八十四日目・夜
夜になっても俺は自分の部屋でチェアに沈み込み、電気も
『――この家じゃあ昔から、男の子が亡くなる事案が発生しとるんですよ。同じ年頃の子が、ほぼ同じ症状でね』
しかもその
救急隊員も〝やっぱり〟と漏らしていた以上、刑事さんの話は
思えば、自治会のメンバーを始め町内の人たちは最初から様子がおかしかった。時折感じた〝よそものへの
こうなってくると、火戸さんご夫妻が何故俺たちに優しくしてくれるのか、その行為にすら何か裏がありそうな気がしてくる――
「――ダメだダメだ。塞ぎ込んだら余計にマイナスにいっちまう」
俺はそこで初めて部屋の明かりを
俺は
突然背後からカタンと音が鳴り、俺は驚きと恐怖のあまりに砂袋を放り投げて振り返った。そこには誰もいない。ただ壁に立てかけてあった三脚つきのカメラが倒れていただけだった。俺は逆だった神経と胸を
あのカメラで、最上さんは確か動画を撮影していたはずだ。もしかしたら、美桜がカメラに映り込んでいないだろうか。あの子がどこに消えてしまったのか、手がかりがないだろうか。
確認だけさせて貰って、終わったら元に戻せばいい。現場を保全すると約束はしたが、何を隠す訳でも壊す訳でもない。それに美桜の発見に繋がる何かがここに収められているとしたらそれを今ここで見なければ、それこそ俺は一生後悔してしまうだろう――
俺は自分を正当化する言葉を次々と並べ立て、トイレ掃除もそこそこにカメラを手にした。いわゆるコンデジと呼ばれている種類の良く見かけるカメラで、三脚のほうが圧倒的に重い。俺は本体からSDカードを取り出し、自分のPCに挿し込んで中身を確認してみた。
最初は移動の新幹線の中で外の景色を写しているファイルだった。車内の様子は聞こえるが彼自身は何も話していないので、後で編集して入れる用の風景映像なのかもしれない。
『はい、テンドーチャンネルの〝テンドーダイレクト〟が始まりました~。もう皆さん知っていると思いますけれどね、
『へえ~。電話でご依頼をいただいた時には聞いてなかったなその話――』
ここらへんの動画は正直どうでもいい。美桜がまだ消えていない時のものだしざっと流して確認するだけで次のファイルへ――
『う~わ、こりゃあ雰囲気あるわ』
映像の中の最上さんがそう
『いや、雰囲気ありますね~この家。見た目は真新しいんですよ? 動画をご視聴の皆さんも分かると思うんですけど、外と中とじゃ全然印象が違うでしょ。でもねえ、何か空気がすごく重いんですよ、この家。こりゃ絶対何かありますね~。でもこの最上天道にかかれば――』
彼が〝楽屋〟と称して荷物を広げていた部屋で自撮りをしつつ、そして部屋の様子をざっと撮影しながら自分のフォロワー向けにコメントをしているようだ。この時点で最上さんは俺や明奈が気づいていたキッチンの異臭に反応していなかったはずで、今も言及していないから、冷静に振り返ると彼は〝
『さて、お待たせ致しました。ただ今よりこの最上天道が、この家に巣食う悪い霊を退治して皆さんの
この口上から始まるサイズの大きな動画ファイルが今回のメインで、
【
サムネにも〝
『はい、テンドーチャンネルの〝テンドーダイレクト〟が始まりました~。もう皆さん知っていると思いますけれどね――』
テンドーチャンネルはいつもこの決まり文句から始まる。
『さて、今回はですね、視聴者の皆さんから一番多くコメントを頂いた、僕の
とりあえずオープニングは飛ばそう。肝心の解説は――と、字幕付きで最後まで
――コホッ、ゴホン
カメラに入っていた映像はここで最上さんが少し咳き込んでいたが、すぐに気を取り直して修祓言を続けて
――あとはずっとこの繰り返しだった。
途中から何か雰囲気が変わっているというか、
『――!? な、なに、何なん、これ……!?』
明奈の声が聞こえてきた。それと同時に画面に映っている二本の
『み、美桜……? あ、あんまりマジマジと見たら――』
『ヒッ』
ここはブレーカーが落ちた場面だった。強い光源が
『う、うおあっ!?』
俺の叫び声とともに、それまで唯一の光源になっていた
――そして次の瞬間、最上さんのうめき声が暗闇の中に響き渡り始める。
『ゔあ゛……ゔゔ――あ゛……ぷ、ぷにょっ……ゴボッ――――ヨケイナ――――コトヲ』
「えっ――」
この時、わずかに一瞬……それこそ十数分の一秒の
「いっ、今の――何だ……?」
画面には、一瞬だけ喉に手を当てて上を見上げている最上さんの姿が映り込み、暗転すると再び見えなくなった。問題はその時一瞬だけ映り込んだ最上さんの背後に、白い肌をした何か――または白い布切れを巻き付けたような何かが立っていたことだった。そのさらに後ろに、子供の顔〝だけ〟が多数映り込んでいたような気がした。
さらに不思議なことに、画面が再び暗転して見えなくなった最上さんや子供の顔と異なり、その白い何かは残像が数秒残ってゆるやかに消えていった。何が起きていたのか、俺には全然理解できなかった。明らかに自然の摂理に反した現象が、映像の中に残っていた。
『み――美桜はっ!? 美桜はいるかっ!?』
『え、えっ、み、美桜っ!?』
そして俺の叫び声と、それに反応した明奈の絶叫が入ってくる。その時確か明かりが戻ったはずなのだが、画面は相変わらず黒いままで音だけ鮮明に入っている。俺や明奈がドタバタと走り回ったり
レンズを何かが
『ぎゃああああっ!?』
そして今度は俺の絶叫とともにガタガタンと何かが崩れ倒れる音、それに続いて明奈の声が遠ざかっていく様子が、やはり〝聞き取れた〟。
『み、美桜おおおっ!? どこにいるのっ! ママがいるから出ていらっしゃああいっ!!』
その直後、いきなり画面がグレースケールの試験電波放送画面に切り替わり、〝ピーー〟と電子音が数秒鳴り響いたあと、一瞬だけ一面の花畑の映像が映り込んだと思った次の瞬間にはホワイトノイズが走り――映像が復活した時には、カメラが横倒しになってリビングの様子を撮影していた……時折俺の姿や慌てふためく明奈の足が映り込んでいたが、それ以外に異変は映っていなかった。
――やがて、バッテリーが切れたかSDカードの容量が一杯になったかで録画は終了した。
「――――な、何だよ今の――」
モニターを通して見せつけられた異様な光景に俺はしばし固まっていた。そのせいか、俺は自分のPCからSDカードを抜き取ってカメラに戻すことをすっかり忘れてしまっていた。
額と首筋、背中に暑さ由来ではない汗が流れ落ち、不快感に耐えきれず指で首筋をなぞったその時、スマホがメッセージを受信した。画面を確認すると、またもや意味不明の――今回は文章は読めてもそれを送ってきた理由と意図が分からない――一文が表示されていた。
かえりたい
相変わらず誰がどこから、何のために送ってくるのか分からないメッセージ。帰りたい――俺だってそうだ、平穏だったあの日々に――
「あんたは誰だ。俺も帰りたいよ」
俺はそう返信し、スマホをデスクに投げ出した。デスクが大きな音を立て、痛みを訴えた。
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