04

「とりあえず試作で焼いてみた、食べてみて」

「え、いいのか? 金も払っていなければ手伝いもしていないんだけど」

「気にしなくていい、味付けは塩コショウだけだから不満なら言って」


 くたあと床に寝転がって弱っている風美にも食べてもらいたくて無理やり起こした。

 今日は単純に眠たいみたいだけど多分これを食べれば多少はマシになるはずだから。


「お、柔らかくて美味しいな」

「それならよかった」

「でも、こんなに立派な肉があるならやっぱり白米が欲しいな」

「ごめん、あくまで試作だったから意識になかった」


 あとは基本的に自分がおかずだけで満足できてしまうのもある。

 でも、相手に食べてもらうわけだから相手に合わせなければならないのになにをやっていたのかと反省をした。


「いやっ、これは完全に俺のわがままなんだから気にしなくていいんだよ」

「クリスマスのときは炊く――長村家でやるから難しい?」

「いや、どうせ俺と風美と久我の三人しかいないから自由にやらせてもらうよ」

「え、ご両親は……」

「そのときは別行動をするだけだよ、毎年そうなんだ」


 なるほど。

 だからどちらかが友達を優先してしまったら一人ぼっちが確定してしまうわけか。

 今年は僕がいるからそうならないけど放置されてしまった側は寂しい時間となりそうだった。


「んー……美味しいけど重いわね、あたしはやっぱり茹でられたお肉の方が好きだわ」

「それも作る、文平だけ優先したりはしない」

「お願いねって、あたしも一緒に作るんだから自分でやるだけだけどね」


 それぐらいでしか役に立てないからほとんどはやらせてもらうつもりでいる、ただそれも結局自分勝手な行為にしかならないからほとんどはと決めているのだ。


「そういえば今更だけどいつもはどうしていた?」

「いつもは二人分でそこまで量もいらないから買ってきていたわね」

「やっぱりそれの方がいい」

「いいからいいから、たまには手作りをする年があってもいいじゃない」


 このまま進めてしまっていいのかどうか。

 まあ、味については元々の食材のものと調味料達のおかげで不味くなりようがないにしても気になってしまう。


「俺的には久我と風美が大変だろうから食べにいくのでもいいと思っているけどな」


 頑張れ文平。


「お兄ちゃんも余計なことを言わないで」

「だって疲れることになるのは久我と風美だろ?」

「いいの」

「ま、久我と風美がいいなら俺は食べさせてもらう側なんだし……いいけどさ」


 負けてしまったようだ。

 だけどここまで風美がやりたがっているのなら一緒に頑張ればいいかと切り替えられたのはよかった。


「え、流石にはいあーんはしないわよ?」

「俺だってしてもらうつもりはないよ」

「付き合っても?」

「な、なんの時間なんだ? それより風美は食べちゃえよ」

「ふふ、そうね」


 これも今更だけどシンプルな味が一番だろうから当日もこれでいくことにした。

 物足りなかったらなにかかけてもらうとかでいい、自由でなければならないのだ。


「あとはプレゼント問題だよな」

「あたしはいいわよ」

「僕もなくていい」


 どれだけごちゃごちゃ保険をかけようと一緒に過ごせた方がいいから実現した時点で僕にとってはプレゼントを貰えたような状態になる。

 それなのに更に貰おうとするのは厚かましいどころの話ではないだろう。


「いやいつも世話になっているからな、なにか買わせてほしい」

「言うと思った。だけどいいの? 家族であるあたしはともかく吹雪とは出会ったばかりだけど」

「そんなの関係なくないか?」

「はは、まあお兄ちゃんが気にならないならいいわよ、あたしも付き合ってあげるわ」


 あ、いや、そこで協力をされても困るけど……。

 彼女にはもっと自分のために動いてほしいところだった。

 一年に一回だけの特別な日だからこそ一切気にせずに兄に甘えるとかそういうことでいいのに。


「吹雪はどんな物を――いや、これを聞いてしまったら意味がないわよね、頑張って探してみるわ」

「風美が用意してくれるなら僕も風美になにか買う」

「それは駄目よ」

「なんで」

「駄目なものは駄目だからよ」


 幸い一人の時間は沢山あるのだ、こちらも頑張って探してみよう。


「楽しみだわ」

「珍しいな」

「ま、お兄ちゃんとだけでも楽しかったけど今年は吹雪もいるからね」


 クリスマスのことを話しているときはテンションが高まったり申し訳ない気持ちになったりして忙しい。

 僕がいる程度でなにかが変わったりはしない、その日に使うお金が増えるというデメリットばかりなのに不思議だ。


「風美は優しい」

「は? なによ急に」

「そう思った、文平も同じ意見のはず」

「そうだな、本当にそう思うよ」

「や、やめなさいよ……」


