第20話 ~救出作戦1~

 あの事件から数日が経った。


 ネットでは、志穂たちの前に現れたあの白衣のロボットの主張に対しての議論が繰り広げられていた。


 現実では未だに数万人がダンジョンに閉じ込められている。


 志穂たちの様に脱出したケースは少なく、手掛かりを欲した警察の方々に何時間も掛けて事細かく実況見分を取らされて疲れたと志穂は愚痴っていた。


 おばあちゃんはいつにも増して忙しそうで、最近は家にも帰って来ていない。


 どうやら様々なダンジョンに潜って救出作業を続けているらしい。


「おはよう志穂」


「うん、おはよ」


 学校の昼下がり、昼ご飯を食べ終わった私は四つ隣の席に居る志穂に声を掛けた。


 最近、志穂は元気が無い。


「……」


 あの事件、俗に言うダンジョンロックダウン事件当日、志穂の家族はダンジョンに居た。


 その日は観光施設に改装されたダンジョンのグランドオープンと重なっていたらしく、探索者じゃない人でもダンジョン内に入れた。


 勿論本業の探索者が引率していたらしいけど、未だに脱出の報告が

 来ていないという。


 私はその話を聞いた後おばあちゃんに掛け合ったけど、それは厳しいと言われた。


 どうやら政府直属で動いている為、自分勝手な行動を許されていないそうだ。


「ねぇ美瑠、お願いがあるんだけど」


「なに?」


「一緒に私の家族を助けて」


「うん」


 今にも泣き出しそうな顔でそう言われたら断れないよ……。


 それ以前に元より助けに行くつもりだったし断る理由は無い。


 いつからだろうか、人を助けないといけないという使命感に駆られ出したのは……。


 !


 私たちは学業を放り出して志穂の家族を助けるため、例の観光施設に足を運んだ。


 おばあちゃんの調べによると、ここのダンジョンは外から侵入を許す構造をしていて、中に入るだけなら知能の無い動物だとしても容易だと言っていた。


 私と志穂がロックダウン中のダンジョンに潜るという事はおばあちゃんは知らない、言ったら確実に止められるから。


「バリケードが張ってあるけどあの高さなら飛び越えられそう」


 隣で志穂が双眼鏡を覗きながら周囲の状況を話す。


 ロックダウン中のダンジョンはバリケードで塞がれている事が多いとの事前情報をネットで入手してた私は、そのままそこに向かうのではなくどこからから様子を見る事にしたため、今私たちが居るのはそのダンジョンが見下ろせる隣のビルだ。


「私の能力を使うまでもないね」


「美瑠の能力だけじゃ飛び越えられなそうだけど?」


「空中で使うと滑空できるの!配信観てない?」


「ふふっ、冗談」


 志穂、いつも通りに戻って来てる。


 やっぱり実際にダンジョンを見て手の届く範囲だと分かったから希望が湧いたのかな。


「ここからでも巨大な魔力が伝わって来る……」


「よっ!久しぶり」


 私たちが最奥から感じる澱んだ魔力に息を飲んでいると、後ろから声を掛けられた。


朱音あかねさん!来てくれたんですね」


「この人が?」


「そう、少し前に一緒に魔石掘りをした――うぇ!?」


 志穂に朱音さんのことを説明しようとすると、朱音さんがいきなり肩を組んできた。


 首筋に朱音さんの赤い髪が垂れて来てくすぐったい。


「いや~久しぶりだね!は大変だったねぇ~」


 朱音さん身長高くて差が凄いけど、膝立ちしてまで肩を組む必要があったのかな?なんて考えていると、またあの時の話。


 朱音さんの言う通り久しぶりに会って忘れてたけど、この人かなりスキンシップが激しい……正直苦手なタイプだけど、あの時注意を引いてくれなかったら私は死んでいたかもしれない。


 あとは推してる配信者が同じって共通点で、探索者として情報交換も兼ね度々連絡を取り合っていた。


「あの時って?」


「……」


「そ、そろそろダンジョン行こうか!ほら貴女の家族も心配だし!ね?」


「うん……ごめん」


 企業の振りをし違法に魔石を収集し売り捌く重力使いの男、彼との事件は地域新聞の端に載ったくらいの出来事で済み、今ではほとんど騒がれていないのだが、たまにDtubeのコメント欄に”殺人者”なんてことが書かれたりする。


