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○(回想はじめ)星野家・自室(夜)
星野 「僕は、幼少期から中学校を卒業するまでのおよそ10年間、子役として芸能活動を行っていた。これは、僕自身ではなく、母親が望んだことだった」
○同・星野家・リビング(夜)
ソファに腰かけている父親の星野正隆。
5歳の星野が父親の肩を揉んでいる。
星野N 「僕は、いわゆる芸能一家の生まれだ。父親は大学2年のときに、所属していた演劇サークルの公演を見に来ていた関係者から声を掛けられ、そのまま俳優デビュー。数々の有名作品に出演してきた経歴を持っていて、55歳となった今でも、第一線で活躍をしている」
料理を盛り付けている母親の星野喜代。
星野N「一方の母親は10代後半のとき、女性アイドルとして一斉を風靡していた。20代、30代は主婦として、また2人の子供を育てる母親として家を支え、56歳を迎えた今は、歯に衣着せぬ発言が若者世代から人気を呼び、再びテレビに出始めている」
喜代 「ご飯の準備、できたわよ」
正隆 「よーし。じゃあ、食べようかな」
正隆はソファから腰を上げる。
星野はそのあとを付いて行く。
星野N 「そうした両親の影響も少なからず受けている僕だったが、子役として仕事をしている理由はそれだけではなかった。僕には6つ離れた兄の星野泰輔がいて、僕に自我が芽生えた頃から、兄が子役の仕事をしていたために、何となく子役に対する憧れを持っていた。そして、気付けば自然な流れで芸能事務所に所属し、同じように仕事をすることとなったのだ」
○同・星野家・ダイニング(夜)
ダイニングテーブルに並ぶ、色とりどりの料理。
階段をかけ降りてくる泰輔。
星野はシンクで手を洗い始める。
星野N 「当時5歳だった僕は、演技という仕事に興味があるわけでもなく、そうかと言って仕事が嫌いなわけでもなかった。その頃は訳も分からず、ただただ厳しい母に言われるがまま、仕事場に連れていかれ、そして、望んでもいないオーディションを受けさせられる。そんな感じだった。それでも僕は嫌だと反抗することもなければ、負の感情を表に出すこともなかった。大人しく指示に従うことこそが、母を怒らせない唯一の方法なのだと、勝手に解釈していたから」
椅子に深く腰をかける正隆。
その隣に座る喜代。
泰輔、星野は両親のあとに座る。
正隆 「いただきます」
喜代 「いただきます」
泰輔と星野 「いただきます」
料理を咀嚼していく家族。
会話は一切交わさない。
○同・星野家・リビング(夜)
ダイニングテーブルで宿題をする星野。
それを監視する喜代。
星野N 「ただひとつ、子供でも不思議に思うことがあった。それは、どんな態度でオーディションを受けたとしても必ず合格していたこと。喜ぶ母親の手前、悪い態度を取っていたとも言えず、それっぽく嬉しいといった感情をむき出しにしていた。その当時は、ほかよりも自分が優れているだけ、と言い聞かせて、それ以上のことを考えないようにしていた」
○車内(夕)
「でも、仕事帰りのある日、偶然耳にした噂を信じた僕は、たとえ合格を言い渡されたとしても、自らの口で断り続けるようになった。そして、僕の取った行動は瞬く間に母親の耳へと入り、御目玉を食らうことに。しかし、僕は初めて母親の前で怒ってみせた」
喜代 「なんで合格したのに、自分から断ってんの?」
星野 「だって、ママとパパの力が働いての合格だから。そんなの、嬉しくないもん」
喜代 「私はね、あなたのためを思って偉い人たちに言っているのよ。どうしてそれが分かってくれないの?」
星野 「分からないよ。僕はママじゃないから」
溜息を吐く喜代。
星野は拗ねて寝たふりをする。
星野N 「いくら叱っても、言っても聞いてくれない息子のことを見かねた母は、僕に対して何の期待もしなくなった。が、今度は、仕事に熱心に取り組む兄に対して、過度な期待をし始めるのだった」
○星野家・リビング(夜)
宿題をやっている星野。
夕食の準備をする喜代。
正隆はニュース番組を観ている。
星野N「そんな感じで、僕には一切の期待を持たれることはなく、良い感じでもうすぐ初めての夏休みを迎えられると思っていたある日の夕方、いきなり母が提案してきた」
喜代 「次のオーディションに落ちたら、芸能活動をやめよう」
正隆 「ちょっと喜代、一体何を言い出――」
喜代 「正隆さんは一旦黙ってて。今は昇多と話がしたいの」
正隆 「分かったよ」
黙ってリビングから出て行く正隆。
