34
若竹姫は腰をかがめて、いつまでも走り出せるように、姿勢を変える。(足に大きな力をためる)
この白い幽霊の女の子がもし、本物の百目の鬼なのだとしたら、白藤の宮のそばには絶対に近づけるわけにはいかなった。(そう。絶対にだ)
……たとえ、その代わりに私の命が犠牲になったとしても構わない。
若竹姫は(本当に、心から)思う。
若竹姫はじっと、百目の獣姫の姿を見つめる。
……、見てはいけないと言われる鬼。(その恐ろしい鬼の顔をじっと強い目で見つめる)
その鬼と出会うと、その鬼の妖艶な魅力のある顔に、この世のものとは思えない美しい姿形に魅了されると、そのまま、手を引かれて、あの世に連れて行かれてしまうとされている、怖い、怖い悪霊。鬼。
……、でも、実際に会ってみると、その姿形に恐怖は感じない。
むしろ、安心感のようなものさえ感じる。
この白い幽霊の女の子について行きたいと(若竹姫は)思う。ずっと一緒にいたいと、そう思わせるような不思議な魅力が、確かにこの鬼にはある。(わかっているのに、頭の中がくらくらする)
それが一番怖い、この鬼のもっとも恐ろしい力、なのだろうか? (真っ暗な闇の中に引き込まれてしまうような、そんな冷たくて不気味な怖さがある。穴の中に落ちるような。自分のたっている地面がなくなってしまうような。真っ逆さまに落っこちるような。恐ろしさ)
若竹姫は視線を百目の獣姫に向けたままで、(自分の意識をはっきりとさせるために)心の中で自分の背後でぐっすりと安心して眠りについている、白藤の宮のことを思う。(愛している人のことを思い浮かべる)
……、白藤の宮。
どうか私を守ってください。
どうか私に、あなたの力を貸してください。
若竹姫は思う。
強く、強く、思う。
それから若竹姫は自分の愛刀である、守り刀でもある、白い刀を思い浮かべる。
鬼を切るための刀。
若竹姫の生まれた古い神社に伝わっている山々の神様が鍛えた神刀。(神様の力が宿っている小太刀のような白い持ち手の刀)その美しい白い刀は今、若竹姫のそばにはない。
(……だからこそ、こうして安心して、百目の鬼はくすくすと楽しそうに笑いながら私の前に姿を現したのかもしれない)
「……、若竹。こっちにいらっしゃい」
と眠っている白藤の宮が、とても幸せそうな声で若竹姫の名前を呼んだ。(きっととても小さな童のころの若竹姫と夢の中で一緒に楽しく遊んでいるのだろう)
その声を聞いて、(ぴくっと小さな耳を動かして)百目の獣姫が若竹姫の後ろを覗き込むようにして、顔を斜めにして、白藤の宮のことを見ようとした。
その瞬間、若竹姫は百目の獣姫に向かって、思いっきり、(ためた力を解放するようにして)畳をけって、(思いっきり蹴ったはずなのに音はまったくしなかった)まるで森に住む獣のように、(あるいは、森に吹く風のように)とても素早い動きで走り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます