026 首飾り

「見つけた。この店だな」

 富裕区の商店が並ぶ一角。リリーが看板を見上げて呟く。

「宝石店、グラン・リュー」

 リリーが話していた人物の名を冠した店だ。間違いないだろう。探しやすい場所にあって良かった。

『泣くなよ、リリー。化粧が崩れちゃうからね』

「泣いてないよ」

 特別な思い入れのある相手だ。店が実在してることが分かっただけでも嬉しいんだろう。

 

 リリーと一緒に店内へ。

 店の入り口には衛兵が、そして、中には接客中の店員が何人か居た。

 全員、似たような黒服だ。特別な仕立ての服を着てるような奴は見当たらないし、店主は居ないのか?

『リリー。どうしたのさ』

 様子が変だな。口を固く結んで、どこか不機嫌そうにしてる。

「お探しのものがございましたか?」

 落ち着いた雰囲気の店員がこちらに来た。老齢のようだけど杖に頼ることなく姿勢も正しい男性だ。この店を統べる立場かもしれない。

 エイトリ・グラン・リューについて聞きたいけど……。後にするか。

「彼女に似合う首飾りを探してるんだ」

「かしこまりました。美しい御嬢様ですね。お好きな宝石はございますか?」

 話しかけられているのに、リリーは何も言わない。

 人見知りってわけじゃなさそうだけど。

「変わった指輪をされていますね」

 驚いたリリーが、慌てて右手を隠す。別に、隠さなくても良いのに。

「赤い宝石がお好きでしたら、ルビーの首飾りはいかがでしょう」

「見せてくれ」

「では、こちらへどうぞ」

 リリーの手を引いて、首飾りのコーナーへ。

 あちこち観察してるみたいだけど、表情がずっと硬い。気になることでもあるのか?

「こちらに並んでいるのは、当店自慢の職人のものですよ」

 細工の細かい首飾りが並んでいる。それぞれの首飾りの前に書かれているのは、加工に携わった職人の名前だろう。

 これは、ブロックル・グラン・リュー?エイトリじゃないけど、関係者か?

 宝石の美しさよりも技巧に目を奪われるな。売り物じゃなく展示品を並べてる店なんだろう。値札も付いてないし、気に入った職人を見つけてオーダーメイドで依頼する店ってところか。流石、富裕層を相手にする店だ。

「こちらはいかがでしょう」

 赤い宝石の首飾り。ビスチェタイプのドレスだし、大ぶりな宝石のついたものが良いけど、いまいちリリーの肌に馴染まない色の石だな。

「違う……」

 気に入らなかったのか?

「ここにルビーはないよ」

「ない?」

「これは、スピネル」

 店員の持つ首飾りを指してそう言った後、リリーが並んでいる宝石に顔を近づける。

「こっちは、ガーネット。これは、ロードナイト。どれも素敵なデザインだけど、ルビーを使ったものはないよ」

 本当に?軽く見ただけで、宝石の鑑定ができるのか?

 指摘された店員は何故か楽しそうに微笑んでいる。

「良く勉強をしておいでですね」

 リリーの鑑定は、全部、正解だったのか。

 すごいな。

 でも、ルビーの首飾りを見せるって言っていたのに、本物が一つもないなんて。

「あの、グラン・リューのお店って、ここだけですか?」

「お探しのものでもございましたか?」

「……卵」

 卵?

 リリーが首を振る。

「ごめんなさい。何でもないです。……エル、帰ろう」

『え?帰るの?』

 歩き出そうとしたリリーの手を引く。

「まだ、買い物が終わってないだろ」

「え?」

「ドレスに合う首飾り。デザインは気に入ったんだろ?宝石が気に入らないなら、ルビーを使って作って貰えば良い」

「えっ?」

 どうせ、ポルトペスタにはしばらく居る予定だ。時間がかかっても問題ない。

「だめだよ、そんなの」

「なら、他のは?」

「そうじゃなくって……」

 せっかく買い物に来たのに。

「御嬢様。別室にご案内いたしましょうか」

「別室?」

「お探しのものも見つかるかもしれませんよ」

 もしかして、リリーがさっき言ってた卵がある?

「お急ぎの御予定がございましたら、日を改めていらっしゃっていただいても構いません。必ずやお嬢様のご希望に沿うものを御用意致します」

 リリーに見せたいものがあるって?

「リリー。どうするんだ?」

「えっと……」

 リリーが少し迷った後、頷いた。

「案内してくれ」

「かしこまりました。こちらへどうぞ」

 

 奥の部屋に通されたと思ったら、店員が、更に別の扉を開く。

「足元にお気を付けください」

 地下に続く階段か。

「歩けるか?」

「うん」

 だめだな。

 リリーを抱える。

「あの……」

「ちゃんと捕まれ」

 リリーが俺の首に腕を回す。

『大丈夫ですか?』

「平気」

 足元が見えないから、ゆっくり降りないと。

「何が見たかったんだ?」

「ドラゴンの卵」

「は?」

「門外不出の石なんだって」

 石で、ドラゴンの卵?

