第7話 平穏


 読んでいた本に栞をはさむ。秋の晴れた空の下、私と先輩は本を読んでいた。

「悪くねーな。こういうのも」

 昨日とは打って変わって平穏な一日。私は家から読んでいない小説を持ってきていた。

 私は集中力が無く、なかなか本を読むことができない。でも、本屋のあの閑静な雰囲気が好きで、よく入る。

 そして、入ったからには何か買わなくてはと、気遣ってしまい毎回、小説の文庫本を買うのであった。今日持ってきた本はその積読本たちだ。

 暇だったところに一つの娯楽が持ち込まれ、私と先輩は小説を読み耽っていた。

「本なんか読んだこと無い」と、呟いていたが本に食いついている。

 今日は気温もちょうど良くて暖かい。

 時折ヒヨドリの鳴き声が聞こえてくる。日光が私と本とコンクリートを照らした。

 一冊を半分読み終えた時、空腹を感じ、お弁当を出す。先輩はいつも通りコンビニのパンだったけど、トラウマがあるので、もちろん何も言わない。

 私の先輩は食べながらも活字を追った。右手で箸を持ち、左手でお弁当を持って食べているので、食べながら本を読もうとすると、本が閉じてしまう。仕方なく筆箱をわざわざリュクサックから出して、重しにした。それくらい続きが気になっていた。

「春坂どんくらい読んだ?」

「半分くらいです」

 そうか、とだけ言ってまた読み始める。

 先輩は勉強しているのだろうか。授業に出てないから、普通は勉強していないと思うけど。本の進み具合的に私より速い。地頭だろうか。

 

 それから何回か休憩をはさみ、私は読み終えた。一冊本を全部しっかり読むなんて小学生以来だった。こんなにも満足感のあることだと知らなかった。読んだ本は、私の考えを大きく変えるようなものでは無い。でも、ずっと人生で、心に引っかかっていたものが静かにストンと落ちたような気がした。

 先輩も同じように思ったのか、少し晴れやかな顔をしている。

「面白かったですか?」

「ああ。そんな感動的なことが起こるわけでも無いのになんか心がスッとしたな」

「まさにそうでした。私のも。先輩も読んでみてくださいよ」

「俺のやつも読んで欲しいよ」

「じゃあ交換っこしましょうよ」

 先輩は頷き、お互いの本を交換した。安いから全部文庫本を買っているのだが、手のひらサイズで、なぜか愛着が湧く。

「持ってきてくれてありがとう」

「はい!」

 いつのまにか夕暮れ。茜空だ。屋上から見える道路には部活帰りの学生が自転車を押して帰っていた。

「帰りますか」

「うん」

 リュックサックを背負い、ドアの前に山積みにされた机と椅子をどけた。机と椅子にもオレンジ色の日が差していて、綺麗に見えた。

 階段をゆっくり降りる。

 校門を見ると滝沢さんたちはいなくてホッとした。

 

 二人が別れる道にきた。さっきまで茜色だった空は、いつのまにか藍色に染まっている。星がまばたきをしているように煌めき、大きな月が光っていた。

「じゃあ」

 先輩は言った。私は頷いた。

「うんじゃあ。バイバイ」

「バイバイ」

 私が少し歩いてから振り返ると、先輩の、感情を読み取れない、背中が見えた。姿勢はまっすぐだがどこかだるそうにも、悲しそうに見えた。

 

 

 

 

 

 

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