018 報酬
リリーと一緒に村に戻る。
約三十人の救出者が居ることを告げると、何人かが加勢に行くと言って出て行った。ついでに捕縛済みの賊の回収もするらしい。この辺を荒らしていた賊だ。下っ端であろうと、騎士団に突き出せば、それなりの報酬が出るだろう。
……まともな騎士団なら。
賊のボスが魔法使いであること、賊が三十人もの人数を誘拐していたこと、主力部隊がポルトぺスタに居ること。これだけの情報で何もしないなら終わってる。
宿の部屋へ。
ようやく落ち着ける。
ブーツを脱いだリリーがベッドの上で足を伸ばしている。
「疲れただろ」
「うん……。あ、大丈夫だよ」
リリーが慌てて訂正する。
「疲れたなら疲れたって言って良い。慣れないことをしてるんだから、疲れるのは当たり前だ」
「ごめんなさい……」
すぐに謝るな。
「気にする必要も謝る必要もない。ただ、明日も同じぐらい歩くことになる。今日はゆっくり休もう」
「うん」
もう一日休ませたいところだけど、こんな危ない村に留まってなんかいられない。
「村の人たち、無事に戻って来れるかな」
「大丈夫だろ。賊のボスも主力部隊も出払ってて、行きも帰りも亜精霊の気配はなかった」
そんなに遠い場所でもないし、すぐに戻って来るだろう。
「この辺って、亜精霊は居ないの?」
「人間の縄張りは定期討伐されてるからな」
グラシアルの騎士団がどれだけダメでも、冒険者ギルドの監視はあるだろう。
「後は、白狼の影響もあるか」
「白狼って、亜精霊の?」
「そう。亜精霊にも縄張りがあるんだ。強い亜精霊は、別の亜精霊に対しても攻撃的なことが多いからな」
「そうなんだ」
夜に活動的な亜精霊は明かりを嫌うものが多いし、松明を持った集団が襲われる可能性は低い。誘拐された三十人と、救出に行った十数人。それに加えて村からも応援が向かっている。
「だから、放っておいても無事に帰って来る」
「……うん。大丈夫だよね」
なんで、そんなに村の連中の心配ばかりしてるんだ。
「自分が何されたのか解ってるのか?」
「え?」
「情報を売られた上に、村の連中に誘拐されかけてたんだぞ」
「誘拐?」
わかってないな。
「あの衛兵は、古城の賊にリリーの情報を売りに行ったんだ。高い身代金を要求できる貴族の娘と交換で、村から連れ去った女たちを返せって。古城の賊はリリーの身柄を要求し、あの衛兵はそれを承諾して戻って来た。……リリーを捕まえる為に」
「じゃあ、私が行くだけで皆は帰って来られたの?」
『リリー……』
なんで、そうなるんだ。
「悪党連中の言うことなんて真に受けるな。あいつらは三十人必要だって言ってただろ?リリーが行ったところで、誘拐された三十人が帰って来ることはない」
良い金になるって考えるだけだろう。
「村の人達が騙されてたから、エルは怒ったの?」
「違う。村の連中がリリーに危害を加える可能性が出たからだ」
「え?私に?」
本当に、わかってない。
もし、リリーが一人だったなら村の連中が何をしたか……。
『誰か来る。宿の主人だな』
ノックの音が鳴る。
「お客様。お休み中のところ申し訳ありません。少々よろしいでしょうか」
「何か用か」
「村長が、お客様とお話ししたいと仰られております」
村長か。
「リリー。どうする?」
「大丈夫。まだ眠たくないよ」
リリーがブーツを履く。
行くことは確定してるらしい。
「わかった。すぐに行く」
※
リリーと一緒に一階へ。
村長の他に、衛兵や村の連中も数人集まっている。
「旅のお方。そして、リリーシア様。今回は私たちの願いを聞き入れ、村人を救って頂き、ありがとうございました」
リリーシア様、か。
「近隣の村や街の者を含め、救出者は三十二名おり、間もなく全員到着する予定です。近隣都市を代表し、誘拐された者を救っていただいたことに感謝申し上げます」
集まっていた村人たちが口々に礼を言う。
つまり、賊のボスは指定された人数の誘拐が完了したから、雇い主に報告に行ったってところか。黒幕はポルトペスタに居る。
「リリーシア様」
「はい」
「この度は、御迷惑をおかけし、大変申し訳ございません」
「別に、迷惑なんて……」
「いいえ。リリーシア様にお手を煩わせたばかりか、この者はリリーシア様の言いつけをお守りすることも出来ませんでした。……しかし、まだ若く判断も未熟な者。どうか、寛大な御判断を」
衛兵がここに居るのは、リリーに処分させる為か。
リリーが俺を見上げる。
「判断をするのはリリーだ。腹が立つなら罰でも与えてやれば良い」
被害を受けたのはリリーだ。
「わかった」
『リリー。ちゃんとしてよ』
リリーが立ち上がる。
「村の者、全員に命令する。私の身分の情報をすべて忘れ去ること。……そこの衛兵も同じだ。私とエルを同列に扱い、二度と私を貴族として扱うな」
……命令。
「仰せのままに。寛大なお心遣いに感謝いたします」
リリーが俺の隣に座る。
―命令だ。私の目の前から去れ!