「化石のことか?」

「そう。どんな石も勉強の為にって送ってくれたけど……。あ、全部、ちゃんと返してるよ?……でもね、ドラゴンの卵だけは、お店から動かさないって言われてて。いつか見てみたいって思ってたんだ」

 ってことは、グラン・リューは、手紙のやり取りをしていた女王の娘が店に来るってわかってたんじゃないのか?

 

「こちらです」

 階段の下でリリーを下ろして、その先にある部屋に入る。

「わぁ……」

 なんだ、ここ。

 宝石の原石や化石があちこちに置かれている。それに、壁が光ってる。土で出来た壁に小さな宝石が無数に埋め込まれてるんだ。

 不思議な空間だな。

「ここにあるものは御自由にご覧下さい。御手に取って眺めて頂いても構いませんよ」

「ありがとう」

 リリーが早速、中央で異彩を放つ巨大な鉱石を見ている。

 人間の背丈を超える巨大な水晶だ。

「見て、エル。卵がある」

 透明な鉱石の中には、大きな卵が浮いている。

「これが、ドラゴンの卵?」

「そう。かなり古い時代のものなんだって。これは、宝石であり化石であり、そして、歴史を伝える遺物でもある。あ。見て、ここの模様。本来、縦に入るはずの線が……」

 リリーが急に解説を止める。

「ごめんなさい」

「何が?」

「あの、全部、グラン・リューの受け売りだし、私、誰かに教えられるような立場じゃないのに……」

「続けて」

「え?」

「俺は、宝石にも鉱物にも詳しくないんだ。リリーの方が詳しいだろ」

「でも……」

「好きなんだろ?」

 こんなに楽しそうに喋ってるんだから。

 リリーが頷いて、きらきらと輝く瞳で鉱石を見つめる。

「ここの渦巻を見て。本来、縦に入るはずの線が、ここだけ渦巻いてるの、わかる?特殊な状況下でしか鉱物にこんな模様が入ることはないんだって。……あ、クラックが入ってる。このきらきらしたところがそうだよ。わかる?こっちのは水の層かな。ここにね、太古の水が入ってるんだよ」

「太古の水?」

「そう。長い年月をかけて水晶が出来上がる際に入り込んだ、大昔の水。これ……。本当にすごい水晶だよ。太古の記憶を持ったものってね、私たちじゃ絶対に見ることの叶わない遥か昔の姿を、多くの情報を私たちに伝えてくれるの」

 宝石に夢中だったリリーが、振り返る。

「私たちは今、奇跡みたいな出会いをしてるんだ」

 奇跡。

「そうだな」

 長い間、誰の目にも触れることなく埋まっていた記憶。時の流れとともに忘れ去られた記憶が、今、目覚める。

「ありがとう、エル。エルが行こうって言ってくれなかったら、私、諦めてたかもしれない」

 何一つ、諦める必要がなんてないのに。

「あなたが、エイトリ・グラン・リュー?」

「左様でございます」

 やっぱり、こいつが店主だったか。

「お会いできて光栄です。リリーシア・イリス・フェ・ブランシュ様」

 しかも、リリーの本当の名前を知ってる。

「ありがとう。でも、今の私は、リリーシア・イリス。特別な立場でも何でもない、ただの旅人です」

 成長したな。

「あの、どうして、お店にルビーがなかったんですか?」

 店主が笑う。もしかして、店に入ってからずっと不機嫌だった理由はそれ?

