私の新学期

 2日後、通常の時程で授業が進む。2限の世界史が終わり、次は移動教室だ。2年次にある芸術選択、私は美術にした。1番近い存在だからかもしれない。




 美術室に入って、黒板に指示された席に座る。年度始めなので、初回は世界史と同じようにオリエンテーションをするらしく先生の自己紹介、先生が呼ぶための名前の読み確認、1年間の流れといった内容だ。




「いとばた・・あら、なんて読むのかしら」


「せんりです」




 先生に尋ねられ答える。




 オリエンテーションは続き、1年の流れの説明を受けた。




「5月から油絵入りますので、セット買う人は12日までに申し込み書、私まで提出してください」




 油絵かあ。夕璃が筆とか持ってるし、あと絵の具あればいいのに、と思ったが、改める。




 あった。ママが好奇心で買ったものが。




 何気にこういう時があるから、ママの衝動買いは否定できない。




 美術はその後、汚れてもいいような服を持ってくることなどの注意事項と先生の昔話、最後に油絵セットの申し込み書が配られてチャイムが鳴った。




 昼休み、前の席の子が落としたヘアゴムを拾って渡し、それから弁当を持って空き教室に向かった。去年からの習慣で、友達と一緒に食べている。今年はクラスは離れてしまったけど、空き教室にはちゃんと居てくれた。




「わぁ泉璃〜、久しぶり!今日購買にメロンパンあったよ〜」




 ふわふわボブに垂れ目のこの子は詩保しほという。




「年度始めで気合い入ってたんだよ、1口ちょうだい」




 詩保は手でちぎって口の中に入れてくれた。久しぶり、と言っても春休みに出かけたことがあるので約2週間ぶりに直接話す。 仲が良すぎると、話しすぎて会話するネタがないことはよくあるが、今日は詩保が彼氏について色々話してくれた。意外にも私と詩保は波長が合い、気難しい私でも詩保の恋バナは楽しいものだ。




 何回かトピックが変わったあと、詩保は「見てみて〜」とスマホの画面を勢いよく私に見せてきた。




「 今度ここに出かけない?1泊2日のスイーツビュッフェ旅!電車で行けるよ!!」




 そこはお菓子屋さんが経営しているホテルらしく、画面には綺麗に並べられた一口サイズのケーキやカステラがあった。




「 ここ前から気になってたんだけどね、私泉璃とお泊まり行きたいの。どう?」




 「行きたい」と言いつつも頭上の時間は変わらない。 これまた複雑で、詩保のこういう類の願いは相手の肯定で動き出す。わがままのようで、 とても他人軸に生きている。




「いいじゃん、行こうよ」




 2人とも甘いものには目がない。私が嬉しくなって返事をすると、詩保は「やったぁ」と足をバタバタさせる。同時に頭上に4mが表示された。




 4ヶ月後と言うと夏休みだろうか。詩保にしては長い。きっとこれは最短で叶う期間じゃない。




 私はとあることを試してみる。




「ねえ、ゴールデンウィーク空いてる?」




 一か八かで聞いてみると、詩保はスマホでスケジュールを確認し、




「空いてる!」




と言った。するとどうだろう。「4m」の隣に2本の矢印が出てきて円状に回り始めた。




 これは時間を調整していることを意味する。




 そう、時間は調整できる。変わらないことがほとんどだけど、こうやって違和感があれば変えられることが多い。時間が見えないとできないことだから、私の能力の一つと言ってもいいかもしれない。




「じゃあ、5月の方、始まって2日目とかは?」




「うん、行ける!ありがと泉璃!」




 詩保はテンションが上がって立ち上がり、変な動きをする。「4m」を調整していた矢印たちは、「1m」に変えてからぱっと消えた。




 よかった。




「詩保が嬉しいと私も嬉しい」




 言葉にしてみると、詩保は動きを止め、「やめてよう照れちゃう」とくねくねした。




「そういえば、ホテルとか大丈夫なのかな?人気だからゴールデンウィークも混むだろうし、1ヶ月前で予約できるかしら?」




 詩保はお嬢様風に頬杖をついた。数字は変化しない。




 どうにかこうにかでホテルは取れるらしい。




 こういう時、ドキドキ感がないのはこの能力のデメリットかもしれない。けど、余裕を持てることに越したことはない。




「私連絡してみるよ」




「いいの!?ありがとう。じゃあ私は電車の時間調べるね〜」




 そして、ゴールデンウィークの旅計画は着々と進んだ。部屋は偶然にもキャンセルした客がいたらしく、無事取ることができた。2人でノートを買い、修学旅行のようにしおりを作る。シールやカラーペンでデコレーションをして、たまに交換する。女子高生らしいと思うことより、 詩保の頭上の「1m」が日に日にシャボンの色を強め、より鮮やかになることが、楽しみにしてくれていることが、嬉しかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る