第6話 宣戦布告

 辺りの兵士や魔導士達が異骸に捕まり、喰い殺されていく。巨体に組み伏せられた一人の神官が、私に向かって助けを求めてきた。

「せ、聖女様! どうか浄化を!」

 私はゆっくりと彼に視線を落として、黙って見下ろす。

「聖女様! どうか! どうか──」

 喉笛を掻っ切られ、頸動脈から血飛沫をあげて絶命した。

 殺された神官から目を離した私は、気づけば小さな声で自分に向けた祈りの言葉をつぶやいていた。

しゅよ、心を乱したかの者に、どうか勇気と安らぎをお与えください」

 呼吸を整えると、昂っていた感情が少しずつ冷めていった。そして改めて、どんな手を使ってでもみんなを解放すると、心と神に誓った。

 一方でオイゲンは杖を掲げて結界を起動する。杖先からドーム状に光の壁が広がり、私と数名の近衛神官を内側に入れ込んでいく。その魔法は選択的な結界のようで、周囲の人を内側に入れ込みながらも、異骸だけは壁に押し出していった。しかし結界の範囲にも強度にも限界がある。半径にして十歩分ほどの範囲は安地となったが、外側では人々が喰われ、結界に血がこびりついていく。

「宣戦布告じゃと……ロザリアはとうの昔に滅んだ! そんなバカな話があるか!?」

「いいえ、ロザリアは不滅よ。今ここに、王がいるのだから」

 私は自分の胸に、紋章が浮き上がった手を当てる。

「領土もある。民もいる。ならば我々の主権は、健在といっていい」

「民ですと!? この屍どもが!?」

「ええ。こんな姿になったとはいえ、彼らは私の民よ。この国の事情なんてどうでもいい。私は何としても、彼らを解放する」

「……」

「そこをどきなさい、オイゲン」

「……さようですか。であるならば、いたしかたありませぬ」

 結界に助けられた神官達が私を囲い、杖と剣を突きつけてくる。

「おそれながら召喚の際に、聖女様の魔力強化の祝福と同時に、我々からの魔法への抵抗力を弱める呪いを付与させていただきました」

 神官達の杖先に白い魔法陣が展開される。術式を見るに精神操作の魔法だった。

「できればこのような措置はとりたくなかったのですが、聖女様がご乱心とあらば、その乱れた心を鎮めてさしあげねばなりません」

 おそらくは私の精神を乗っ取り、浄化のための傀儡にするつもりだ。

「今からでも我々に協力の意思を示されればやめましょう。これが最後です。本当によろしいのですか?」

 意思に基づかない魔法はその力を弱めてしまう。だからこそ私を懐柔するつもりでいたのだろう。この呪いを利用した精神操作の魔法は、おそらく彼らにとっての保険であり最終手段だ。