「当店は、基本的にオーダーメイドとなっております。上階のものはすべて、お客様とデザインの方向性や希望の職人を相談する為の展示品ですよ」

 先に説明するんだったな。世間知らずだから、店のシステムなんて知るわけないんだ。

「変なことを言って、ごめんなさい」

「いえ。あそこまで正確に宝石の種類を見極められる方など、そうそう居りません」

「それは、あなたが……。先生が教えてくれたからです」

「学びは当人の深い好奇心によって成り立ちます。聡明な姫君と手紙のやり取りを出来たこと、光栄に思います」

 そうだ。手紙。

「あんたは、城の人間と手紙のやり取りをする方法を知ってるのか?」

「城内の者とですか?いくつかございますが……。ソニア様へ直接手紙を渡したいということでしょうか」

 ソニアのことも知ってるのか。

「出来るの?」

「出来るのか?」

「もちろん、可能でございます。城の者とは定期的に連絡を取っておりますから。私にお預け頂ければ、ソニア様に確実にお届けいたしますよ」

「ありがとう」

 流石、城に出入りの宝石商だ。確実に手紙を届ける方法が見つかった。

「今、お預かりいたしましょうか?」

「手紙は、まだ書いてなくって……」

「では、私の店宛てに手紙をお送りください。お預かりした手紙を、私からお届けすることに致しましょう」

「ありがとう」

「ん。わかった。……リリー。もう少し見ていくか?」

「うん」

 リリーが展示されている鉱物を見に行った。本当に好きなんだな。何の道具も使わずに宝石を鑑定できるぐらい熱心に学んでいただけはある。

「で?あんたは、なんで女王の娘の名前を知ってるんだ」

 フルネームは、リリーの身分証にも書かれていないのに。

「城の者が言っていたのですよ。私との取引を楽しんでおられるのが、四番目の姫君であるリリーシア様だと」

 情報が筒抜けだな。

「あんたは、女王の娘についてどれぐらい知ってる?」

「何をお知りになりたいのでしょうか」

 知りたいことは山ほどある。

「女王になるのに拒否権はないのか」

「難しいお話ですね。リリーシア様には、女王となる素質があると伺っております」

「素質?」

「はい。女王には、誰でもなれるわけではありません。リリーシア様には特別なお力があるのです。身体的な能力と聞いておりますが……。詳しいことは私も知りません」

 女王の娘の特徴か。

「娘は何人も居るんだろ?」

「一人、帰還すべき者が帰還していないと伺っております」

「え?」

 帰ってない?

 そうだ。リリーは四番目。修行の期間は三年で、一年に一人ずつ出発していたなら、すでに一人帰ってないとおかしい。

「逃げたのか?」

「いいえ。おそらく、不可能でしょう」

「不可能って……」

「誰も、女王には逆らえないのです」

 この国で何度も聞いた言葉。

「どうなったって言うんだ」

「わかりません。私も調べておりますが……」

 グラン・リューが言葉を切る。リリーが戻って来た。

「もう見終わったのか?」

「うん」

 まだ物足りなそうだけど。

「リリーシア様。こちらの宝石箱をどうぞ」

 グラン・リューが宝石箱を見せる。

「開けても良い?」

「どうぞ」

 リリーが箱を開く。

「わぁ……」

 色とりどりの宝石が入ってる。けど、俺にはどれがどれかわからないな。

「どんな宝石が入ってるんだ?」

「全部、虹石だよ」

「虹石?見る角度によって見え方が変わる石だっけ?」

「そう。イリデッセンスの輝きを持つ宝石。特に、グラシアルのものは特別な輝きを持つことで知られるんだ」

 リリーが卵型の石を手の平に乗せて、様々な角度から眺める。

「暁の虹石?」

「左様でございます」

「すごく綺麗……。エル、この角度から見て」

 リリーが言った角度から石を見る。

 不思議だな。ここからだと赤みがかったオレンジ色に見える。中央付近に浮いた丸い気泡が、まるで……。あぁ、そういうことか。

「暁の景色?」

「そう。これは、暁を呼ぶ石なんだ」

 一粒だけ浮かんだ気泡が太陽の役割を果たし、独特のグラデーションが夜明けの美しい一瞬を捕らえる。まさに、暁。

 リリーが手にしていた宝石を丁寧に箱に戻す。

「見せてくれて、ありがとうございました」

「お気に召されたようで光栄です。この宝石は、すべて、リリーシア様への贈り物です」

「えっ?……受け取れません」

「どうか、お持ちください。リリーシア様と直接お会いできる日を心待ちにしていたのです」

 リリーが首を振って、宝石箱を店主に渡す。

「ごめんなさい。今は、旅の途中で……。修行中だから」

 修行中であることなんて関係ないだろ。

「それでは、御帰還の折に、お贈り致しましょう」

 リリーが小さく頷く。

 本当に、荷物が増えることを嫌うよな。

「では、代わりに持ち運びのしやすいものをプレゼントさせていただけますか?確か、首飾りをお探しでしたね」

「え?探してなんか……」

「似合いそうなのを選んでくれ」

「かしこまりました」

 店主だって、何も渡せないままリリーを帰したくないだろう。

「エル。あの、」

「ドレスに似合う奴が必要だろ?」

「必要ないよ」

「首元に輝きがあった方が絶対良い。それとも、欲しいものがあるのか?」

「そうじゃなくって……」

「こちらの三点はいかがでしょう」

 早いな。もう選んだのか。

「リリー。どれにするんだ?」

「えっと……。え?水の虹石で、雫型?」

 リリーが水色の宝石の付いた雫型のペンダントを手に取る。

「珍しい。加工してあるの?それとも、原石のまま?」

「流石、お目が高い。その状態で発見された珍しい虹石でございます」

 いつまでも眺めているリリーの手からペンダントを取って、リリーの首に飾る。リリーの肌にも良く馴染む綺麗な宝石だ。

「似合ってるよ」

「良くお似合いです」

『えぇ。とても』

『ぴったりね』

「どうぞ、お持ちください」

『素直に貰いなよ』

 リリーが頷いて、微笑む。

「ありがとうございます。大切にします」

 

 

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