 私自身もトラウマで、あの時は自身の能力が増幅すると同時に目の前のを殺せ!という感情が内から溢れ出し制御が効かなかった。


 今でも能力を使う度にフラッシュバックしたりする。


「中々警備がザルだね……。こういう時って逆に罠かも~って思ったりしない?」


「私もどこか怪しいと思う」


「二人共勘繰り過ぎだよ。そもそもここ海辺だし、さっき居たビルはもう廃業してる。田舎の町起こしみたいな感じで建てられた施設だし、そもそもここら辺は人気が少ないのよ」


 志穂はいつの間にかいつもの志穂じゃなくなっていた。


 凄く殺気立ってるし速足……当たり前か、家族の安否が分からないんだから。


 さっきのは空元気だったのかもしれない。


「うわ、真っ白……。ゲートの奥はまるで濃霧にでも繋がっているみたいだね」


「朱音さんは初めて見るんだっけ?」


「えぇ、ネットニュースの記事で写真は見たけど肉眼は初めて……これ本当に入れるわけ?」


 朱音さんは初めてだというのに、ゲートに手を突っ込んだり外枠を触ったり、興味深そうにゲートの周りをウロウロしていた。


 この人には恐怖心というものがないのだろうか、なんて半ば呆れているとその横で志穂は迷わず霧に飛び込んだ。


 一度入ったことがあるのは心理的に強いけど、流石に……でも、家族や友達のことだったら私もなりふり構っていられなくなると思う。


 !


「亮子さん、次の引率の時間ですよ。僕はもうヘトヘトです……」


 引率一回目終了から三十分ほどクーラーの効いた涼しい部屋で休憩していると、部屋の扉が開いて田中君が入って来た。


 彼は職場の部下で、同じ社会人探索者チームに入っている。


 この単発バイトはそれなりに時給が高く、探索者の資格手当が魅力的だったので応募してみた。


 見事割り当てられた私たちは、無理難題を申し付けて来る客風情を宥め、商業施設内の説明をカンペ無しで求められて歩きっぱなしという過酷な仕事に辟易していた。


 そして、商業施設と言えど根本はダンジョンなので危険が多い区画もあり、その状態で無力な一般市民を引率するのはとてもストレスを感じる。


 それに加えてふざけた黄色の猫の着ぐるみを着させられて、まったくあの狭い視界でどう周りを警戒すれば良いのかしら……それに何よりも暑い。


「田中君お疲れ様。まぁ高い時給に釣られた私たちが悪いのだけれども、蓋を開けてみたらやってることはほとんど幼稚園生の御守りと大差無いわ。私たちを感情の無いロボットだとでも思っているのかしら……まぁ一つ良かった点はいつも私に無理難題を吹っ掛ける上司はアイツらに比べたらかなりマシだというのに気付けたことかしら?」


「まぁまぁ亮子さんその辺に……マシな人もたくさん居ますから」


 本当怒りが収まらない……でも客の前ではそんな態度見せないようにしなくちゃ。


 部屋に直置きしてあった着ぐるみを手に取ると休憩室から出た。


 そこから数メートル離れた場所にある会場の扉の前で立ち止まり、先程まで愚痴っていたことをすっかり頭の隅に追いやって気持ちを切り替え、扉を開けて部屋に入った。


 暑い……けどこれでもかなり対策を施した方……。


 まさか高校生の時に友達とふざけて行った着ぐるみバイトの暑さ対策が、ここに来て生きるとは夢にも思わなかったわ。


「皆さんこんにちは!今日はオープン記念に遊びに来てくれてありがとう!今日は私たちの―――」


 !


 日も少し暮れてきてモール内も人が捌けてきた頃。


「やっと最後の引率だー!」


「亮子さんテンション高いですね」


「なんか途中から役に入っちゃってさぁ!今の気分は前日行く気の無かった予定に惰性で行った後、結局当日楽しめて帰っちゃうのと同じ……まぁ確かに疲れるけど仕事を上手くこなすとかなり達成感があるのよね」


