手違いから始まる警備配信業務!

バショウ科バショウ属

ベルトラン宇宙港より配信中!

 数多のヒューマノイドが銀河へ漕ぎ出してから幾星霜。

 様々な文明が衝突し、混じり合い、ちょうどいい塩梅に落ち着いた時代。

 世界に泡沫の平穏が訪れていた――


≪宇宙怪獣ってのは話が違うでしょうが!≫


 平穏から程遠い少女の叫び声、そして鈍い爆発音が響き渡った。

 の中を縦横無尽に駆けるのは、辺境惑星『地球』の民族衣装を纏う紅白の少女。

 その背後からは紅蓮の炎を顎に宿す宇宙怪獣が迫る。


≪もっと可愛げある原生生ぶ――あっつ!?≫

「わわっ……あぶない…!」


 『配信中』と表示された画面を見つめ、視聴者の一人は息を呑む。

 巨木を撫で切る光線を紙一重で躱した少女は、仮想空間の人物ではない。


≪こんなの触れ合い配信じゃないじゃん!≫


 広大な銀河の何処かでエンターテイメントを提供すべく奮闘するストリーマー配信者だ。


「が、がんばって…!」


 細い指が支える端末の画面右端には、視聴者のコメントが流れていく。

 銀河を跨ぐ異言語の数々が瞬時に翻訳され、共通語となって表示される。


≪宇宙怪獣マウモン、かわいいでしょ≫

≪名前だけっていう≫

≪いつから触れ合いだと錯覚していた?≫

≪やだなぁ、予定調和ですよ≫

≪がんばれミカン、負けるなミカン!≫


 次から次へと流れるコメント。

 必死に駆け回る紅白の少女は、銀河規模で人気を誇るストリーマーの1人だ。


 この配信の視聴者――同時接続数は天文学的数値を弾き出している。


 平穏が訪れた世界で、人々は新たな刺激を求めるようになった。

 そんな時勢に隆盛を誇っているのが、この銀河配信だ。


「新人!」

「ぁわわわっ…」


 薄暗い室内に響き渡る声に慌てふためく人影。

 端末の音量を消し、配信画面を急いで落とす。


「あ――うっ」


 しかし、手元に集中するあまり丸椅子から無様に滑り落ちる。


「交代の時間だぞ~…って何やってんだ、お前?」


 室内の照明を点灯させた青年は、を半眼で見下ろす。

 端末を守るべく顔から床へ突っ込み、臀部を突き出している。


「な、なんでもありましぇん…!」


 慌てて上半身を起こせば、はち切れそうなシャツの胸元が揺れる。

 異性であれば誰もが息を呑むだろう質量。

 それを備えた女は鼻を押さえながら、のろのろと立ち上がる。


 青年の首が微かに上へ向く――自信なさげな瞳が青年を見下ろす。


 驚くべき長身だが、背筋の丸まった姿は非常に頼りない。

 太腿に巻かれたハンドガンのホルスターが玩具のように見える。


「ほんとに大丈夫か、マキ?」

「はぃ……」


 彼女の名は、イヌイ・マキ。

 警備会社『吉田SS』に所属する警備員であり、本日が初仕事。

 仕事以外で滅多に外出しないインドア派で、趣味は推し活という荒事から最も程遠い人種だ。


「カメラ、忘れるなよ」


 先輩は自身の胸元に装着したボディカメラを指で小突く。

 オートマタではなく人力に頼る警備業務を記録監視するために支給されたアナクロな機材だ。


「忘れるとだぞ?」

「はいっ」


 苦笑を浮かべた先輩が待機室の奥に消えるまで、マキは頭を下げて見送る。

 嵐が過ぎ去るのを待つように。


「……今度はしくじらないようにしないと」


 サイズの合っていない支給品のジャケットを握り締め、独り言ちるマキ。


『こんなこともできないの?』

『もう明日から来なくていいよ』

『その体で稼いだら?』


 脳裏を過る苦い記憶。

 インドア派と言っても事務は苦手で、生来の気質から職場では孤立しがちだった。

 苦々しい気分から逃れるように頭を振り、胸元に装着したボディカメラを起動させる。

 『吉田SS』のサーバーに接続すれば準備完了だ。


「あ、あれ?」


 しかし、初めて取り扱う機材に悪戦苦闘する。

 アナクロゆえに操作が不親切、加えてマキは手先が不器用であった。


「あ……繋がった、のかな?」


 網膜投影された映像が『配信中』に切り替わったことを確認し、マキは胸を撫で下ろす。

 ホルスターの固定を確かめ、バックルから下がる小綺麗な鈴に触れた。


「ミカンちゃん、私……がんばるよっ」


 推しのグッズを祈るように握るマキ。

 故郷では軟弱と蔑まれ、許されなかった儀式。

 待機室に満ちる静謐の中で、臆病な己を奮い立たせる。


「……よしっ」


 マキは意を決し、職場へと一歩踏み出す。