確か、雪山で城の人間に向かって言ってたな。
普段の様子とは全然違う堂々として威厳のある態度。
女王の娘の言葉か。
「では、もう一つ。お約束した報酬の件でお話がございます。先ほども言った通り、リリーシア様が……」
村長が言葉を切る。
リリーも機嫌が悪いな。早く部屋に戻ろう。
「お二方が救出してくださった者は、三十二名おります。村の者は、救出者一人につき、銀貨一枚をお約束したとか。しかし、今、村で御用意出来るのは、銀貨十二枚とルークが……」
「勘違いするな。依頼は破棄した。俺は救出に関わってない」
「しかし……」
「話は終わりだ。行くぞ、リリー」
「うん」
※
リリーと一緒に部屋に戻る。
さっさと着替えて、今日は早めに休もう。
「エル」
「ん?」
「ありがとう」
「何が」
「村の人を助けてくれて」
「助けてないって言ってるだろ」
「そんなことない。全部、エルのおかげだよ。誰も怪我せずに済んだのも、皆が無事に帰れるように手はずが整ったのも」
「偶然だ」
俺が考えたプランじゃない。
「私、何も出来ないけど。こんな風に、誰かを助けられるような人になりたい」
違う。
俺は、リリーの情報の流出先を調べたかっただけだ。
「村人を助けたのはリリーだろ」
「え?」
「村の連中を助けるって宣言したのも、賊の討伐を進んでやったのもリリーだ。俺は、それに巻き込まれただけだからな」
本当に。
こんな大ごとになるなんて。
「エル。私を手伝ってくれて、ありがとう」
リリーが微笑む。
……まったく。
「じゃあ、今回の俺の依頼主はリリーってわけか」
「えっ?」
リリーの頬に触れる。
「報酬は、何をくれるんだ?」
「え?えっと……」
困ったような顔で、リリーが俺を見上げる。
輝く瞳。ずっと見ていたくなる魅惑的な黒。リリーは、いつも真っ直ぐに俺の目を見てくれる。本当に、何の曇りもなく真っ直ぐに。
無事で良かった。
元々、責任なんて持てない突発的な依頼だ。報酬なんて要らない。リリーが無事で居てくれれば、それだけで良かった。
「あ」
急に立ち上がったリリーが、荷物の中から何か出して持ってくる。
「これで足りる?」
金貨。
まさか、村人が出すはずだった銀貨三十二枚分の報酬をリリーが払うって?
「他にも色々買ってもらっちゃったし。受け取ってくれる?」
全財産を俺に渡そうとするなんて。
このままリリーに金貨を持たせておくのは危ない。
「わかった。一旦、金貨は俺が預かる」
「預かる?」
「ちょっと来い」
リリーから金貨を貰って、サイドテーブルに貨幣を並べる。
銀貨九枚、銅貨十八枚、蓮貨二十枚。
「ここに、いくらあるかわかるか?」
「えっ?えっと……」
リリーがテーブルに並んだ貨幣を数える。
「蓮貨は十枚で、銅貨一枚分だよね?」
「あぁ」
蓮貨十枚は銅貨一枚、銅貨二十枚は銀貨一枚と同じ価値だ。
「銀貨十枚分のお金?」
「正解。銀貨一枚は、およそ一万ルーク。銅貨一枚は、およそ五百ルーク。蓮貨一枚は、およそ五十ルークだ。これで、少し買い物の練習をしろ」
「……はい」
リリーが渡した貨幣を小さな巾着袋に仕舞う。
「ちゃんと使えるようになったら金貨は返す」
「え?金貨は、エルにあげるよ」
「もらうわけにはいかない。言っただろ、鎧の弁償をするって。精算するならその後だ」
俺のせいで盗まれたものだから、どうにかしないと。
「でも、私、鎧が無くても困ってないよ。それに、たくさん助けて貰ってる。だから、報酬として受け取って」
「それは……」
ギルドを通した護衛依頼を受けたわけじゃない。ただ、次の目的地を一緒に決めながら当てのない旅を続けてる。
なんで、付き合ってるんだろうな。
放っておけないから?
すでに巻き込まれてるから?
明確な理由なんて、探せない。
でも。
「そういうことは、ちゃんと一人で買い物が出来るようになってから言え」
「買い物ぐらい出来るよ」
「出来てない。約束もしていない報酬を支払おうとするな。全財産失った場合のリスクを考えろ。物の価値と常識を学べ」
『本当にね』
「……はい」
冒険者ギルドで仕事を探せば、ギルドに所属してなくても出来る仕事があるとはいえ。ここまで常識が無いなら、まともな仕事なんて出来ない。
だいたい。昨日も一昨日も、朝、起きた時にしがみつかれてた。俺と一緒に寝ることが、どれだけ危ないか解ってないだろ。
「ここって、シャワーあるかな?」
「あるんじゃないか?」
リリーが支度を始める。
今日はリリーより先に寝ないようにしないと。
荷物の中から本を取り出す。
銀の棺。
これを頼んで来たマリーからは、俺が読むような本じゃないって言われてたけど。古文書なら面白いだろう。時間を潰すのにも丁度良い。
「銀の棺だ」
リリーが本を覗き込む。
「知ってるのか?」
「うん。素敵な恋物語だよね?」
「は?」
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