「それ少し分かります。じゃあそろそろ時間ですね」


 もはや何度目かも分からない着ぐるみ状態、田中君も慣れて来たのか最初は私に着るのを手伝ってもらっていた彼も、いつの間にか自分一人で着られるようになっていた。


 私はというと着ぐるみの中に馴染みの剣を仕込んでも、周囲に音でバレないくらいには着ぐるみの身体操作には慣れてきたところだ。


 最初の内は着ぐるみ内に掛けてあった剣が足の上に落ちて痛い目を見ていた。


 最後くらいの引率は二人で行おうという運営側の要らない提案を飲むしかなかった私たちはあの扉の前に立った。


 このバイト前は同じ職場の上司部下の関係、同じチームのメンバーくらいの認識が、歴戦の戦場を潜り抜けてきた猛者同士くらいの仲間意識が芽生えていた。


「さて、最後の引率行きますか」


 先ずは私と田中君の紹介、と言っても着ぐるみの方のだけどもね。


「私は猫の妖精のマヤだよ!」


「僕はカメレオンの妖精サイラスさ!」


「「今日はここ、アビスモールに来てくれてありがとう!」」


 ここのモールを計画した人たちは一体何を思ってこのモールに、アビスモールなんておどろおどろしい名前を付けたんだろうと毎回思っている。


 肝心の引率相手は七人の子供を引き連れた大家族で、母親の子供の奔放さを巧みに制御する上手さはまさに本物の歴戦の猛者であり、私はいつの間にかその母親に羨望の眼差しを向けていた。


 そして一通り自己紹介を終えると、次はモール内の紹介に入る。


 最初に服屋や飲食店などを案内し、モールの目玉である巨大なダンジョンの吹き抜けを使った遊園地、更にはダンジョン内ホテルの紹介をも済ます。


 そして探索者資格を有した引率者の引率でのみ侵入が許されるダンジョンエリアの紹介に入った。


「お母さんここ怖い~!」


「ねぇアタシ帰って良い?疲れたんだけど!」


「そんなこと言わないの、きっとここから先はアナタたちが気に入るわ!お姉ちゃんみたいな探索者になりたかったらこんなところで怖がってちゃなれないわよ!」


「それもやだ~!」


アタシは行くもんね!」


 まさに鶴の一声である。


「ここではダンジョン内部で採れる色々なモノで作ったアクセサリーなどが売ってるんだ!」


 どうやら子供たちは既に魔石に夢中らしく、その売店を全てひっくり返すんじゃないかって勢いで物色をしていた。


 そしてダンジョンエリアの紹介が終わり、何事も無く全てが終わりさぁ帰ろうって時に警報が鳴った。


『魔力濃度上昇を確認!ダンジョンエリアに居るお客様・スタッフなどは直ちにそのエリアを出てください!繰り返します!ダンジョンエリアに居るお客―――』


「田中君!早くここから脱出するわよ」


「はい、皆さん落ち着いてください!落ち着いて!」


「ママァこあいぃ~!」


「ウ、ウワァアアアン!」


「私たちに従えば安全に出られます!だから落ち着いてください!」


 子供に理論は伝わりづらい、こういう時に本職の人は焦らずゆっくりと脱出を促すんだろうけど、私自身落ち着いていられる状況じゃない。


 探索者のチームに入っているとは言え、実際にやってることは討伐とかそんな大層なことではなく、ダンジョン内の生き物や景色の写真を撮るということばかり。


 強いて討伐するのは小型の景色の邪魔になる魔物くらいで、大型の魔物とは対峙したことが無い。


 それ以前に私の能力は【隠密結界】、名前の通り気配や声等を外部に漏らさない空間を作る程度で完全に戦闘向きじゃない。


 田中君の能力は【体感時間超過タキサイキア】で、これも名前の通り自身の体感時間を延ばす能力で、どちらかと言えば田中君の方が戦闘向き。


 魔力濃度の上昇による事件と言えば、探索者であればとっさに脳裏に過る”イレギュラー”の存在、それらを警戒しながらダンジョンエリアの脱出を目指す。


 私たちの居た店はダンジョンエリアの入り口まで約20m、距離にしてみると短く逃げるだけなら簡単だけれども、子供たちが居る以上そう簡単にはいかない。


 そうして段々と時間が経って行くと、ダンジョンエリアの奥から何かを破る音が聞こえた。


 そして不規則な足音が近付いて来た。


「あのお店に入りましょう!急いで!」


 私は咄嗟に店に入るよう促すと自動ドアを潜りそこに隠密結界を作った。


「この結界の中なら見つからないはずです……今はこの足音が過ぎ去るのを待ちましょう」

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