少女(前編)
人の死体は不恰好だ。
特に転落死なんかは余計に。
ドラマや漫画にあるような様式美なんかは、視聴者や読者を離れさせないためのギミックだとつくづく思う。
何で分かるの、って?
分かるに決まっている。
だってまさに私の眼下。
県営団地の非常階段のずっと下にそれがあるんだから。
私……加藤みのりは破裂しそうな心臓と裏腹に、驚くほど落ち着いていた。
怖くないのか?
怖いに決まってる。
でも……逃げるわけには行かない。
あれを持っていかなくちゃ。
私の人生を変えてくれ……いいえ、あるべき形にしてくれるもの。
……あった。
私は彼女、
……あなたが悪いんだ。
あなたのくせに私より才能あるなんて……
●○●○●○●○●○●○●○●○
私と直子は幼馴染だった。
両親が大学時代からの親友で、近所に住んでいた事から物心ついた頃にはすでに一緒に居た。
もはやそれは姉妹と言ったほうがいいだろう。
好みも良く似ていた。
お互い外遊びは好まず、二人とも絵本。
少し大きくなってからは童話や児童文学に興味を持った。
そして、私は小学5年生の頃にとある映画化もされた世界的人気の児童文学の影響もあって、ノートに拙いながらも物語を書くようになった。
我ながら上手く書けていると思ったが、親や友達に見せる勇気は無く直子にだけ見せる事にした。
直子は気が弱く運動も勉強も苦手なため、よく私の陰に隠れて私の後を着いて回っていた。
それはある種、依存とも言っても良いだろう。
なので彼女なら拙い私の作品も笑わないだろうと言う確信があったのだ。
案の定、直子は目を丸くして私の作品を何度も読み返した。
そうしながら彼女は唇を右手で繰り返し触る。
これは彼女の感情が昂ぶっているときのクセだった。
そして読み終わると「みのりちゃん……凄い。こんな面白いもの始めて読んだ。天才だよ」と絶賛したのだ。
私は内心酷く興奮したが、それを必死に隠してなんでもないように言った。
「え? そうなんだ。私の中ではちょっと物足りないな……って思ったんだけど。ホントに面白いの、これ」
「すっごく! ねえ、もっと読みたい」
「う~ん、暇つぶしで書いたから、気が向いたらね」
そう言いながら、私は有頂天だった。
天才……
直子が帰った後、私はノートに向かって夢中になって次の作品を書いた。
それから書くたびに直子は絶賛してくれ、私は自信を深めた。
そして中学に上がった頃には、担任の先生にもこっそり自作を見せるようになった。
元々勉強も運動もクラスメイトとの付き合いも嫌いじゃなかった私は、先生からも悪く思われていない確信があったので、この行為も悪いほうには転ばない確信があったのだ。
何より、直子に褒められ続けてかなり自信も持つようになっていた。
そんな中学2年になったある日。
秋の文化祭のクラスの出し物に、私の作品を基にした劇を出す事になったのだ。
信じられなかった。
さらにそれはクラスのみんなからも好意的に受け入れられ、上演後は他の先生方や保護者からも絶賛された。
「天にも昇る心地」とはこの事だろうか。
私は物語を作る天才なんだ。
そんなある日。
直子が家に来た時、彼女は自分も小説を書いてみた、と言い出したのだ。
「私も……興味が出ちゃって。もちろんみのりちゃんみたいには書けなかったけど」
そう言っておずおずと出したノートを私は可愛らしいな、と思いながら読んだ。
最近始めたウェブ小説サイト「ヨミカキ」では贔屓の書き手さんには、多数のファンが着いている。
中には「○○先生みたいなのを書いてみました」なんて言うコメントと共にURLが貼ってあり、それに対して書き手さんが柔らかく、時には毒舌気味の指導をフォローのための好意的なコメントと共に返す。
そんな空気に憧れていた。
才能ある人が、後に続く子のために惜しみなく時間や情熱を注ぐ。
そしてその界隈を伸ばしていく。
それって、素敵だし楽しそうだ……
特に私はずっと直子の勉強も友達づきあいもフォローしてきた。
いわば私の「作品」だ。
「もちろん読むよ。だって親友の初作品だもん。すっごく光栄!」
「……嬉しい」
直子はそう言うと右手で唇をしきりに触る。
ああ……また感情が昂ぶってるな。
彼女のクセが出てる。
私は軽い気持ちで読み始めた。
ふむ……
案の定、描写が拙いな……
創作論も読んでるっぽいけど、「シンプル」と「スカスカ」を履き違えてるから、薄っぺらい。
「読みやすさを重視」って謳ってるので勘違いしやすいけど、あれって「必要な所は充分な情報を加え、全体のメリハリをつけた上で」の意味なんだけどね……
セリフもどこかで聞いた事のある言い回しが多いし。
あえて「キャラの芝居がかった一面」とか「真意や動揺をごまかすため」の小道具として使うならともかく、これじゃ感情移入できないじゃん。
展開も行き当たりばったり。
キャラも作者の操り人形になってる。
さて、あまりネガティブな指摘も可愛そうだから、良い面だけ見つけて褒めてあげようかな……
そう思いながらクライマックスに進んだ私は、徐々に自分の呼吸が浅く……不規則になってくるのを感じた。
心臓が酷くドキドキする。
1ページごとにそれはハッキリと目立ってきた。
何これ……
なんで?
この小説……なんでこんないきなり美しくなってるの?
【(2)へ続く】
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