 男性用のタクティカルブーツが合成樹脂の床を強かに叩いた。


 重い足音を吸い込む広大な空間――ここはベルトラン宇宙港の物流倉庫。


 様々な星系から届く荷物を集積し、ハビタット居住区へ送り出す場所だ。

 規格化されたコンテナが整然と並べられ、輸送される時を今か今かと待っている。

 この整理整頓された空間を共同墓地カタコンベに喩える者もいるという。


「24、良し。25、良し。26、良し……」


 捕食者を警戒する小動物のように慎重な足取りで進む。

 時折、流体アクチュエータの駆動音が響き、警告色を施された無人フォークリフトがコンテナを運び出していく。

 田舎宇宙港であるベルトランは完全無人化されおらず、マキのような警備員が巡回している。

 密航者に対処できる無人警備システムとは基本的に高価だ。

 これまで問題がなかったのだから導入が見送られるのも仕方のない話だった。


「異常は、ありませんよね…?」


 立派な胸を庇うように背中を丸め、周囲を窺うマキ。

 癖毛のひどい黒髪をかき分け、ウサギのような長耳が揺れ動く。

 そして――


「……あのコンテナ」


 黒い瞳が通路の隅に置かれたコンテナを映す。

 共通語で31と書かれたコンテナに特筆すべき異常は見られない。

 当然、警報ランプも灯っていなかった。


「い、いやだなぁ……」


 しかし、マキはライトを逆手に構え、おっかなびっくり近づく。


「何もない……何もない、ですよね?」


 上司や先輩の言葉を反芻し、自らに言い聞かせる。

 そうそう問題など起こるはずがない。


 それでも――イヌイ・マキの足は止まらない。


 異変があれば確認する、マキはマニュアル通りに行動していた。

 コンテナの外板にライトを当て、次いで固定部、通路の床面を照らす。

 一帯に散らばる小さな埃の凝集体は静電気の生じた証左だ。

 そして、微かに臭う刺激臭は――


「うぅ……気のせいじゃない」


 口を引き結び、今にも泣き出しそうな表情を浮かべるマキ。

 荒事には不向きと会社からも評価されていた。


 そんな新米警備員は息を吸い――ホルスターからハンドガンを抜く。


 銃口は一切の迷いなく通路の反対側へ向けられる。

 そこは虚空、誰もいるはずがない。


「う、動かないでください…!」


 否、いないはずだった。


『……どうやって気が付いた?』


 男の濁声が通路の虚空より響く。

 微かな閃光が瞬き、鼻を刺すようなオゾン臭と共に人影が浮かび上がる。


 光学迷彩――宇宙港での使用は禁止されているステルス技術。


 それを解除したのは、全身サイボーグの大男だった。

 強化セラミックに覆われた四肢は、戦闘用チューンが施されていると一目で分かる。

 軍人でなければ違法、そして眼前の男は軍人などではない。


「え、えっと……とにかく動かないでくださいっ」


 脱力感を誘う震え声が、静寂に包まれた物流倉庫を反響する。

 秩序を守らぬアウトロー密航者を前に、悠長な警告だった。


「こ、こちらは吉田SSです! 戦闘用サイボーグの立ち入――」

『ただのか』


 鼻白む男は右腕を上げ、強化セラミック製の手甲を突きつけように構えた。


『見ちまった以上、死んでくれ』


 圧搾空気の軽々しい銃声が鳴り響く。


「ひょわぁ!?」


 情けない悲鳴、そしてコンテナを穿つ鈍い金属音。

 白いシャツの切れ端が舞い、ボディカメラが床面を転がる。


『運が良い』


 男は退屈そうに鼻を鳴らす。

 右腕から迫り出した銃口が、シャツの胸元を押さえてうずくまるマキへと向く。


『いや、良くはねぇか』


 片手では隠し切れない豊満な胸を見て、男は下卑た笑いを漏らす。

 その肉感的な体に加え、涙目の弱々しい表情は加虐心を煽るものだ。


『時間がありゃ楽しんでやったが、俺も暇じゃねぇんだ』


 しかし、銀河でも名の売れたアウトローには仕事があった。

 不運にも出会ってしまった警備員は始末する。

 次はなど起きぬよう、光学迷彩を用いて確実に。


「うぅ……特注のシャツなのに…」


 マキは虚空に溶けて消える男を見ていない。

 絶体絶命の危機に直面しながら、胸元の弾けたシャツの心配をしていた。

 危機感が抜け落ちている。


「で、でも……これで」


 のろのろと立ち上がり、涙を湛える瞳が通路の一角へ向く。

 深呼吸を一つ、ハンドガンのセーフティ安全装置を解除。


「正当防衛成立……ですよね?」


 そして、


「制圧します…!」


 イヌイ・マキは、あくまでマニュアル通りに動いていた。

