置に走って行ってしまったんだもの。すでにエルの手を離れた魔法を消すことは私にもできない。少しでも炎の力が和らげばと思ったのだけど……』

 錬金術で作った薬で癒せるのは物理的なダメージだけ。魔法のダメージを癒せるのは癒しの魔法だ。

 今の俺じゃ、昏睡状態になったリリーを癒すことはできない。

「ごめん、リリー」

 俺のせいだ。

『エル。こんなところに居ても仕方ないわ。帰りましょう』

 

 ※

 

 リリーを連れて宿に戻ると、慌てた様子で女将が出てきた。

「ようやく帰って来たのかい」

「ただいま」

「一体、何があったんだい」

 何がって……。

『リリーは、女将から倉庫の場所を聞いたんだよ。危ないって止められたのに、無視して出ていったからさ』

 それで、心配してたのか。リリーは気を失ったままだし、適当な理由が必要だ。

「冒険者の仕事で、依頼品の受け渡しに行ってたんだ」

『え?』

「それって、さっきの手紙かい?」

「あぁ。時間がずれたせいで依頼人を探すのに手間取ったんだ。リリーは、俺の帰りが遅いから心配して出てきたらしい」

『何の話?』

 女将が大きく息を吐く。

「そうだったのかい。まったく……。女の子が一人で出歩く方がよっぽど危ないっていうのにねぇ」

 だから、置いて行ったのに。

「いつも、無茶ばかりするんだ」

 リリーの顔に頬を寄せると、静かな寝息が聞こえた。

「それで?あんたを見つけて安心して寝ちゃったって?」

 そんなことを言って信じる奴が居るわけない。

「いや。帰りに変な奴に絡まれたんだ。退治したけど、眠り薬を嗅がされたみたいだから様子をみるよ」

『もう。嘘ばっかり』

「そりゃあ災難だったね。後で紅茶でも持っていこうか?」

『人間の処世術って奴ねぇ』

「今は良いよ。リリーが起きたら貰うかもしれない」

「わかったよ。ゆっくりお休み」

「おやすみ」

 

 ※

 