星野は宿題をする手を止める。
星野 「(いじけて)どうせまた、ママが偉い人たちに言うんでしょ? 僕を合格させてって」
喜代 「ううん。今回は言わない」
星野 「絶対?」
喜代 「うん、絶対」
星野、小さく頷く。
星野N 「母から向けられる視線は、恐ろしいぐらい、とてもやさしいものだった」
○オーディション会場内(雨)
星野N 「そして迎えた、子役人生最後のオーディション当日。やる気満々でいる他の子役たちとは違って、僕は落ちる気満々でいた。周りは、事前に知らされている台詞を繰り返し練習しているというのに、僕は会場の隅っこ、小さな身体から食み出るほどのリュックサックを背負ったまま座り、ぼんやりと遠くを見たり、爪をカチカチと鳴らしてみたり、とにかく暇を持て余していた」
壁にかけられた時計。
10時ちょうどに会場に流れるアナウンス。
子供たちは荷物を置いて列を成し始める。
星野は二列目の一番左端。
自分よりも背の高い男子の後ろにひっそりと立つ。
男性 「それでは只今より――」
目立たないように突っ立って説明を聞く星野。
× × ×
男性 「続いて11番」
星野N 「回ってきた自分の番。一応、決められた位置まで歩み寄ったものの、台詞は当然覚えているわけもなく、冷たい視線が浴びせられる中、棒立ちを続けた」
真ん中に座る老人。
右隣に座る銀縁丸眼鏡をかけた長谷部。
小声で会話する2人。
長谷部 「(低い声で)君、名前は?」
星野 「星野昇多です」
長谷部 「台詞は、覚えていますか?」
星野 「すみません。覚えていません」
長谷部 「そうですか。ふん、では、何か我々に言っておきたいことは、ありますか?」
星野 「ありません」
長谷部 「・・・・・・」
星野 「・・・・・・」
長谷部、冷めたい視線を星野に向ける。
後ろから聞こえる、星野を蔑む声や、非難する声。
それでもなお、星野はその場に立ち続ける。
長谷部 「そうですか。それでは次の――」
床にボールペンが転がる。
去り際にさり気なくそれを拾って、
星野 「(小声で)どうぞ」
そのときに、長谷部から耳打ちされる星野。
その瞬間に、ハッと息を呑む。
○同・外観(曇り)
○同・会場内(曇り)
壁掛けの時計。
12時20分をさしている。
子役たちが一斉に会場を後にしていく。
星野はただ1人、会場に残っている。
だだっ広い空間に、ぽつんと座る小さな星野。
怯えながらも、姿勢だけは正している。
× × ×
長谷部によって開けられるドア。
立ち上がる星野。
星野 「お疲れ様です」
そう挨拶して頭を下げる。
長谷部 「(微笑みながら)ごめんね、遅くなって」
星野 「大丈夫です」
長谷部 「早速なんだが、君に伝えたいことがある」
星野 「何ですか?」
生唾を飲み込む星野。
長谷部、少し明るい表情で
長谷部 「星野昇多くん。このオーディションの合格者は、紛れもなく君だ」
星野 「(少し喜んで)ほ、本当ですか?」
長谷部 「(にっこりとして)あぁ、本当だよ」
星野 「(たどたどしく)あの、僕、台詞も覚えてなかったし、態度も悪かったと思うんですが」
長谷部 「へへへ、いいんだよ、それが良かったんだよ。いやぁー、実はね、やる気がない子が欲しくてね。まさに君は当たり役の人材なんだ」
長谷部、ニコッと微笑む。
そして眼鏡の位置を直す。
長谷部 「君のことを一番に気に入ったのは、僕の隣に座っていた監督なんだよ。並んでいるときから目星をつけていたみたいでね。待っている時の態度の悪さも、可愛くていい感じだって、褒めてた」
星野 「(戸惑い)そう、ですか」
長谷部 「しかもね、監督だけじゃなくて、実はあそこにいた全員が君の虜になっているんだ。君はきっといい俳優に化ける。親御さんの血筋とか関係なくね」
瞬間、星野は喜色を満面に出す。
星野N 「毎回、”親の捏ね”で合格し続けていたからこそ、この日ばかりは嬉しくて仕方なかった。たまたま耳にしてしまった、星野の母の言うことを聞かなければこの業界で働けなくなる、という噂を信じたばかりに、もう仕事なんてしたくないと思っていたけれど、改めて頑張ってみようと思えた」
長谷部、星野の頭に手を乗せる。
長谷部 「君の演技に、期待しているからね」
星野 「ありがとうございます!」
星野、深々と頭を下げる。
微笑む長谷部。
星野N 「このオーディションでの合格が、僕の子役人生を華やかにしてくれるのだった」
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