第6話
翌朝。
幸いにも、二日酔いの者はいなかった。
「て事でシールちゃん。ボクら人魚見に行きたいんだけど」
薄暗い中での朝食を終え、Kがそう切り出した。
「………」
シルータはこめかみを押さえて目を瞑っている。酒の匂いが残っていたのか、呆れているのか。
「──ビナーの沖合」
「お」
単に人魚を見られる可能性が高い場所を考えてくれていただけらしい。aにはいつまで経ってもシルータの表情は読めない。
「よし行こう」
「行ってこい」
「えっ」
シルータはお見送りの姿勢だ。着いてきてはくれないらしい。そうなるとガイドがいなくなってしまう。
そこへ、蟒蛇乳上がヒョコリと顔を出した。
「観光旅行か!面白そうじゃないか」
ガイドゲットである。
「よぃしょー!」
ゔぉん、と空気を振動させて海上へ出た。
「いや、もうちょっと東だね」
「………ん?」
流石玄獣。騏雲は転移に対する驚きを見せなかった。Kは何かが引っ掛かったような表情をしていたが、aがそれを気にする事はない。どうせどうでもいいような些細な事だ。研究職としては大事な気付きなのかも知れないが、戦闘職には関わりのない話なのである。
飛行で暫く沖に進んで、海面を見下ろす。穏やかな大洋が広がっている。小島と言えるようなものも無く、ただただ水平線がキレイな弧を描いている。偶に魚が跳ねる程度だ。
「海鳥もいない」
「鳥も竜も、遠洋にはそうそう出ないね。用もないからなァ」
海は魚と水棲玄獣の住処らしい。
洋上を観察しながら、騏雲から人魚の話を聞く。
曰く、上半身は美しい人間で、下半身は魚や蛇に似る。沖では集団で漁船を襲い、浅瀬では単独もしくは少数で人を誑かす。
「人魚だ」
「人魚だね」
洋上を滑らせていた目にも力が籠もる。天然人魚など是が非でも見てみたい。
「居ないなぁ」
Kは双眼鏡を取り出して更に遠洋を望んでいる。
「いっそ船を出して襲ってもらいに行った方が早いかも?」
「海水浴する?」
流石に浸かるには寒いかと考えたところで、四人揃って思い至った。
「ああそうか」
「もうちょい南だ」
「温かい海域に移動してるかもね」
南の方へと進路を変え、Kは進行方向に双眼鏡を向けた。少し進むと、Kが「あっ」と声を出した。
「何か小さい海獣に集ってる…あれそうかも?」
「やった!」
aにも肉眼で確認できる距離に来た時、彼らは一斉に海に潜ってしまった。
「あっ」
「あ〜っ」
「まあ翼持つ玄獣がこんな所まで来る事あんまりないからなぁ」
「警戒されたんだ。残念」
クェイネルバロウも見てみたかったのだろう。一緒になって肩を落とした。
「青龍ちゃんで来るべきだったか…」
「でも、本当に人魚だったね。チラッとしか見えなかったけど」
人間の上半身と長い魚風の下半身を持っていた。
「卵生エラ呼吸かな」
「胎生肺呼吸だと思うよ」
取り残された海獣の残骸に目を遣る。
クェイネルバロウと青龍に乗るaはそろそろと高度を落とし、その残骸に近付いた。Kも羨ましがって召喚獣を乗り換えようとし──暫し苦い顔をしてから青龍を呼び出した。
「スナメリ的な。ジュゴンだったら共食いだった」
脇腹を中心に、そこかしこの肉が食い千切られている。
「生食かぁ」
「そりゃそうだろうよ」
顔を顰めたaに騏雲が呆れたような声で応える。海で生活しているのだ。火は使えまい。
青龍たちが突然、高度を上げた。
「わ!?」
直前まで二騎がいた直下で派手に水飛沫が上がる。
「吃驚した…逃げたんじゃないのか」
人魚たちが戻ってきて、襲ってきたのだ。
上空からでは陽光が反射して海面下は見えない。嫌な予感がした。
「高度を上げて、撤退」
「おう」
途端、海面を突き破り弾丸のように人魚が飛び出してきた。三メートルは飛んだように見える。
「おっわスゲぇ…」
空振りに終わった大跳躍から、その人魚は鋭い視線を此方に向けて落下していった。
「美人ではあるが、怖い」
Kの反応に同意する。あの眼光は冷た過ぎる。
「やっぱ卵生エラ呼吸じゃない?アレは魚類の眼」
騏雲は首を捻った。
「うーむ、何か様子がおかしかったぞ?」
「そうだね。何処か狂気的な…」
クェイネルバロウが眼下を覗くと、数多集まった人魚たちが此方を見上げて一斉に口を開いたところだった。
「───!?」
「──────────────────」
大合唱。耳鳴りのような高周波が幾重にも襲い来る。
aたちは慌てて耳を塞ぐが、青龍たちにはそれも叶わない。
「此処で落ちんのはマズい!!」
気を失った青龍が高度を落とし始める直前、aとKはなんとか転移に成功した。
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