 部屋に戻って、目覚める様子のないリリーをベッドに寝かせる。

「イリス、リリーは……」

『大丈夫だよ。魔法のダメージなんだから、放っておけば目覚める』

 魔力に働きかけるダメージは、一過性のものだ。肉体が傷つくことはなく、見た目の影響もほとんどない。

 けど、痛みは響く。

 気を失うほどの痛みを負わせるなんて……。

『エル。私を顕現させろ』

 バニラ。

「頼む」

 顕現したバニラが、リリーに向かって魔法を使う。

『リリーの魔力に反応するのぉ?』

『人間を目覚めさせるぐらい造作もない』

 大地の癒しの魔法。まだ、俺には使えない魔法だ。

「ん……」

 リリーが小さな声で呻く。

 見守っていると、ゆっくり目を開いた。

「エル……?」

「リリー」

『リリー』

「イリス……」

 目覚めた。

「ありがとう、バニラ」

『ありがとう』

『毎回、助けるとは限らない』

 わかってるよ。

 バニラが顕現を解く。

「私……?」

 まだぼんやりしてるみたいだな。

 魔法ダメージによる失神は、体力と同様、睡眠や休息で自然回復する。でも、回復魔法を使えばより早い回復が可能だ。

 人間を癒せる魔法は、光、水、そして、大地。

 急に、リリーが体を起こす。

「ここは……?」

「宿だよ」

 リリーが部屋の中を見回す。

『エルが運んでくれて、バニラがリリーを目覚めさせてくれたんだよ』

「そうだったんだ……。ありがとう。エル、バニラ」

『こうなったのは、エルの責任だからな』

 その通りだ。

「ごめん、リリー。痛みはないか?」

「平気だよ。バニラのおかげ」

 良かった。元気になったみたいだ。

「私、魔法が効くようになったの?」

「違う。精霊の魔法は人間が使う魔法なんかより遥かに格上なんだ。通常の魔法とは別物だ」

 魔力がほとんどないリリーを目覚めさせるには、精霊の力でも使わないと無理だろう。

「でも、エルの魔法だって……」

「あの魔法も同じ理屈だ。強過ぎる魔法は、リリーにも効くんだよ」

「そうなの?」

『そうだよ』

「え?どうして、イリスがそんなこと知ってるの?」

『リリーには、ほとんどの魔法は効かないよ。でも、普通、あんな魔法に突っ込んでくような馬鹿なんて居ないだろ!』

「イリス?」

 あんな魔法、か。

 人間一人に対して、あんなに大量の魔力を込めた魔法を使う必要なんて一つもなかった。

 ……また、やり過ぎた。

『女王の娘の特徴は、リリーだって知ってるだろ』

「え?」

 わかってないな。俺も勘違いしてたから人のことは言えないけど。

「一つ、魔法への耐性がとても高い。……これは、魔力がないからだ」

「魔力がないことと、魔法に対する耐性が強いことって、同じことなの?」

「そうだよ」

『そうだよ。リリーだって習っただろ』

「そうだっけ?」

「魔法っていうのは、相手の魔力に働きかけるんだ。魔法で感じる痛みは、自分が持つ魔力から感じる痛み。自然現象とは違うはずの炎の魔法を熱いと感じるのも、氷の魔法を冷たいと感じるのも、自分の魔力が魔法の痛みを感じるからだ」

 血が凍りつくような感覚。

 あれも、魔力に働きかけられた結果だ。

「亜精霊に魔法が効果的なのも、あいつらが魔力で生きる生き物だからだ。……逆に、魔力が少ない奴は、魔法への耐性が高い。魔力がほとんど無いなら尚更、魔法なんて、ほぼ効かないだろうな」

 魔力が無い人間なんて居ないから、すっかり忘れてた。

 だいたい、魔力を完全に失えば人間は意識を失う。魔力は人間が生きるのに必要不可欠な要素だ。つまり、リリーだって魔力がゼロなわけじゃない。限りなく少ないだけで、魔力は持っている。

 そんなこと、わかってたはずなのに。

「どうして、あんなこと言ったの?」

「あんなこと?」

「襲ってきた方が好都合だなんて」

 さっきの話か。

「女王の娘の情報が知りたかったからだ」

「え?」

 城の連中なら、イリスやリリーの知らない情報を持っているかもしれない。

「女王の娘の特徴。二つ目は、魔力が目に見える。……これは、魔力そのものでもある精霊の姿が見えることを含む。そして、リリーは、精霊と契約中の魔法使いの中に、色の付いた光が見えている。ただし、この色に関しては、もう少し考察が必要だ」

 魔力に色が付いてるなんて。

 細かい色の違いや強さの違いはリリーの主観に頼るしかないし、意味についてはまだ結論をつけられない。

「三つ目は、子供が……」

「どうして、そんなに私のことを知りたいの?」

「リリーは城に帰りたくないんだろ?」

 帰りたいか聞いた時に首を振っていた。

 それに、リリーは帰還に必要な魔力集めをする気がない。

「リリーが帰らずに済む方法を調べる」

「そんなの、無理だよ」

「女王に逆らえないから?」

 リリーがうなだれる。

 グラシアルでは、この言葉の呪縛が強過ぎる。

「三年以内に必ず答えを見つける」

 猶予はある。その間に、女王の娘が帰らずに済む方法を……。

「だめ……。だめだよ。エルには関係ない」

「関係ない。俺が、女王に逆らう方法を知りたいだけだ」

「え?」

『本気?』

「本気だよ。だから、あいつらから情報を引き出そうと思って戦ってたのに」

 なのに、失敗した。予想以上に手強かったからな。特に、あの女魔法使い。

「だめだよ。エルは、わかってない」

「何を?」

 グラシアル女王は女王の娘であるリリーを完全に支配下に置いている。

 これを、どうにかしないと。

「それに、私、エルに言ってないことが、たくさん……」

「言わなくて良い」

「でも……。私……」

 ……また。

 また、リリーが泣いてる。

 泣かせた。

 泣かせるつもりなんてなかったのに。

「私……。魔法を……。魔法を使えるようにならなくちゃいけないの」

―リリーが魔法を使うこと。

 そういえば、イリスも言ってたな。女王の娘の目的は魔力集めだけじゃないって。

「私……。試練の扉を壊さなきゃいけないの」

「試練の扉?」

「イリスの魔法で、壊すの。それが、私が城に帰る方法。だから、帰還するには……。それしかない。だから、私……。私は……」

「もう、良い」

 震えるリリーの体を抱きしめる。

 泣かないで。

「ごめんなさい……」

「もう、何も言わなくて良い」

 とめどない嗚咽と体の震えが伝わってくる。

 女王の娘は、三年以内に帰還しなければならない。帰還の方法は試練の扉を魔法で壊すことで、魔法を使う為には第三者から奪った魔力を精霊に貯めなければならない。

 つまり、一定以上の魔力を集める義務がある。その義務を果たさなければどうなる?帰還しなければ、リリーは……?

 見つけないと。

 ヒントはある。グラン・リューから聞いた情報。義務を果たさず帰還しなかった女王の娘。

 ディーリシア・マリリスの行方。


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