「乱心なんてしていないわ。今の私の頭はだいぶ冷めているもの。それこそ、冷酷なまでにね」

「今を生きる人々ではなく、こんな過去の屍人を尊ぶというのなら、それはご乱心という他ありませぬ。ならばやはり聖女様の倫理観を、矯正せねばなりません」

「倫理観ね……。時代が変われば倫理も変わる。とりわけ追い詰められれば、生き延びるための論理が、倫理を置き去りにすることもあるでしょう」

 スカートの裾を力強く握りしめてながら

「でもね、追い詰められているのは私も同じ。私は、あなた達の倫理を犠牲にしてでも、私の倫理を貫くだけよ。あなた達と同様にね」

「……警告はしました。それでもそうおっしゃるというのなら、やむを得ません」

 私に向けられた魔法陣が魔力を受け、回転していく。

「あなたを操れば、浄化の力は私達のものになる。そうせねば、この局面は打開できず、我々は奴らに殺されてしまう。ですからこれは、やはり仕方のないことです」

 オイゲンは別の魔法陣を地面に複数展開させ、その中心から白い鎖を具現化させる。それらは蛇のように私の方を睨み、オイゲンの指示を待ちながら拘束の準備をしていた。

「させると思う?」

 私がオイゲンに向かって手をかざす。

「お言葉ですが聖女様、聖魔法は戦闘には不向き。確かに聖女様のお力は強力ですが、我々に抗うような手立てはないでしょう。ハッタリはおよしください」

「そう……どう思うかは勝手よ。今に分かるわ」

 確かに私の魔法は回復と防御に特化したものばかりだ。しかし何故だか、私の力で奴らを殺すことができるような気がした。

 魔力を練り、手の平に集中させ、祈りを捧げる。

しゅよ、傷にまみれたかの者に、どうか癒しと安らぎをお与えください」

 手の平に浮かび上がったその光をオイゲンの杖に向けて放つ。治癒の力を施した緑光は彼の手を蝕み、腐食をもたらした。

「グッ! グアアアッ!」

 光が肩まで浸食すると、たちまち右腕が膨張し、破裂する。黒ずんだ肉が崩れていき、浮き上がった骨は棒切れのようにボロボロになっていた。

「なっ、なんだこれはっ!?」

「オイゲン様!」

 剣を持った神官の一人がかけつけ、ラメリアを呼びつける。

「早く治癒を!」

「は、はい!」

 オイゲンの側にいき、その腕に治癒をはじめた。

「おい! ちゃんと回復魔法を使え!」

「やっています! やっているんです! でも──」

「無駄よ……」

 そう静かに呟くと、彼らは私の方を見た。

「聖魔法における回復には再生と治癒の二種類の方式がある。再生は元の状態を復元する方式。そして治癒は細胞を活性化させて治療する方式」

 どうしてか、今まで使ったことのない魔法や学んだことのない知識が頭に流れ込んでくる。おそらくは神託者に向けての、神からの天啓だろう。

「治癒は再生の下位に位置する回復魔法。その回復力は再生に劣るし、今あなた達が使っているような光魔法でも再現することができる。だから聖魔法の神託を受け、その両方を使える私からすれば、本来治癒の方を使う必要はない」

 ラメリアは額から冷や汗を垂らし、得体も知れぬものを見るような目で私を見ながら、治癒をかけ続けていた。

「まだ分からない? 私が使ったのは治癒方式による回復の聖魔法よ。すなわちそれは、神託を受けた私の、神級の魔力で放たれた過剰な治癒」

 そう伝えると、ようやく魔法のカラクリを理解したのか、慌てて治癒魔法をやめた。

「そうよ。過剰な細胞分裂を強制させて、その分裂の限界を示すとされるテロメアを削りきった。だからその肉体に、これ以上の治癒を施しても意味がない。何故ならすでに、一生分のしているのだから」

 今にも崩れそうなほどにボロボロになったオイゲンの腕へと視線を落とした。

「知ってる? 分裂の限界に達した細胞が無理に分裂を重ねると、その複製にはエラーが起きてね、癌細胞っていうゾンビのような細胞になるんだって。その真っ黒に奇形化した腕は、私の魔法によって作り変えられた死の細胞の塊なんだよ」

 手の甲を返し、再び魔力を練り上げる。

「そうね……この魔法……爛熟らんじゅくの魔法、とでもいっておこうかしら」

 そう言いながら自身を中心に回転するように治癒の光を漂わせる。光が少しでも当たった箇所は腐敗し、神官達の身体は強烈な悪臭を放って崩れ去っていく。

「ウアアアッ! 足が! 足がぁぁっ!」

「に、逃げろ!」

 私を取り囲んでいた神官達は、おそれをなして逃げ出した。結界の外へと自ら飛び出したものの、途中で異骸の群れに捕まり、そのまま喰い殺されていく。

「た、助け──ギャアアアアッ!」

 もはや彼らにとっては、結界の内も外も地獄と化していた。そんな状況を見て、ラメリアは腰を抜かしてその場でへたり込む。

「聖女様……そんな……こんなのって……」

 私が爛熟の魔法を帯びた手で、オイゲンの頭を掴もうとしたその時、頭上の結界が割れ、私の腕が吹き飛んだ。

 肩をおさえながら後退すると、白銀の鎧を身に纏った銀髪の騎士がオイゲンの隣に降り立つ。

「オイゲン様、ここはお任せください」

「おお……リーンハルト……よくぞ来てくれた……」

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