 どういう感情からかは分からないけど俯いてしまった。

 それこそ悪いことではないのだから気にする必要はなかった。




「クリスマスね――あんたなにその顔は」

「こうして実際に集まれて幸せだから」

「ということは疑っていたってこと? あんたねえ……」


 家族以外と過ごしたことがなかったから仕方がないことだと片付けてもらうしかない。

 それに当たり前のように友達と過ごせるレベルだったら多分こうはなっていないから彼女的に悪い話でもないと思う――と言うのは流石に自惚れすぎか。

 無事に当日を迎えられて気が大きくなってしまっているのだ。


「ごめん、だけどありがと」

「いちいちお礼なんか言うな、それよりお兄ちゃんが帰ってくる前に作り終えるわよ」

「ん」


 これまも探していたけどいい物が見つからなくてこうなっている、分かりやすく言えば文平は意地を張ってしまっている状態だった。

 風美が「もういい加減やめなさいよ」と言ってもいやでもだってと言うことを聞かないのと、約束が重なっていまは別行動をしているというわけだ。


「ね、マジでこれまでそういう人はいなかったの?」

「いない」


 いないし、仮にいたとしても上手くはいっていなかったと思う。

 全てとまではいかなくてもどんどん出していくタイプだから耐えられなくなっていたはずだ。


「そうなのねえ、あんたなんてちっちゃくて興味を持たれそうなのにね。あたしなんてすぐに抱きしめたくぐらいよ? いまは作っている最中だからしないけど」

「小さい異性よりそれなりの大きさでスタイルがいい人を好むはず」


 僕目線で言えば彼女とかがそうだった。


「ま、基本的にはそうね。問題なのはスタイルがよくない人間は誰からも選ばれずに負け続けるってことなんだけどね」

「多分、風美はそこまで望んでいるわけじゃないと思う」

「え、あたしなんてずっと彼氏が欲しくて行動していたけど……」

「文平の存在が大きい」


 近くにいると安心して次でいいかとなってしまいそう。

 僕ならそのまま時間だけが経過し、ついに最期の日を迎えるなんてことになりそうだ。


「ま、それはあるわね、だからついつい偉そうにお兄ちゃんと比べちゃったりするのよ」

「そういうところが影響している」

「んーそうね」


 って、少し見てきただけなのに分かったかのように言うのは不味かったか。

 ちらりと確認をしてみても怒っているようには見えないけど……こういうときは謝っておいた方がいい。


「偉そうに言ってごめん、だけどそう見えた」

「や、謝らなくていいわよ。事実、いつでも積極的に動けているわけじゃないしね――あ、もう帰ってきちゃったみたいね、急ぎましょ」

「ん」


 それなりに買って重かったけど最初から文平がいたわけではないから持たせてしまうなんてことにならなくてよかった。

 それに食べてくれる人がいたら緊張してしまうなんてこともないため、それから一時間ぐらい時間を使って完成させた。


「悪い、結局マフラーにしたわ。一緒にいるときに寒そうな格好をしていることが多かったからせめて首だけでもと思ったんだ」

「十分、ありがと」

「おう、久我も作ってくれてありがとなっ」


 いい笑顔だ、お父さんに少し似ているかもしれない。

 変なルールがあって実家にいられていないだけで決して不仲とかではないから会いたくなってきてしまった。

 とはいえ、その拘りが邪魔をする可能性があるし、せっかくこうしてほっこりしているのに暗い夜の中、一人寂しくここへ戻ってきたくはないからやめておくけど。


「わ、文平はテクニシャン」

「不安そうな顔をしていたからな、あと俺の手は風美で鍛えられているからさ」

「ちょっと、あたしはそんなの求めたことはないわよ」

「嘘を言うなよ、小学生の頃は一緒に過ごす度に求めてきていただろ」


 真っすぐに求めても、多少素直になれなくてツンツンしながら頼む風美を想像して更にほっこりとした。


「それはどこの世界のあたしよ。吹雪、嘘だから勘違いしないでね」

「妹なんだからお兄ちゃんに甘えてもなにも悪くない」


 あとは美味しいご飯を食べられれば僕的に満足できるから存分にいちゃいちゃしてくればいい。

 でも、風美のことだからいまみたいに色々と言うだけ言ってなにも起きないと思う。

 今回も余計な存在がいるから、つまり僕がいるからか。

 だからといって帰りたくはないから変えようもなかった。


「でも、いまのあんたとお兄ちゃんみたいな距離だったらやばいでしょ? それはもう兄妹の域を超えているじゃない」


 頭を撫でられたのもこれが初めてなのに距離がやばいとは。


「風美は大袈裟だなあ、別に久我を抱きしめたりしているわけじゃないんだからさ」

「いや、クリスマスの夜ぐらい抱きしめなさいよ」

「なんで急にそんな話になるんだ?」

