第128話 ラスティア家
ミリィが奴隷になるまでの経緯は聞いていたが、それ以前の、村での暮らしについては、詳しく聞いたことがなかった。本人は平凡な村の少女だったと語っており、俺もそれ以上は特に聞いていなかった。こちらのことを聞き返されても、正直、どう答えていいかわからないから。
「本当に私は、村の平凡な女の子だったんです。あ、でも初等教育の成績は一番優秀でしたよ、えへへ」
ベッドの上で、俺は壁を背に、膝を立てて座っている。ミリィは服も着ないまま、俺の脚のあいだにすっぽりと収まり、背中を預けるようにして座っていた。俺は布団を引き寄せ、寒さが入り込まないよう、ミリィと一緒に包まった。
「後ろから抱きしめられるの……新鮮です。えへへ、うれしい……」
確かに、後ろから抱きしめるのは初めてかもしれない。背中の傷に触れてしまうから、これまでは避けてきた。“黒い痣”になってからも、そこに触れれば、やはり痛みがあったのだ。
ミリィは俺にもたれかかり、気持ちよさそうに息を吐く。そして、ぽつぽつと語り始めた。
「私の村がほかと少し違うところといえば……聖霊信仰だったということでしょうか」
「聖霊信仰……? 聖霊族を信仰しているということか?」
「はい。あ、でも、ちゃんとエルウェ教も国教として敬っているんですよ。私、女神エルウェさま大好きですし。それにエルウェ教でも聖霊信仰は認められているんです。というか、エルウェさまと聖霊族って、結構、関係深いんですよ」
「…………そうなんだ……?」
――そう、そうなんだよ。元々、俺達を最初に助けてくれたのは……
胸の奥が、ひどくもどかしい。俺は大事な何かを……
「主さま、どうかされました?」
「……いや、なんでもない。それで……火聖族を信仰していたの?」
「村では、風・火・水・土、四つの聖霊族すべてを信仰していました。ただ、その中でもラスティア家は『火聖の
「……『火聖の守り人』?」
「はい。お父さんは“守り人”として火聖族を祀るお仕事をしていました……そして、盗賊団が村を襲ってきた時……火聖の力を身に宿して、闘っていたんです」
「ミリィの……お父さん……?」
「……私、お母さんが盗賊に襲われている時、確かに感じたんです……火聖の力を。それで、急にすごい力が湧いてきて……盗賊たちをナイフでめった刺しにして……でも、お母さんはもう死んでて……あいつら、それでもお母さんに酷いことをしてて……あいつら……」
ミリィの魔素がかすかに揺らぎ、次第に高まりを帯びていく。俺は抱きしめる腕にそっと力を込め、背後から、その頬に静かに口づけをした。
「……ミリィ、落ち着いて。お前はもう敵を取ったんだ」
「……すみません。もう、大丈夫です。今の私には……主さまがいてくれますから。 でも、その時は……力を抑えきれなくて……家ごと、あいつらも燃やしてしまおうと……身体の奥から、ものすごい炎が噴き出してきて……家が崩れて……
――『ああ、このまま死ぬんだ』って、そう思った、その時に……お父さんが……」
家が焼け崩れ、瓦礫がミリィに降りかかろうとしたとき――ミリィのお父さんは、ただ一瞬も迷わず、彼女を庇った。身を投げ出すように彼女を抱き込み、その背中で瓦礫を受け止めたのだと、ミリィは語った。
「……そして、私の中で暴走する『火聖の力』……これを抑えるために、お父さんは、自分の魂の力をすべて使って……聖霊界からイグニルを呼んでくれたんです。それなのに……私、お父さんとお母さんが死んじゃって、もうどうでもよくなって……イグニルの言葉に耳を傾けないで……私の、穢れた聖霊力のせいで、イグニルまで弱っていって【火聖の穢れ】になっちゃって…… 全部……全部、私のせいです……」
「ミリィ…………」
「……前の晩、お父さんと喧嘩したんです……本当に些細なことで。でもその時は意地になって、謝らずに……結局、最後まで謝れませんでした……」
――はぁ〜、とミリィはとても深い溜息をついた。それから、無理に明るさを装った声で言った。
「お父さん、瓦礫から庇おうと、私に覆いかぶさった時……最後にすごく優しい笑顔を見せてくれたんですよ……ずるいですよね。私、ごめんなさいも……ありがとうも……言えなかった……」
一瞬言葉を詰まらせたミリィは、そのまま、しばらく膝に顔をうずめていた。
しばらくして、もぞもぞと動いてこちらに向き直ったミリィは、何のためらいもなく、唇を重ねてきた……深く、深く……
「……ん、そんな私を主さまは救ってくれました。身も心も……魂も。愛してます、あなたが私の一番なんです。心から、心から、魂の奥底から……あなたのことを愛しています……お父さんに紹介したかったな、自慢したかったなぁ~。
だって、お父さん、いっつも『俺よりいい男じゃないと、お父さんは結婚なんて認めないぞぉ~』なんて言ってたんですよ」
「主さまを連れて行ったら、お父さん、どんな顔するかなぁ」と呟いたミリィは、クスクスと小さく笑った。
俺は……最低だ……今まで、なんてことを……
「主さま――あ、あるじさま! え! な、なんで!? な、な、な、泣かないでください!」
いつの間にか……俺は大粒の涙を流していた。
――――――――――――――――――――
【あとがき】
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