 今度こそ失敗しないために。


 ハンドガンの銃口が視線に追従――おもむろにトリガーを絞る。


 閃光と銃声。

 一切の躊躇なく虚空に向かって発砲。

 誰もいるはずのない灰色の空間を――


『な、に…?』


 弾丸が貫く。

 微かな閃光が瞬き、現空間へ引き摺り出される男。

 その右腕が床に向かって力なく垂れ下がった。


 戦闘用サイボーグは装甲化されている――関節部を除いて。


 暴徒鎮圧用弾頭『シビレール』は驚異的な精度で男の右肩関節を射抜いていた。

 まるで針の穴を通すような、信じ難い射撃。


『どうなって――っ!?』


 顔を驚愕で歪める男は硬質な金属音を聞く。

 瞬時に左腕を向けるも、通路には1発の薬莢が転がるだけ。


『くそっ』


 足音が背後へと回り、弾かれたように通路の奥へと前転。

 全身サイボーグの重量に樹脂製の床が悲鳴を上げる。


『どこへ行きやがった!』


 コンテナに背を預け、右腕の死角へ入れまいと左半身を前に構える。

 整然と並べられたコンテナの隙間を影が縫う。

 埃の舞う物流倉庫に響き渡る足音。


『そこかっ』


 タクティカルブーツの重い足音を追い、左腕を突き出した。

 手甲より迫り出す3連装ニードルガンの銃口。

 響く銃声は火薬式特有の発射音――


『ぐぉ!?』


 左膝の関節部に衝撃が走り、左脚から感覚が失われる。

 残された左腕を床面に突くことで転倒を回避するも、反撃は不可能。

 そこへ迫る足音。

 金属製の薬莢が床を叩き、すかさず銃声が響く。


『この俺っがぁ!』


 左肩に衝撃が走り、今度こそ埃臭い床へ頭から突っ込む。


 手も足も出ない――田舎宇宙港の警備員相手に。


 1分に満たない戦闘で全身サイボーグは完全に無力化された。

 軍用サイボーグと交戦しても、ここまで一方的な戦闘にはならない。


『お前は――』


 鼻先で止まるタクティカルブーツの足音。

 歩み寄ってきた警備員を床から見上げ、その正体を確かめんとする。


『一体、何者なんだ…!』


 問わずにはいられない。


「え……吉田SSのイヌイ・マキです」


 鬼気迫る誰何に対し、恐る恐る名乗るマキは人畜無害に見えた。

 しかし、銃口は微動だにせず、呼吸も平常。

 異常だった。


『お前のような警備員がいるか!』


 無様に喚き散らす男を前に、マキは気まずそうに視線を泳がせる。


「や、やっぱり向いてませんよね……」


 その視線を手元のハンドガンに落とし、力なく垂れる長耳。


に頼るなんて半人前ですよね……お母さんにも言われました」

『は?』


 呆気に取られる男は次の言葉を紡げない。

 1発しか撃てない中折れ式のハンドガン豆鉄砲で、戦闘用チューンされた全身サイボーグを制圧するなど非常識だ。

 田舎宇宙港に居ていい人材ではない。


「私は何者にもなれない、半端者なんです……」


 当の本人は瞳の中にブラックホールのような闇を宿し、辛気臭い空気を醸している。

 理解の追いつかないアウトローは埃臭さの中で思考を放棄した。

 これは悪い夢だと。


「あ……係長からだ」


 すっかり消沈したマキはシャツの胸元から手を離し、インカムに手を当てる。


≪マキ君!≫

「ひぃ…!」


 インカムから発される野太い男の声。

 マキは反射的に震え上がり、謝罪の言葉を探して視線を右往左往させる。


≪いますぐカメラを切るんだ! 銀河配信されとるぞ!≫

「はぇ?」


 涙目を瞬かせ、弾き飛ばされたカメラとの接続を確認する。

 網膜投影された表示を確認し、マキの表情は急速に青ざめていく。

 床に転がるカメラが映すのは、悩ましい己の姿に――


≪半人前とは?≫

≪お前のような警備員がいるか!≫

≪密航者と意見が合うとはなぁ…≫

≪マキパイ!マキパイ!≫

≪でかすぎんだろ≫

≪マキちゃんかわいいね……君も共同体宇宙軍に来ないかい?≫


 視界の端を光速の勢いで流れていく無数のコメント。

 見慣れた『同時接続数』の表示、そして『8,030,019,991』という数字。

 マキは『吉田SS』のサーバーではなく、動画配信サービス『天劫』に誤って接続していたのだ。


「ひょぇぇぇ!?」


 ベルトラン宇宙港に銀河一情けない悲鳴が響き渡る。

 かくして、新人警備員イヌイ・マキは鮮烈なるストリーマーデビューを果たしたのであった。

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