「いいからほら」

「おわっ――とはならないっ、俺はこういうときのために鍛えているんだ!」


 シュタタと移動して食べる体勢になった、いや、なんならそのまま食べ始めた。

 まあ、時間をかけても冷めていくばかりだから僕達も乗っかっていく。


「作ってくれたというのもそうだけどみんなで食べるからより美味しく感じるよな」

「食材と調味料の力のおかげ」

「はは、流石に自分のおかげとは言えないか」

「僕の影響なんてほとんどないから」


 一定のレベルの味なら問題ない派だからこれから上がっていくこともない。

 今回みたいにお客さんに食べてもらわないのであればそれでも問題はないから切り替えていくだけだった。




「なんか慣れちゃったな」

「ここに? 僕としてはありがたい」


 だから最近はよく来てくれるのか。

 逆に風美は寒い、出たくない、あんたから来なさいの三点張りで全く動いてくれなくなった。

 元々、相手にばかり動いてもらうタイプではなかったからよかったものの、意地を張る人間なら一緒にいられないまま高校生活は終わっていたと思う。


「最初は上がるべきじゃないとか言っていたくせにな、だけどこれは完全に久我のおかげだぞ」

「ふふ、作戦通り」

「はは、俺は負けたな」

「は冗談としても文平は最初から来てくれていた」


 意地でも上がらないようにするタイプならこうはなっていなかった。

 ほとんどは風美のおかげだからまたお礼がしたくなった。


「風美のおかげ」

「あ、確かにそれはあるな、久我に悪いことをしないか不安だったからさ」

「はあ~」


 兄がこの調子なら真っすぐに甘えられるわけがない。

 せっかく勇気を出しても「なにをしているんだ?」と真顔で言われたらきっと風美なら二度とやらなくなる。


「え゛」

「文平もなんで素直になれない? 風美のことが大好きなんだからそういうのはやめた方がいい」


 このままでは風美が可哀想だ。


「な、なんかそれだと俺がシスコンみたいにならないか?」

「でも、割とどこにでも付いていっているから間違っていない」

「む、無理やり付いていっているわけじゃないからな!?」

「どうどう」

「あ、悪い……」


 再度静かに座った彼に昨日買ってきたジュースを渡しておいた。

 こういうパワーに常に頼ればお互いにいい時間が増えていくと思う。


「だけどな、俺は昔から変わっていないと思うけどな、風美の方は変わっていったけどさ」

「そうなの?」

「ああ、なにが変わったってまずは喋り方だよな、お兄ちゃん呼びは続けてくれているけど昔なら~だよねって喋り方だったんだ」


 そっちの風美も見てみたいから次に向こうにいったら聞いてみよう。

 意外と話してくれるかもしれない、また、話してくれなくても少しだけでもそのときと同じようにしてくれれば満足できる。

 僕はまたそのことでもお礼ができるわけだから完璧だった。


「あ、変えなければいけない理由があった?」

「本人は子どもっぽいからって言っていたぞ、誰かに指摘されたとかじゃなかったからいらないだろってぶつけたんだけど聞いてもらえなくてな」

「悪い方に考えてしまうのはもったいない」

「だろ? でも、本人が変えると決めたら俺達にできることってほとんどないよな」


 深刻な理由からなら聞いてみようとすることもダメージになる可能性もあるのか。

 駄目だ、最近は当たり前のように二人といられるようになってやっぱり浮かれているらしい。


「文平、僕が調子に乗っていたら叩いてでも止めてほしい」

「久我が調子に乗ることなんてないだろ」

「もういまの時点でやばい」


 それこそ飛び上がりそうな勢いだ。

 あ、でも、こういうことなら躊躇なくツッコミを入れてくれる風美の方が適任か。

 それでも頼んでおけば風美でも対応をしきれなくなったときに有効的に働くかもしれない。


「そうか? いつもと同じで無表情だけど優しい久我だぞ」

「文平は僕に甘いのなんとかした方がいい」

「いやこれが普通だろ?


 なにが普通なのか、これはただ彼が優しすぎるだけだというのに。

 協力してもらえないと不味いぞと一人また震えていると「大丈夫だ」と言って頭を撫でてくれた。


「ま、本当にやばくなったときは俺が止めてやるよ」

「ん、それでお願い」

「ところでさ……なにか食べ物ってないか? 話していたら腹が減っちまったんだ」

「それならいまからご飯を作る――と言いたいところだけどあれから作らないようにしている」

「え、それはきついぜ」


 そうは言われても決めたことだから簡単に破るわけには……。

 ただ、結局三秒ぐらい見つめられてじっとしていられなくなって動いている自分がいた。

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