短々短編

霜月零二

目覚め

 飼っていた小鳥を初めて庭に埋めた日、きっと友達が死んだらおんなじ気持ちになるんだと思って、夜がくるのが怖くてしかたなかった。

 その夜、ベッドで薄目をあけていると、リビングからきこえてくる父さんと母さんの笑い声が、いつか死んでしまう人たちの唄のようにきこえて、どうしようもなく恐ろしかった。遠くからきこえてくる声は、どうしてこんなにもさびしいんだろう。じくじくと胸がしめつけられるようで、大人たちの夜の世界に、叫び出したい気持ちをおさえているうち眠りに落ち、気づいたら誕生日の朝だった。

 リビングでは味噌汁のにおいがした。起きてきたぼくに、

「おはよう、誕生日おめでとう」

 と母さんがいうので、なにもなかったふりをして、明るい声でおはようと返した。

 日曜の朝のテレビでは、戦隊モノのレッドが巨大な変形銃をぶっ放していて、正義の味方にも消せない恐怖を知ってしまった十歳のぼくは、部屋のすみにころがる玩具にも不安をおぼえるほどだった。

 不自然なほどあかるい顔をつくったぼくは

「おはよう!」

 と鳥籠にむかって叫び、その虚無の空間にいまさら気づいた。

 ひきつった顔を母さんに見せないように、

「トイレ!」

 とかけ込んだ。母さんは笑っていたと思う。あたたかな家庭。しあわせの風景。まるきりファミリードラマの典型で、いつか手品の煙のように手をひらいたら消えてしまう。父さんが寝ぼけた顔で起きてきて、目玉焼きは半熟で、ベーコンはカリカリで、食パンは半分焦げていて、ぼくはまだ眠っているんだ、目が覚めたらきっと父さんも母さんも、ぼくだってだれも、この世界にいないんだ、そう思った。

 せかいはまだ眠っていて、ぼくはせかいのゆめのなかにいて、せかいがゆめをみている、ゆめがゆめをみている、せかいがせかいをゆめみている、ゆめがゆめをゆめみている——。

 

 庭に埋めた小鳥が籠のなか、「おはよう」とぼくにあいさつをした。

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