第17話 戸北宮環斗とお嬢①

「あなたたち、ここからが噂の枕木町よ。この町は危険だから、目標まで突っ走るわよ!」


 曇り空の下を吹き抜けるそよ風に、長い黒髪を優雅になびかせる女性がいた。

 その周囲を固める傭兵たち。


 傭兵は八人。

 いずれも歴戦のツワモノ感を漂わせる顔つきである。


 傭兵の格好はバラバラだった。雰囲気からして殺し屋のような男から、スーツの男までいる。


 傭兵は全員男である。

 たった一人、指揮を執っている人物だけが女性だった。


 彼女は緑色の軍服を着ており、その外側からでもたくましい肉体が想起される。

 彼女だけは傭兵ではなく、傭兵の雇い主である。


 彼らは女性を囲む陣形を崩さず走った。


「お嬢、ここが例の奴の家ですぜ」


「ほーう、一見普通の民家だな」


 女性は見た目どおりの男勝おとこまさりな喋り方をする。

 やたらと背筋がよく、品定めするときには少し反った姿勢で、右手の指で顎を支え、左手で右ひじを支える。


「どう見ても普通の民家だ、お嬢。本当にこんな所にいるのか?」


「いる。間違いない。危険な奴だから、顔を出したらすぐに銃口を突きつけろ。へたな真似をされないよう、猶予を与えるな」


「了解、お嬢」


 普通の家の普通の呼び鈴を鳴らし、出てきたのは普通ではない人間、戸北宮ときたみや環斗かんと

 土色無地のカッターシャツに黒のスラックス。


 傭兵の一人は彼の年齢にズバリ十八歳と見当をつけた。

 確かめはしなかったため本人は知らないことだが、彼の予想はズバリ正解であった。


 環斗君が出てきた瞬間、その眉間にはライフルの銃口が突きつけられた。


「あんたが代償の環斗君だね? さっそくだけど、願いを聞いてもらうわ。私をこの世界の支配者にしてちょうだい。ああ、分かってる。等価の代償なんてとても払えるわけがない。だから、あんたの命を救うことが代償。つまり、あんたが私の願いを叶えなければあんたは死ぬ。あんたが私の願いを叶えればあんたは助かる。簡単でしょ?」


「そうだね」


 環斗君に銃口を向けていた男が雇い主の女性に銃口を向けなおした。同時に傭兵の一人が発狂してどこかへ走り去っていった。

 二人の傭兵は互いを撃ち殺し、二人の傭兵は自害した。

 二人の傭兵から腕が二本とも消え、そのうちの一人の傭兵から足が四本生えて六本になった。


 結果、女性に向けられた銃以外はすべて地に落ちた。


 戸北宮環斗は願いを選ばない。どんな願いでも、願い主以外の誰かが代償さえ払えば叶えてくれる。

 しかし例外はある。

 環斗君に対して危害を加えたり脅迫したりすると、彼は防衛のため勝手に願いを叶える。

 その場合だけは代償を払う人間の意思が無視される。


 一人の意思を操るために、代償としてほかの一人の精神を崩壊させた。

 二人の傭兵に仲間を殺させるために、代償として別の二人の傭兵に自害させた。

 一人の傭兵の足を四本増やす代償として二人の腕を消すことで、銃を持てなくした。


「え……もしかして私、殺される?」


 女性はひたいに大粒の汗を浮かべ、両手を上げ、地に膝をついた。

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