023 青い花

 リリーを連れて魔術師ギルドを出る。

 次は、リリーの買い物の番だ。

 けど……。

「こら」

「え?」

「そっちは逆方向。人の流れに逆らうな」

「ごめんなさい」

『これ、何回目?』

「だって……」

 ポルトぺスタに向かって歩きながら店を見るって言ってるのに、気を抜くと、すぐに引き返そうとする。

 なんで、今、歩いてきた道を戻ろうとするんだ。

「欲しいものはないのか?」

「どれも素敵だよ。でも、旅をするなら、あんまり荷物を増やさない方が良いかなって」

 リリーが武器屋の前で立ち止まって眺めてる。

 嵩張るのを気にして必要なものを持たないなんて何の意味もない。ろくな装備も揃えずに遭難しかける冒険者が居る一方で、余計な買い物で手に入れたものが案外役立つこともある。

「ラングリオンに行くまでに、渡した金は使いきれよ」

「え?」

「使わないと買い物の練習にならないだろ」

 リリーが口元に手を当てながら店先に展示されている武具を眺めている。

「私、大剣しか使ったことないし……。これより良い剣って、そんなにないかなって」

「名工の作品でも探してるのか?」

「名工って、リグニスとアルディア?」

「それから、ルミエール」

「え?」

 なんで、その二人を知ってて最後の一人を知らないんだ。

「剣の三大名工だろ?」

『そうなの?』

「師匠って、そんなに有名なの?」

「師匠?」

「ルミエールは私に鍛冶を教えてくれた師匠だよ」

「は?」

 師匠だって?ルミエールがグラシアルに居る?

 っていうか、女王の娘の教育環境って、どうなってるんだ。

「鍛冶が教養の一つだったのか?」

「違うよ。ルミエールは街に住んでて……。私が自分の剣を作りたくて、習ってただけだから」

 女王の娘なのに街へ出歩いていたのは、それが理由だったのか。

「この剣も師匠が作ってくれたんだ」

 これが、ルミエールの作品?本当にグラシアルに居るのか?

 剣の造り手として際立って有名な三人の名工は、いずれも顔も工房の場所も不明な為、出回る作品にはまがい物も多い。

「本物……?」

『本物ですよ。私が宿っても壊れなかったんですから』

 雪山で戦った時、エイダはリリーの剣に宿ってたっけ。

 精霊が宿ることで、剣は精霊の祝福を受けられる。炎の精霊が宿った剣は炎属性になるといった具合に。でも、精霊が剣に宿るには条件がある。すべての剣にはリンの力が宿っていて、リンの力を越える精霊の力を宿すことは出来ない。宿った精霊の力がリンの力を越えた時、剣は剣としての性質を保てずに破壊されてしまうのだ。

 だから、エイダのような大精霊が宿ることのできる剣は限られる。それこそ、剣の名工によって作られたものじゃなきゃ無理なほどに。

「一生使える剣だな」

「うん」

 剣の名工に自分専用の武器を作ってもらえるなんて。

「あ、手入れできるところってある?」

「大きな街ならどこでも手入れできるよ。でも、名工の剣なんてそう簡単に刃こぼれしない。ラングリオンに着いてからゆっくりやれば良い」

「そっか」

 所在の知れない剣の名工・ルミエール。

 グラシアルの城内なら、絶対に見つかることはないだろう。やっぱり、城の中に街があるのは、外部の技術者を住まわせる為なのか?

