第3話 宇宙クラゲ
3年の夏休み、私とエリは海へ遊びに行った。
お互い塾やら何やらで、なかなかスケジュールが合わなかったけど、8月の25日だけはカレンダーが空白だった。
受験が終わればまたいつでも会えるし。
「高校最後の思い出になったら良いな」くらいに思っていた。
地元近くの海に自転車で集合して、「帰ろう帰ろう」って言って、なんだかんだ暗くなるまで遊んで。
マイの被ってきた麦わら帽子は、いつの間にか貝殻入れになっていた。
「日焼け止め、塗らないの?」
「ん~、私はいいや。昔からこうだし。年取ってシミになるのも諦めてるし」
「でもエリちゃん、肌すごいモチモチしてるよね。私なんかすぐ荒れちゃうのに」
「マイの肌は繊細なんだよ。大事にしなよ」
「えへへ。なんかエリちゃん、お母さんみたいだね」
私はマイの笑顔を見つめながら、拳をギュッと握った。
それで勇気が出ると信じていた。
「…ねえ、マイ」
「なに?」
マイはビーチサンダルを脱ぎ、足を砂浜に埋めていた。
嫌になるくらい青く澄んだ空と、白い雲。
そのどれもが霞んでしまうくらい眩しい輝きで、マイは振り返った。
「…いや、何でもない」
私は何も言えなかった。
◇
チクタクと、時計が進んでいた。
グラスの下にできた小さな水溜まりを、私は指でなぞり、テーブルに広げた。
なぞってなぞって、すぐに乾いて。
またなぞってを繰り返す。
永遠に続けられるようで、いつかは全て消えてしまうことを私は知っている。
それなのに私は、自分から何も伝えられずにいる。
「ねえ、覚えてる?宇宙クラゲの話」
唐突な質問に私は一瞬戸惑ったが、すぐに記憶をかき集めた。
「…ああ、うん。私が国語の授業で書いたやつだよね」
「そうそう。あれ、どんな話だっけ」
「あれはね…」
私はゆっくりと唱えるように言葉を
サンマはクラゲの夢を見る。
宇宙へ行ったクラゲの夢を。
だけどクラゲは見なかった。
地球に残ったサンマの夢を。
「…みたいな。こんな感じだった?」
「うん。私も詳しく覚えてないけど、そんな感じだった。クラスの子たち、みんな褒めてたもん」
「私も気に入ってるよ」
「…実は私、あんまり好きじゃないんだ」
「どうして?」
「だって、サンマが可哀想なんだもん」
「そうだけど、それが良いんじゃん」
私がそう答えると、マイは唇をギュッと閉じた。
「…そうだよね、好きにならなきゃだよね」
ふと見ると、テーブルの水溜まりは綺麗に消えていた。
・・・
「今日はありがと。色々話せて楽しかったよ」
マイはそう言うと立ち上がり、伝票を持ってレジへ向かった。
「あ、いいよ、私が払うから」
「…じゃあ、甘えちゃおうかなあ」
そう言ってマイは微笑んだ。
彼女の笑顔には、同性も魅了する魔性の力がある。
私も、そんな彼女の魔力に魅せられた1人だ。
―――カランカラン
喫茶店を出ると、優しい風が頬を触れた。
「じゃあまたね」
「うん、またね」
マイは手をパタパタと鳥のように振りながら、青く光る空へ消えていった。
私は、その後ろ姿をしばらく見つめていた。
振り返ると喫茶店は消えていて、そこには苔に覆われた、小さな
その日以来、あの喫茶店が私の前に姿を現すことは二度となかった。
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