四十六日目

 昨日の昼休み、隣の席のユイが唐突に質問してきた。

「ヒロトさんとさくらさんって、付き合ってるんですよね?」

「えっ?」

 俺は戸惑った。

 そもそも、なぜユイが俺と桜の関係を知っているのかも謎だったし、それをわざわざ質問してくるのも、おかしな話だと思ったのだ。

「いやいや、そんな身構えないでくださいよ!」

 そう言って彼女は笑った。

「なんか深い意味で聞いたわけじゃないんです。ただ、クラスで少しだけウワサになってたんで、つい気になっちゃって」

「え、そうなんだ」

「はい……」

 俺は驚いて、どう反応すればいいかも分からくなかった。

 ゆうかならともかく、俺も桜も、クラスでは地味な方だったから、付き合っていようといまいと、クラスメイトのほとんどは気にしないと思っていたのだ。

「んで、その話って本当なんですか?」

「……まあ、一応、付き合ってるよ」

 間に「一応」と挟んだのには、特に意味は無かった。ただ、この話を他人にする時、なんとなく付けた方が良い気がしただけだった。

「え!? ほんとですか!? 私ウソだと思ってました!」

 彼女はテンションを高くして、でも声のボリュームはそのままで喋り続けていた。

「前から実は、そんなに仲良かったんですか? 全然そんなふうには見えなかった……」

「じゃあ、次は俺質問していい?」

 俺はなんだか面倒くさくなって、唐突に話題を変えた。

「小学校の頃、いじめにあってたってホント?」

 これは、席が隣になって、まず真っ先に聞くべきことだったのだろう。二日ほど経ってから、ようやく聞くことが出来た、と俺は少しほっとしていた。

 ふと、彼女の顔をよーく見て、なぜかとても悲しそうな表情をしていることに気づいた。目元が少し涙ぐんでいて、今にも泣き出しそうだった。

「どうしたの?」

 俺には、彼女がなぜ悲しんでいるか、見当もつかなかった。

「ごめんなさい……思い出すと、つらくて……」

 俺は、彼女がなぜそこまで悲しんでいるのか、その元凶であるいじめの内容を予想してみた。

 親が殺された?

 家が燃やされた?

 リンチに遭った?

 しかし、どれもこれも、不自然で非現実的だった。

 仕方なく、俺はこれ以上、彼女の過去を掘り返さないことにした。

「いじめの内容は、聞かない方がいいよね?」

 俺は確認を取ろうと彼女に聞いてみた。

 彼女は何も言わずに、両手で顔を隠した。

 しばらくすると、スラッとした小さな指の隙間から、一滴、二滴と、涙がこぼれ落ちていた。

「ゆいちゃん、大丈夫」

「えっどうしたの? 泣いてるの?」

「先生呼ぼうか?」

 彼女の周りを他の人間それらが囲んでも、彼女がその場から居なくなっても、俺はただ、その移り変わりゆく景色を眺めていた。

 その中の一人が、俺に気づいて言った。

「……なんで、笑ってるの?」

 セミのなく声が、遠くから聞こえた。

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