『で?買い物はどうするのさ』

 まだ何も買ってない。

「武具は要らないだろ。他のものを探せ」

 ここに来る途中には、可愛い店がたくさんあったのに。

「あっ。手紙」

「手紙?」

「手紙を書く道具」

 便箋に封筒、ペン。文房具店や雑貨店か。

 確か、あったな。

「少し戻るか」

「どこにあるか知ってるの?」

「今、通って来た場所にあっただろ」

「え?」

 覚えてるわけないか。

 覚えてたなら、来た道を戻るなんてことは絶対にしないはずだからな。

 

 ※

 

 結局、買ったのは封筒と便箋だけ。

 ペンは手持ちのものがあるから良いと言われた。

 手近な宿を取って、外に出る。

「どこに行くの?」

「たまには、外で食べても良いだろ」

 宿で選べる食事は限られるし、この辺には良い店がある。王都を目指している途中で寄った店だ。シーフードが美味い店で、鮮度を保ったまま魚を運べるグラシアルの物流に驚かされた覚えがある。陽気な楽団が毎日音楽を奏でてるし、リリーも楽しめるだろう。

 あ。この店……。

 後で、また来よう。

 目的のレストランは、こっちだ。

 

 店内は、多くの人の声と軽快な音楽で溢れている。

 賑やかな音楽を聴きながら、リリーが楽しそうにリズムを取っている。料理も気に入ったのか、上機嫌だ。

「そういえば、今日って、お休みだよね」

「休み?」

『そうだね。ポアソンの二十三日だよ』

 休日か。休みなんて気にしないからな。

「あの、暦って、王国暦を使ってるんだよね?」

「あぁ。大陸会議参加国は、どこも王国暦を採用してる」

「そっか」

 リリーがほっとしてる。

 流石に、城の中と外で暦を分けたりはしないだろうけど、通貨が違ったことが尾を引いているのかもしれない。

 大陸会議とは、ラングリオン王国との同盟国を中心に招集される会議のことだ。大陸の平和と秩序、発展の為に各国が集まって話し合いを行う会議のことで、ここに参加したことのある国は大陸会議参加国と呼ばれている。開催時期は不定期なものの、開催場所は毎回、ラングリオンの王都で、議事録は王国暦を用い、大陸共通語によって記録される。

 王国暦は、現代において主流な暦だ。一般的に王国暦と呼ばれるけど、正式には、ラングリオン王国暦。ラングリオンが建国後、間もなく整理された暦で、一年の誤差が少ない暦として、大陸のあちこちで使われている。

「ラングリオンでは、三十一日が忌数なんだよね」

「あぁ。月が完全に隠れる不吉な日ってことで、昔から忌数になるんだ。妙な迷信のせいで暦がずれる」

 ひと月は三十日。

 休日は朔日、八日、十五日と十六日、二十三日、三十日。それぞれ月の形状に由来し、朔、上弦、望と既望、下弦、晦と呼ばれることもある。

 ただし、月の満ち欠けはおよそ三十一日周期だから、三十日にしてしまうと、現実の月の満ち欠けから少しずつずれてしまう。ひと月を三十一日にすれば良いのに、三十一は月が完全に姿を消す日として、ラングリオンでは古くから忌数として扱われる為、暦に三十一日が採用されなかった歴史がある。

「ずれだって、節句で無理矢理調整してるからな」

 一年の周期や月のずれを調整するのが、節句の休みだ。

 立秋は五日間。そして、立冬、立春、立夏を四日間設けることで、ずれを解消している。更に、百十三年に一度閏年があって、その年だけ立秋が一日減る。……まだ、しばらくその年は来ないけど。

「私は、節句のおかげでお休みが増えて良いと思う」

 三十日と節句、朔日を合わせると休日が長くなるからな。イベントや旅行をするのに向いた時期だろう。

 一年間は、立秋、聖母のヴィエルジュからはじまり、バロンス、スコルピョン、立冬、サジテイル、カプリコルヌ、ヴェルソ、立春、ポアソン、ベリエ、トーロ、立夏、ジェモ、コンセル、リヨン。

 今は、ポアソン。春の第一の月だ。

「ラングリオンって、雪は降らないんだっけ?」

「降る地域もあるけど、ほとんど降らないな。冬は暖炉が必要なぐらい寒くなるけど」

「そうなんだ。砂漠があるから、もっと暑い場所なのかと思ってた」

「夏は暑いよ。立夏はいつも長雨で、雨が止むと同時に、一気に砂漠から熱い風が吹いてきて夏になるんだ」

 あれで、信じられないぐらい季節が一気に進む。

「砂漠って、そんなに暑いの?」

「熱いだけじゃない。昼夜の寒暖差が激しい場所だ。昼間は熱くても、夜は冬のように冷える」

「不思議な場所だね」

「そうだな」

 今のところ、もう一度、行く理由がない。

 

