第4話 仮の答え

 蝉の声が激しくなり、暑さも増してくる頃。


私は胸の高鳴りを抑えながら、電車の揺れに身を任せていた。


 大学を卒業して企業に勤め始めてから、今年でもう5年になる。


私はお盆休みには毎年、地元へ帰省することにしている。


 実家に手土産を渡し、3日ほど親戚の集まりに顔を出した後、私は必ず真衣マイの家を訪ねていた。



「あら、依理エリちゃん。毎年ありがとうねえ」


 インターホンを鳴らしてしばらくすると、綺麗な銀髪の女性がドアを開けた。


彼女もやはり、くせのある髪をしている。


 真衣の母親との付き合いはだいぶ長く、高校を卒業してから、今でもたまに電話でやり取りをする程の間柄だ。


「毎年ありがとうねえ」


「いえいえ…実は今日、報告があって」


「あら、何かしら」


 真衣の母親は腕を後ろで組み、プレゼントを待つ子供のような表情をした。


「あの…私事ながら、結婚することになりました」


「本当!?おばさん嬉しいわ~。どうぞ、あがって。真衣もその話、聞きたがってると思うわ」


「はい」


 私は真衣に手を合わせた後、一輪の百合の花と飴玉を添えた。


・・・


「そう言えば、不思議な喫茶店っていうのはどうなの?また真衣に会えた?」


「いえ、2年前に会ってからもうずっと、私の前に姿を現さないんです」


「そう…でも、貴女にとってはその方が良いのかもしれないわね」


 真衣の母親はお茶と煎餅をお盆に乗せ、私の前に置いた。


「私、真衣にふられちゃったんですかね…」


「そんなことないわよ。あの子、寂しがり屋だったし。でも、貴女を束縛するのは嫌だったのかもね。真衣は貴女の歩む道を見たいって、思ってるんじゃないかしら」


 真衣の母親はそう言って、線香の煙が立つ方を見た。


それから、蝉が再び鳴き始めるまで私たちは何も話さなかった。


「事故に遭わなければ」なんて言葉は、もううんざりだ。


・・・


「今度は相手の方も連れてきてね」


「期待していて下さい」


 私はそう答え、一歩ずつ踏みしめるように畑続きの坂道を下った。

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【レモンスカッシュ】 天野小麦 @amanokomugi

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