第15話

さて。K曰く、ビナーにはもう一体会いたい相手がいるらしい。

「曠真爺の同位体はいると思う」

「ブラクザイアか」

「名前が判らないと検索出来ません」

サタリエルの監視端末は役に立たない。

「還ろう、早く還ろう?」

「ぐらんちぇ、ブラクザイアの同位体知らない?協力してくれると、結果早く還れる」

グランチェスカはぶぅと頬を膨らます。

「サマエル」

「ん?」

Kには今一ピンと来ていないようだが、その音は確か地図にあった。aはサタリエルの監視端末に地図を見せてもらう。

「ホドの位置だ」

「ええ?」

Kは「なんで?」という顔をしているが、aからしたらKが何故ブラクザイアはビナーにいると思い込んだかが解らない。ヴァイスの友なのだから、せめてケテルだと思うものじゃなかろうか。

「じゃあしょうがない。他になんか、強い子いる?」

Kはグランチェスカに問い掛けている。曖昧検索が出来ないサタリエルの監視端末には聞くだけ無駄だ。問われたグランチェスカは当然のように答えた。

わたしより強いものはいない」

「そう」

傲慢なのか事実なのか測りかねる。国家守護獣の同位体なのだから実際強いは強いだろう。ヘクサオクタと同格だというのなら、aはその強さを信じられる。

「じゃあまあ、サクサク次に行こうか。…泥を落とせる処ない?」

サタリエルの監視端末の返答は「落とした所でまたすぐつきますよ」だった。


ダストシュートを潜ってサタリエルに別れを告げる。次の行き先は、コクマの前にティフェレトにした。Kは感覚器の調整を万全にしてからコクマに挑みたいのだそうだ。

経路通過中の記憶はやはり無いが、何故か何となく、aとKは暫く互いを視界に入れられなかった。グランチェスカも「本当に還れるんだよね?」としつこく確認してきた。互いに目を逸らす時間が続く中、この地区の監視端末がやってきて漸く空気が軟化した。

「Welcome,human. タゲリロンの監視端末です。どうぞ宜しく。ひひ…」

「タゲちゃん」

「ひひ。愛称ですか、光栄ですね」

ガッツリ猫背のタゲちゃんは、陰気だが中性的な雰囲気で性別不明ななりをしている。個性的だが、サタリエルの監視端末よりは付き合いやすそうだ。

「タゲちゃん。ここで一番強い玄獣は?」

「強い玄獣…これは異なことを。玄獣とは、強い獣を意味するのですよ。ひひ。まあ一番の玄獣といえば、カイツールですかね。それか、ニャルラトホテップ?ひひ、知ってます?」

やはりサタリエルの監視端末より優秀だ。aが視線をやると、Kは頭を抱えていた。

「どうした?」

「んにゃ、ちょっとね…。それより、カイツールとやらに会ってみよう。ニャルは置いとこう」

「ひひ。なら庁舎に向かいましょう。ニャルラトホテップなら廃墟の神殿に居を構えていますがね」


タゲリロン地区は廃墟で出来ていた。いや、住んでいるのなら廃墟とは言わないが、見た目の話だ。

「廃墟って、美しいと思いません?ひひ」

「解らなくもないものもあるけど、普通に不便じゃない?」

「美学優先ですよ、ひひ」

aには解らない。

「おい監視端末ウォッチャー!サボりか?」

怒鳴り声を掛けられて、自然と殺気を返してしまう。大股でこちらに向かって来ていた男は、aの殺気に歩を止めた。

「とんでもない!貴方にお客様ですよ、ひひ」

「客だぁ?」

不審感いっぱいに男はaたちを上から下へと睨め付ける。aも今は殺気を抑えているが、双方初対面の印象が最悪だ。Kは呆れが顔に出ている。

「やあカイツール?はじめまして。貴方がこの地区で一番の玄獣と聞いて会いに来ました」

「へえ?」

興味を引いたらしい。が、その視線はKより後ろ…グランチェスカに向けられている。

「泥んこ姫が起き上がったのは初めて見た。話だけは聞いてやろう」

「行きましょう。此処に来たのは時間の無駄です。鈍色蝶など役に立たない」

『なるほど。カイツールは虹色蝶──ティフェレトの国家守護獣の同位体か』

「へー。話にも聞いたことないや」

確かに。aの知る国家守護獣は、グランチェスカとシェレスキアだけだ。ケテルのライオンとやらは話には聞いたが、他は何も知らない。

カイツールにザッと成り行きを説明して、協力要請を出してみる。彼は一頻り聞き終えると、興味を失ったようだった。

「オレはそっちの事はどうでもいいし、引き篭もりの虹色蝶と成り代わる意志もない。諦めてくれ。オレに絡むより虹色蝶アイツを叩き起こした方がまだ有意義だぜ」

見たことも聞いたこともない虹色蝶は引き篭もりらしい。

「そうなんだ。無駄足だったか」

「じゃあ大人しく次に行こうか」

『そうだな。貝空の気配もなさそうだ』


歩きながらKが口を開く。

「戦力にする玄獣は、片割れがいない奴を選ばないといけないんだな」

「あー、そうか」

連れて行くと成り代わってしまう。グランチェスカがあれほど嘆いていたのだ。一度転位すると簡単には戻れないのだろう。双方の同意が得られればいいが、それは無理だ。

「それとも、転位の法則を書き換えるか」

何が出来るかも解らないそのご褒美をアテにし過ぎてはよくない気がする。ふたりはなるべく同位体のいない個体を狙うのがよさそうだと結論付けた。

『そうだな。大体の同位体は仲が悪い。相見えれば、結局片方は消滅する』

「ドッペルゲンガーだったか」

人間にも同位体がいるのかも知れない。

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