 ※

 

 夕食を終えて、一旦、宿に戻る。

 シャワーを浴びに行くと言うリリーをエイダに頼んで、宿を出る。

『どこに行くのぉ?』

「買い物」

 さっき見かけた店。

 リリーと一緒に入ったけど、何も買わずに出たから。

 

「いらっしゃいませ」

 良かった。まだ開いてた。

 確か、リリーが見てたのは……。

「贈り物ですか?」

「あぁ」

「お連れの方がご覧になっていたのは、こちらのカチューシャですよ」

「覚えてたのか」

「えぇ」

 金髪と黒髪は目立つって言われたばかりだっけ。

 白い花のカチューシャと、青い花のカチューシャ。

 ……青い花かな。

「ついでに、選んで欲しいものがあるんだ」

「はい。どのようなものをお探しでしょうか」

「髪飾りとポーラータイ。……これぐらいの子供向けのを探してるんだ」

「かしこまりました」

 この店なら可愛いのが揃うだろう。

 

 ※

 

 買い物を済ませて宿に戻る。良い土産が出来た。シャワーを浴びて、レストランで紅茶を貰ってから部屋へ。

 一応、ノックをしてから入るか。

「リリー。入って良いか?」

「うん。大丈夫」

 大丈夫らしい。中に入る。

「おかえりなさい」

「ただいま」

 寝る支度を終えて髪を下ろしたリリーが、ベッドに座っている。

 サイドテーブルに紅茶を置いて、買ってきたカチューシャを出す。

「リリー」

 顔を上げたリリーに、カチューシャを付ける。

 ……可愛い。

『あら。可愛らしいですね』

「やっぱり、青い花が似合うな」

「え?」

 リリーが、カチューシャに触れる。

『鏡がありますよ』

 顕現したエイダが鏡を持ってくる。

「あ……」

 漆黒の長い髪に咲く青い花。

 これなら、いつものツインテールにも合うだろう。

「どうして……」

「似合うと思ったから」

「似合う?」

『似合ってるよ』

『えぇ。とても』

 本当に、ぴったりだ。

「貰って良いの?」

「当たり前だろ」

 リリーの為のものなんだから。

 リリーが柔らかく微笑む。

「ありがとう。エル」

 ……可愛い。

『今、買ってきたの?』

「ついでだよ」

『ついで?』

『ふふふ。ついでなのぉ?』

「うるさいな。買い物を色々頼まれてるんだよ。グラシアルなんて珍しいから」

 今回買ったのは、頼まれた買い物じゃないけど。

「マリアンヌさんに?」

「マリーから頼まれてる奴が一番多い。……あぁ、紅茶も頼まれてるんだ。ポルトぺスタに行ったら選んでくれないか?」

「私のお勧めで良いの?」

「もちろん」

「だったら、ポリーズの紅茶がお薦めだよ」

 リリーが気に入ってるってことは、グラシアル王室御用達だ。

「なら、任せるよ」

「うん」

 後は、冒険者ギルドの依頼とアレクの依頼、それから、宝石商探しと……。

「指輪のサイズも直さないとな」

「指輪?」

「親指なんて不便だろ?」

 リリーが親指の指輪を見る。

「このままで大丈夫だよ。ぴったり嵌ってるから」

 本当に?急がないなら、ラングリオンに戻ってから考えても良いか。

「早く寝て、明日は早く出よう。明かりは、寝る時に消してくれ」

「うん。わかった」

 ベッドに入って、リリーに背を向ける。

 明日はポルトぺスタに着く。

 賊連中は、いつまで放置されてるんだ。

 リリーに危険があるなら、こちらから出向いてでも一掃しなければならない。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る