38
捕まえた。
若竹姫はそう確信する。
長年の修行の成果で、若竹姫はこの間合いなら完璧に百目の獣姫を捕まえられたという確信があった。
……、でも、実際にはそうはならなかった。
空を切った自分の両手を見て、若竹姫が驚愕する。(動揺が顔にまで出ている)
逃げられた? いったいどうやって?
若竹姫は周囲を見渡した。
……百目の獣姫がいない。
いつの間にか百目の獣姫が若竹姫の視界の中から消えていた。(まるで最初から、鳥の巣の屋根の上には若竹姫一人だけしかいなかったかのように、その小さな姿は明るい星月夜の夜の闇の中に消えていた)
消えた? 逃げ出したの?
ううん。そんなはずはない。
若竹姫はもう一度、注意深く周囲の風景(明るい夜)を観察する。
すると、遠くの屋根の上に百目の獣姫はいた。(やっぱりいた)
百目の獣姫は一瞬で遠くの場所まで移動をしていた自分を見て、(見てわかるくらいに)子供みたいな顔で驚いている若竹姫を見て、くすくすと楽しそうに笑っている。
若竹姫は(その顔をもとの無表情の顔に戻して)もう一度、百目の獣姫に向かって明るい夜の中を音もなく全速力で駆け出していく。
百目の獣姫はまた、追いかけてきた若竹姫を見て楽しそうな顔で、戯けた様子で、逃げ出していく。
二人の追いかけっこは続く。
一刻一刻と時が過ぎていく。
……、でも、若竹姫は百目の獣姫を捕まえることが(どんなに時間がたっても)どうしてもできなかった。
百目の獣姫はまるで若竹姫の心を(本当に)読んでいるようだった。(そうじゃないと絶対に若竹姫の手を避けられないような動きをしていた)
あるいは鏡のように若竹姫の心を映し出しているようにも思えた。追いかけっこの間、若竹姫の思う人たちの顔に、百目の獣姫はその顔を次々に変えていった。
やがて、その顔が『お母さま』の顔になったとき、思わずその懐かしい顔を見て、若竹姫は鳥の巣の屋根の上で、ぴたっと動きを止めて、そのまま一歩も動けなくなった。
そのお母さまの顔は、若竹姫の失われた思い出を百目の獣姫は知っているかのように、もう若竹姫も忘れてしまっていた(どうしても思い出は消えていってしまった)生きていたときのお母さまの顔そのものだった。
……これが百目の鬼。
獣姫。
若竹姫はその大きな瞳から、透明な涙を流しながら、思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます