第17話
「 」
飛び回るオーブを見て、Kはポカリと口を開けている。ハエが飛び込むぞ、とaは心の中で注意した。口に出さなかったのは、タクリタンにも同様の気配を察したからだ。
『これは…予想外だな』
「え、何?ふたりともどうした?」
因みにオギーとグランチェスカは庁舎で待っている。
「いや、コレねぇ…」
端末で見た時はオギエル中を飛び回っていたように見えたこのオーブは、今はaたちの周りを彷徨いている。飛び去る気配はない。
「貝空の同位体だわ、たぶん」
「ぇは?」
驚き過ぎて変な音が出た。
『…一部、なのではないかな?なんとも言えないが…』
「分割してる?」
『弱い個体が集まって群体として一個を形成している玄獣も、例としては存在する。貝空の成り立ちからすれば、確かに群体と取れなくもない…』
玄霊と鬼神のブレンド品だったわけだから、まあそうだ。
「意志とか無さそう…」
『やろうとしている事を考えると、都合は良いな』
「え?」
『ん?』
なんだか不穏を感じた。
「やろうとしていること、というと」
『貝空を取り戻すんだろう?』
「「………」はっ」
──貝空を、取り戻せるぞ。
犠牲はない。玄霊でもなくなる。
『貝空』として、新生させる。
貝空として。ジズフはそう言った。
aは同位体を仲間にするつもりでいたし、今の反応を見るに恐らくKもそうだっただろう。だが、同位体は貝空ではない。グランチェスカを見ても解る。同位体は一卵性の双子のようなものだ。記憶も意識も同期しない。情報の共有はあるかもしれないが、あくまで別個体だ。
『意志の無い力の塊なら器として最適だ。情報を注げば貝空に成る』
「犠牲はない、は嘘だったな…」
『或いは嘘になる可能性もあったが、実際これなら嘘はあるまい?』
どうだろう。少し気持ちが悪いのは確かだ。
「因みに情報のダウンロードはどのように」
『ジズフはダァトから拾うつもりだったろうが、それより手っ取り早くて確実な手がある』
「それは?」
『
「…だからちみっこく切り離してきたのかぁ…」
「え、あ、そういうこと?」
Kの呟きを拾って、aの寄っていた眉根が解れる。分体を作り出したのは消えても問題ないように。その予想自体は合っていたと言える。
「それはタクちゃんに悪影響ないの?」
『特には。この分体には核もないし、完全に融合するだろう。そうしたらもう分離することはない』
「この旅の思い出がタクちゃんに残らないということは?」
『リアルタイムで本体が記憶しているよ。だが貝空化が進めば、その先は貝空の記憶だ。私には渡らない』
「…なるほど」
『ああそうだ。私と融合していくことで、群体という特性は消えてしまう。この小さなオーブに戻ることは二度となくなる。それはいいかな?』
「全然良いのでは」
『じゃあ、a。私──その珠を、彼に向けてくれ』
言われた通りにすると、オーブは自ら珠に近付き、吸い込まれるようにして消えてしまった。
「おお?」
「ああ──これは」
姿は見えないが、タクリタンが愛おしそうに目を閉じているのが想像できた。何にかはaには解らない。
「まだ、タクちゃん?」
「そうだな。まだ私が強い」
「…おっけ。一旦庁舎に戻ろう」
「おかえりなさい。おや、お仲間が増えた?」
「やあオギー。声が届くようになったかな?」
初めから一緒にいたと説明すると、オギーはそう驚くこともなく受け入れた。
「そおでしたか。気付かず失礼しました」
「ぐらんちぇは驚かない?」
Kに問われたグランチェスカは些か面白くなさそうな顔をした。
「召喚の鬼神の欠片でしょう?声は聞こえていました」
グランチェスカは元々セフィロート産だ。鬼神を認識出来ないのはクリフォト産の者たちだけなのだ。
「そりゃそっか。失礼」
「それじゃあ、そろそろ次に行こうか」
aの声掛けにKも同意を示す。
「オギーともお別れか」
「ぷぎぃ!撫でないでください。お触り厳禁です」
「えっ …ごめん」
こんなに愛らしいのに酷なことを言う。
酷い憤りを感じた。だが、既に何に対してのものか解らなくなっている。もやっとした後味の悪さだけが胸に残る。
「この道は何もなかった。初めてかも?」
Kはケロッとしている。確かに今迄の経路では何某かの反応が出ていた気がする。
「えぇとそれで此処は…」
「ガシェクラーだな。此処には気配はなさそうだ」
ケセドに相対する地区だ。
どうやら今居るこの場所は森の中らしい。見上げれば黄色の空は昏く翳っている。星こそ見えないが、夜なのかも知れない。
黒々とした土はフカフカで歩き辛い。ミミズやハエのような小さな生き物が多く見えるが、多分虫の類ではないのだろう。
「何か臭い…」
「うん…生臭い…?」
まるで空気が動いていないようだ。停滞し澱みきっているかのような。
「うぇ…長居は無理かも」
Kは口元を押さえ込んでいる。
「生命の源は海。森に代わりは荷が重いでしょう」
グランチェスカは不服そうだ。
そう。これは濃すぎる生命の気配だ。
「Welcome,human. 早くこちらへ」
KのーとinS リトライ 炯斗 @mothkate
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